岩の下から出てきたのは、白金の髪に朽ちかけた孔雀緑色のドレス、黒ずんだ肌。見えないと言ってたのは、もう目が残ってなかったからなんだ。
ローレライの姿が見えると、歌はぴたりと止んだ。
『…帰ろうか』
そう言うと、ローレライの体は喉から勢いよく白骨化していった。そこに遺されたのは骨とイノセンス。
私はイノセンスを上着の内ポケットにしまって、ライン河から離れた。
『これから帰ります』
「ああ、気を付けて帰ってこいよ」
『はい』
帰る連絡もしたし、後は列車が来るのを待つだけ。
本数がそんなに多くないから、移動に結構時間かかるんだよね。早ければ今日の夜には教団に着くかなぁ。
『るりら、るりらる…』
ローレライの歌を口ずさみながら列車を待つ。詩のないメロディだけの歌。懐かしいような新鮮なような、優しくて哀しい音が、耳に残る。
どうしてかな。ローレライを見付けてから早く帰りたくて仕方ないんだよね。誰でもいいから誰かに会いたい。抱き着きたい。ひとりはもういいや。
「お嬢ちゃん…その歌…」
『はい?』
ぼんやり歌ってたら、駅の外からおばあちゃんに話しかけられた。歌ってたの私だけだし、合ってるよね?
「その歌、いったいどこで…」
おばあちゃんとがっつり目が合ってるから、私の事で間違いなさそう。よかった、自意識過剰にならなかったよ。
それより、どこでって言われると困るな。まさかローレライがライン河で歌ってたとは言えないし…
『えっと、ちょっとそこで』
私にはこれが限界。嘘じゃなくて本当にそこで聞いたんだもん。
「そうかい…」
おばあちゃんは気を落としたように、でもどこか嬉しそうに笑ったように見えた。
『この歌をご存知なんですか?』
「ああ、よく知っているよ」
『もしよかったら、この歌について聞かせてください』
もしかしたらローレライについてなにかわかるかもしれない。
そう思って聞いたんだけど、思い出を振り返るような慈しむような目をするから少し驚いた。
「その歌はね、わたしの祖母の妹が行方不明になる直前に歌ってくれたものなんだよ」
『おばあちゃんの?』
「そう。わたしが子どもの頃だから、もう随分昔の事になるんだけれど、彼女は歌が好きでね、歌を歌って生計を立てていたんだよ」
そうか、これはローレライが生前生きる為に作った歌だったんだ。
「中でも、今お嬢ちゃんが歌った歌を一等気に入っていてね。もちろんわたしも1番好きな歌だった」
『私もとても好きです』
「そうかいそうかい」
『でも詩はないんですか?』
「彼女は変わっていてね、この歌を一等気に入っていたのに、最後まで詩をつけなかったのさ」
詩を作るのを迷ったのか、それとも気に入りすぎて納得のいく詩を書けなかったのか。
沈黙したローレライしか本当のところは知らないけど、詩がないからこそこの歌は不思議な魅力を持ったのかもしれない。
「続き、わかるかい?」
『…はい…』
「列車がくるまででいい、歌っておくれ」
おばあちゃんに歌う為に乗るはずだった列車を見送って、教団近くまで行く最後の列車に乗り込んだ。別に急いでなかったし、ローレライのこと聞きたかったし、遅れるってことは連絡したからたぶん大丈夫。
『…るりら、るりらる…』
何度か電車を乗り継いで、その度に考えるのはローレライの事ばっかり。
いなくなる直前ってことは、これはおばあちゃんが最後に聞いた歌なんだよね。
あ。ローレライの骨、まだあそこにあるって教えた方がよかったかな?でもローレライとおばあちゃんをアクマにしたくないし、私の選択は間違えてないよね?
だけど、ローレライから言わせると、家族の所に帰りたかったよね。あんな寂しい所にひとりでいたくないよね。勝手に少ない可能性を考えて、ローレライをあの場所に残してきちゃった。
『る、るりら、る、り…』
どうしよう、後悔してきた。
「やっぱりアリスだ」
『…アレン?』
なんでここにいるの?任務はどうしたの?ひとり?
聞きたいことはたくさんあるけど、今は知ってる人に会えたって気持ちの方が強い。
『アレン…』
安心したのか緊張が切れたのか、こっちに来て初めての時と同じくくらい涙が出た。
「アリス、どうして泣いてるんですか?」
『私、間違えたかもしれない…』
家族と一緒にいたいその気持ちは、私にもわかる。おばあちゃんに教えれば、少なくとも血族の元に帰ることはできたかもしれない。
「なにをですか?」
『ひとりぼっちにした…どうしよう…』
せめて、コムイさんに言ったらローレライを教団に連れ帰ってくれるかな?私は家族じゃないけど、私でも家族になれるかな。
「泣いてるじゃないですか」
『なにが?』
「アリスですよ。詳しくはわかりませんが、アリスが泣いてるだけでその人は救われるんじゃないですか?」
違うんだよ。私が泣いてるのは私の為なんだよ。
ローレライの為なんかじゃない。
『アレン…』
「わっごめんなさい。僕なんか言っちゃいました?」
『…ありがとう』
それでも、こんな自分勝手な涙で救われるなら、もうひとりにしないように私が頑張るから。ごめんね。
「アリスは優しいですね」
『そんなことないよ』
「ありますよ。誰かの為に泣ける人が優しくないわけないじゃないですか」
アレンの方がよっぽど優しいよ。
世界はどこまでも残酷だけど、私の周りにはいつも優しい人ばっかりだ。
「さっきの歌、関係あるんですか?」
『イノセンスが歌ってたの』
「…そうですか」
アレンも任務で何かあったのかな?
『何かあった?』
「大丈夫ですよ」
間違えたかどうかなんて、今私が考える事じゃない。本当に間違えてた時はローレライに怒られよう。
今はもっとしっかりしないと。いきなり泣いたもんだから年下に心配かけて、気を使われてる。年上の私が助けてあげないといけないのに。
「ウォーカー殿、少しお休みになられたらどうですか?」
「そうですね…アリスももう寝ましょうか」
『アレン…私と寝る?』
席は余ってるし、探索部隊もいい人みたいだし、一緒に入ればいいよ。
「僕は大丈夫なんで、アリスは心配しないでください」
『いや、心配とかよくわかんないけど、アレンもなんかあったんでしょ?』
あの人達は一緒に座ってくれないから、戻ったらアレンもひとりになる。ひとりになると、余計なことばっかり考えて元気もなくなっていく。
それなら、誰にも話せないことだとしても、誰かと一緒にいた方がよくない?
「確かに、なにもなかったとは言えませんが…」
『なら、誰かを頼ってもいいんだよ』
「だからと言ってアリスに頼るなんて」
『私、アレンより年上だし、大丈夫だよ』
会って間もないのにいきなり泣いてるとこ見られちゃうし、ちょっと頼りないけどね。
「え」
ちょっと、なにその反応。
『年上』
「ホントに…?」
『神田と同じ』
「そうなんですか?」
『うん』
なんでそんなに疑うのさ。本当は神田より1個上だけど、肉体年齢で言うなら一緒。それにアリスが一緒だったからそう言ってるんです。
「(僕より小さいから年下か同じくらいだと思ってた!)」
アレン、絶対私のこと年下だと思ってたな。そんなに身長変わんないのに…アレンのバカ。
「すっすいません!じゃあ僕もう戻りますね。おやすみなさい」
『まっ…!』
「アリス…?」
つい手が伸びてしまった。
気付いてすぐに離したけど、団服を掴まれたアレンが気付かないわけもない。
『ごめん、なんでもない。おやすみアレン』
なんで出たんだ私の手。
これ以上迷惑かけてどうするの。
「少し待っててください」
何を思ったのか、アレンは私の頭を1度撫でると探索部隊となにか話して戻ってきた。
「今日はここにいます」
『は?』
「まだ泣きそうなアリスを、1人で放っておけませんよ」
私そんな顔してたんだ…
でもなんで?優しいから?紳士だから?
「ほら、もうベッドに入ってください。アリスが寝れるまでここにいますから」
やっぱり子供扱いじゃん!
なんて怒ったのも一瞬の事。私が思っていた以上に疲れていたのか、規則的なリズムで叩かれてるうちに私は夢に落ちていた。
ローレライの姿が見えると、歌はぴたりと止んだ。
『…帰ろうか』
そう言うと、ローレライの体は喉から勢いよく白骨化していった。そこに遺されたのは骨とイノセンス。
私はイノセンスを上着の内ポケットにしまって、ライン河から離れた。
『これから帰ります』
「ああ、気を付けて帰ってこいよ」
『はい』
帰る連絡もしたし、後は列車が来るのを待つだけ。
本数がそんなに多くないから、移動に結構時間かかるんだよね。早ければ今日の夜には教団に着くかなぁ。
『るりら、るりらる…』
ローレライの歌を口ずさみながら列車を待つ。詩のないメロディだけの歌。懐かしいような新鮮なような、優しくて哀しい音が、耳に残る。
どうしてかな。ローレライを見付けてから早く帰りたくて仕方ないんだよね。誰でもいいから誰かに会いたい。抱き着きたい。ひとりはもういいや。
「お嬢ちゃん…その歌…」
『はい?』
ぼんやり歌ってたら、駅の外からおばあちゃんに話しかけられた。歌ってたの私だけだし、合ってるよね?
「その歌、いったいどこで…」
おばあちゃんとがっつり目が合ってるから、私の事で間違いなさそう。よかった、自意識過剰にならなかったよ。
それより、どこでって言われると困るな。まさかローレライがライン河で歌ってたとは言えないし…
『えっと、ちょっとそこで』
私にはこれが限界。嘘じゃなくて本当にそこで聞いたんだもん。
「そうかい…」
おばあちゃんは気を落としたように、でもどこか嬉しそうに笑ったように見えた。
『この歌をご存知なんですか?』
「ああ、よく知っているよ」
『もしよかったら、この歌について聞かせてください』
もしかしたらローレライについてなにかわかるかもしれない。
そう思って聞いたんだけど、思い出を振り返るような慈しむような目をするから少し驚いた。
「その歌はね、わたしの祖母の妹が行方不明になる直前に歌ってくれたものなんだよ」
『おばあちゃんの?』
「そう。わたしが子どもの頃だから、もう随分昔の事になるんだけれど、彼女は歌が好きでね、歌を歌って生計を立てていたんだよ」
そうか、これはローレライが生前生きる為に作った歌だったんだ。
「中でも、今お嬢ちゃんが歌った歌を一等気に入っていてね。もちろんわたしも1番好きな歌だった」
『私もとても好きです』
「そうかいそうかい」
『でも詩はないんですか?』
「彼女は変わっていてね、この歌を一等気に入っていたのに、最後まで詩をつけなかったのさ」
詩を作るのを迷ったのか、それとも気に入りすぎて納得のいく詩を書けなかったのか。
沈黙したローレライしか本当のところは知らないけど、詩がないからこそこの歌は不思議な魅力を持ったのかもしれない。
「続き、わかるかい?」
『…はい…』
「列車がくるまででいい、歌っておくれ」
おばあちゃんに歌う為に乗るはずだった列車を見送って、教団近くまで行く最後の列車に乗り込んだ。別に急いでなかったし、ローレライのこと聞きたかったし、遅れるってことは連絡したからたぶん大丈夫。
『…るりら、るりらる…』
何度か電車を乗り継いで、その度に考えるのはローレライの事ばっかり。
いなくなる直前ってことは、これはおばあちゃんが最後に聞いた歌なんだよね。
あ。ローレライの骨、まだあそこにあるって教えた方がよかったかな?でもローレライとおばあちゃんをアクマにしたくないし、私の選択は間違えてないよね?
だけど、ローレライから言わせると、家族の所に帰りたかったよね。あんな寂しい所にひとりでいたくないよね。勝手に少ない可能性を考えて、ローレライをあの場所に残してきちゃった。
『る、るりら、る、り…』
どうしよう、後悔してきた。
「やっぱりアリスだ」
『…アレン?』
なんでここにいるの?任務はどうしたの?ひとり?
聞きたいことはたくさんあるけど、今は知ってる人に会えたって気持ちの方が強い。
『アレン…』
安心したのか緊張が切れたのか、こっちに来て初めての時と同じくくらい涙が出た。
「アリス、どうして泣いてるんですか?」
『私、間違えたかもしれない…』
家族と一緒にいたいその気持ちは、私にもわかる。おばあちゃんに教えれば、少なくとも血族の元に帰ることはできたかもしれない。
「なにをですか?」
『ひとりぼっちにした…どうしよう…』
せめて、コムイさんに言ったらローレライを教団に連れ帰ってくれるかな?私は家族じゃないけど、私でも家族になれるかな。
「泣いてるじゃないですか」
『なにが?』
「アリスですよ。詳しくはわかりませんが、アリスが泣いてるだけでその人は救われるんじゃないですか?」
違うんだよ。私が泣いてるのは私の為なんだよ。
ローレライの為なんかじゃない。
『アレン…』
「わっごめんなさい。僕なんか言っちゃいました?」
『…ありがとう』
それでも、こんな自分勝手な涙で救われるなら、もうひとりにしないように私が頑張るから。ごめんね。
「アリスは優しいですね」
『そんなことないよ』
「ありますよ。誰かの為に泣ける人が優しくないわけないじゃないですか」
アレンの方がよっぽど優しいよ。
世界はどこまでも残酷だけど、私の周りにはいつも優しい人ばっかりだ。
「さっきの歌、関係あるんですか?」
『イノセンスが歌ってたの』
「…そうですか」
アレンも任務で何かあったのかな?
『何かあった?』
「大丈夫ですよ」
間違えたかどうかなんて、今私が考える事じゃない。本当に間違えてた時はローレライに怒られよう。
今はもっとしっかりしないと。いきなり泣いたもんだから年下に心配かけて、気を使われてる。年上の私が助けてあげないといけないのに。
「ウォーカー殿、少しお休みになられたらどうですか?」
「そうですね…アリスももう寝ましょうか」
『アレン…私と寝る?』
席は余ってるし、探索部隊もいい人みたいだし、一緒に入ればいいよ。
「僕は大丈夫なんで、アリスは心配しないでください」
『いや、心配とかよくわかんないけど、アレンもなんかあったんでしょ?』
あの人達は一緒に座ってくれないから、戻ったらアレンもひとりになる。ひとりになると、余計なことばっかり考えて元気もなくなっていく。
それなら、誰にも話せないことだとしても、誰かと一緒にいた方がよくない?
「確かに、なにもなかったとは言えませんが…」
『なら、誰かを頼ってもいいんだよ』
「だからと言ってアリスに頼るなんて」
『私、アレンより年上だし、大丈夫だよ』
会って間もないのにいきなり泣いてるとこ見られちゃうし、ちょっと頼りないけどね。
「え」
ちょっと、なにその反応。
『年上』
「ホントに…?」
『神田と同じ』
「そうなんですか?」
『うん』
なんでそんなに疑うのさ。本当は神田より1個上だけど、肉体年齢で言うなら一緒。それにアリスが一緒だったからそう言ってるんです。
「(僕より小さいから年下か同じくらいだと思ってた!)」
アレン、絶対私のこと年下だと思ってたな。そんなに身長変わんないのに…アレンのバカ。
「すっすいません!じゃあ僕もう戻りますね。おやすみなさい」
『まっ…!』
「アリス…?」
つい手が伸びてしまった。
気付いてすぐに離したけど、団服を掴まれたアレンが気付かないわけもない。
『ごめん、なんでもない。おやすみアレン』
なんで出たんだ私の手。
これ以上迷惑かけてどうするの。
「少し待っててください」
何を思ったのか、アレンは私の頭を1度撫でると探索部隊となにか話して戻ってきた。
「今日はここにいます」
『は?』
「まだ泣きそうなアリスを、1人で放っておけませんよ」
私そんな顔してたんだ…
でもなんで?優しいから?紳士だから?
「ほら、もうベッドに入ってください。アリスが寝れるまでここにいますから」
やっぱり子供扱いじゃん!
なんて怒ったのも一瞬の事。私が思っていた以上に疲れていたのか、規則的なリズムで叩かれてるうちに私は夢に落ちていた。