仲間外れってなんか嫌だ


「ぎゃあああああああ!!」

自分の声と一緒に、魔女の悲鳴が頭に響いた。
視界も音もクリアで、さっきまでの妙な違和感はもうない。どうやら神田はとっくに意識を取り戻して、1人で魔女と対峙している。

…やべ。これってもしかしなくても出遅れた?

「なぜバレた……狂おしいほど望んでいることを前にして、なぜおまえたちはそうも冷静でいられる!」

どうやらあれはアクマの能力かなにかで夢を見ていたらしい。
よく見ると私は先程と変わらない場所に座り込んでいて、たぶん間抜けな面を晒していたことだろう。寝顔なんて見られたくなかった。白目向いてたらと思うと怖いんだけど。コートは泥水を吸って重くなっている。脱ぎたいけど脱いだあとどうにもできないジレンマ。汚い。洗いたい。

あとな、私全然冷静じゃなかったよ?大丈夫かこの魔女。それとも声にはしてなかったのか?

「おまえの能力は相手の記憶を読み、そして相手の願望や執着しているものを夢として見せて惑わせるものだな」

ああ、だからりり達だったのか。でもあんな最後は望んでない。望む訳がない。
そもそもどうしてあんなことになったのか。私は誰かを殺したことも人殺しと疑われたこともないのに。
惑わせる為なら、望んでいない虚実まで見せるとは思えない。

「狂おしいほど望んでいることか……おまえが読めたのは、俺の望みのほんの表層にすぎない。それに、俺の望みは他人に叶えられるものではない」

神田は地面を蹴って、宙で六幻を構える。

「六幻、災厄招来!界蟲一幻!」

神田も、何か望んでいることがあるんだ。それも自分で叶えないといけないな何か。私は、いったい何を望んであんなものを見たんだろう。

「ああっ!」

神田のイノセンスから蟲がたくさん出てきて魔女に牙を剥く。魔女は牙を持った蟲達に体の至る所を食い破られ、金の髪を引き連れてその場に崩れ落ちた。

相手が誰であろうとどんな姿だろうと、神田は迷わず戦えるのかもしれない。神田の望みが何かわからないけど、少なくともそれが叶うまでは。

イノセンスの攻撃をまともに受けたアクマが、無事でいられるわけがない。地に伏した魔女にゴズさんはとっさに駆け寄ろうとしたけど、それは魔女自身によって止められた。

「私は魔女なの!この村の者全員、自分の父すら殺した恐ろしい魔女なのよ!」
「……知ってます」

自分だって殺されかけたくせにまだ情けをかけるんだから、ゴズさんのそのお人好しさは見上げたもんだよ。

「私は魔女。……誰かの優しい手の中で、死んでいくわけにはいかないのよ」

最後に、魔女になる前のように美しく微笑んで、彼女達は風に融けるように消えていった。

私にまでゴズさんのお人好しが移ったのか、もしかしたら彼女は誰も殺したくなかったのかもしれない。なんてほんの少しだけ思った。
アクマには殺人衝動があるって聞いた。殺したくないけど殺さないといられないようプログラミングされてると。止められない衝動で殺してしまったことを後悔して、泣きながらまた誰かを殺す。その繰り返しがアクマを強化させる。

アクマが生まれてしまったその瞬間は、ただ大切な姉妹に会いたいと願っただけだったはずなのに。
それがどうしてか1人になって、人を殺して、泣いても後悔してもやめられなくて。きっと死にたくなったこともあったかもしれない。だけどそんなことはできないだろうし、造られた存在にそれが許されるはずもない。それに、中に入った人が愛しい人の顔をした自分を殺せるとも思えない。
愛故に間違える。愛があるから苦しくなる。

考えれば考えるほど、アクマはかなしい。

「行くぞ」
『うん』

せめて逝ったその先では家族と笑って幸せでいられるといいんだけど、彼女達が逝く先はどこなんだろう。

「ソフィアさん、アンジェラさん、安らかに」

アクマを殲滅して廃村となったここに長居する必要はない。弔ってあげたい気持ちはあるけど、これからこんなことが増えてくる事を考えると、いちいちそんなことをしていられないって気持ちにもなる。
きっとここに関してはゴズさんも同じように感じてるんだろう。そうじゃなかったら黙って着いてくるとは思えない。

『あ、ねぇ神田』

そう言えば、私は使い物にならなかったから無傷なんだけど、問題はこの人なんだよね。神田結構な怪我してたよね。

「さっさと歩け」

声をかけたくらいじゃ止まってくれないから、団服を掴んで無理矢理足を止めさせる。

『神田、手当てしよう?』

本来なら私なんて振り払ってでも無視したいところなんだろう。しかしそれなりの怪我を負っているからか、思った以上にすんなりと足を止めた。

「いらねぇ」
『いらなくない。止血だけでもしないとダメ』

切られるわ返り血浴びるわでもう頭の上から血塗れなんだよ。そのくせなんてことない顔してとっとこ歩くもんだから、こっちがびっくりだよ。少しは痛がるとか調子悪そうにしろっての。
神田がどんなに平気そうにしてても、この血はどうにかしてからここを出ないといけない。

「うるせぇ」

神田は全く気にしないのかもしれないけど、このまま公共機関を利用するのはいくらなんでもどうかと思うのよ。車掌さんにもお客さんにも迷惑でしかない。

『私が【昔】から頑固なの、ユウは知ってるよな?』

強気に出たところ、私の言った【昔】が引っかかったのか口調が引っかかったのか。ダンケルン村とミッテルバルドの間の森で、漸く神田はおとなしく消毒や包帯に巻かれてくれた。

『…ひどい』

引き裂かれた肉は見るに堪えないものではあるけど、どこか懐かしいような不思議な感覚がした。

「こんなもんすぐ治る」

確かに傷は思ったよりも深くなかった。血だって止まりはじめていた。それでも、手当てをしなくていい理由にはならない。

『でもほら、こんな傷みたら車掌さんひっくり返るから』
「はやく教団に戻りましょう。もし感染してたら大変です」
「おまえらうるせぇ。姑か」
「シュウトメ?」
『ちょいとユウさん窓が汚いよ!まったく、掃除もまともにできないのかい?』
「うぜぇ」

きっとゴズさんは姑がなにか知らないんだろう。私はよくある台詞で神田をおちょくるけど、当然神田が乗ってくるはずもない。
はじめからなんの期待もしてないからへっちゃらだけどね!

『ほい。これで車掌さんも平気だろうし、はやく帰ろう』

正直私の体力は限界だった。多少眠ったとは言え、夜通し動き続けていたのだから。あー、朝日が目に痛い。

「大丈夫ですか?」
『うん、大丈夫です』

私の視界はかなり悪いことになっていて、足元も覚束ない。はたから見たらそりゃ心配にもなるだろう。でも別に体調が悪いとか、そう言うことじゃあない。眠くて頭がぼんやりしてるから、悪い視界が余計不明瞭になってるだけ。

「でもふらついてますし…」
『眠いだけなのでー』
「歩け」
「神田さん…」
『歩いてますー』

隠すつもりもないけど、眠すぎて真っ直ぐ歩けていないだろう事くらい、とっくにわかってる。でも私にはどうにもできない、瞼が重くて開けていられない。私はそれくらい眠いのだ。

「列車の中で寝ていていいですよ?」
『あざまーす』
「神田さんもいいですからね」
「俺はいい」

もしも今寝たら、神田に首根っこを掴まれて引き摺られること間違いないので、私は頑張って列車に乗り込む。その後は皆様のご想像の通り、真っ先に座りました。
我が儘上等!私は疲れたしなにより眠いの!

そんな私をよそに、個室の外側、扉のレールを挟んで会話をする2人に私は違和感しか覚えない。

『ゴズさんもおいでよ』
「いえ、外で立ってますので」

みんなそう言うんだ。探索部隊は外で見張りをするって。それが仕事だって。

『ダメ。疲れてるのは一緒なんだから、座るくらいしていいんだよ』
「ですが」

そう言うの、いらない。
どんなに簡単な任務だろうが大変な任務だろうが関係なく、私は一緒に座ることにしてる。だって散々一緒に走ってるんだから、探索部隊だって疲れてるに決まってる。

『却下。座りなさい』

アクマを壊せるエクソシストはすごいのかもしれないけど、偉い訳じゃない。神様じゃないし、神の使いでもない。ただの人間。エクソシストと探索部隊も同じ人間だから、そこに差をつけなくていいと思う。

『眠ぃから早く座れっつってんだろ!』
「はいっ!」

なにより今の私は眠くて気が立ってる。
さっきから眠いっつってんだろが。早くしろよ。

「し、失礼します…」
『おう。苦しゅうない』
「(どういう意味だろう)」
『眠…』

ゴズさんが座ったのを確認してようやっと落ち着いて目を閉じると、すぐそばで交わされているはずなのに2人の話が既に遠く聞こえる。

起きた時ゴズさんが外に立ってたら神田殴る。そんなことを考えながら、行き先を列車の揺れに任せて、どこぞの少年よろしくそれこそ3秒以内に意識を飛ばした。