▼ 静かに落ちる世界


帰りがけ、試合のことよりもほんの少しだけ気になることがあった。

大王様が離れた後、相手のベンチに座った人に見覚えがあった。驚くほど中学の時と変わりがない長い髪に、あの時とまったく変わらない、なんの感情もない目。
あれは間違いなく加奈枝さんだった。

「どーした?日向」
「いや、あの人、センパイです」

まだこっちにいたんだって思うのと同時に、まったく変わってなさすぎて少しもやっとした。

「は?お前及川さんと知り合いだったのか?」
「違う!あっちのベンチに座ってた女の人!あの人中学の時のセンパイなんだよ!」
「ほー、日向にあんな美女の知り合いがいたとはなァ」

なんで体育館にいたんだろう?バレーに興味持ってくれたのかな?大王様と仲が良いわけでもなさそうだったけど、一緒に来たってことは

「一緒に来た人の彼女なんじゃない?」
「なにぃ!?」
「そんなわけねーだろ!」
「なに?君とあの人ってそんなこと言えるような間柄なの?」
「あいだがら?」
「関係ってことだよ日向」
「菅原さんアザス!そーゆーんじゃねーけど…加奈枝さんはたぶん、そーゆーのできない人だから」
「は?」

たぶんだけど、月島が言うようなことはない。いつ彼氏ができてもおかしくない人ではあるけど、彼氏ができたらあんな目はしなくなると思うから。
それが大王様って言うのは気になるとこだけど、この際大王様でもいい。せめて友達くらいになってたならいいと思うけど、たぶん知り合いって感じかな…

「どーゆー意味だ?」
「ええっと、うまく言えないんですけど、たぶんずっとなにかを我慢してて、それがなんとかならないことには無理かなぁと」
「なにそれ、全然要領を得ないんだけど」
「だからうまく言えないって言っただろ!」

きっと加奈枝さんはまだ独りなんだ。

「よくわかんないけど、ずっとなにかを我慢してるなんて強い人なんだね」
「え?」
「山口はなんでそう思うわけ?」
「だってずっと我慢するなんて辛くない?」
「それがなにかにもよるだろ」
「そうだけど」

ずっと我慢してるから、強い?
おれ、山口みたいに考えたことなかったから、びっくりした。そっか、加奈枝さんは強いんだ…

「弱いから我慢してるってこともあるだろ」
「え?結局どっち?」
「知らないよそんなの」
「なんでだよ!月島が言ったんだろ!」
「あの人のこと知らない僕にわかるわけないデショ」

そうだけど、月島頭いいからなんかわかるのかと思った。

「君の先輩なんだからなんかわかんないの?」
「あんまり加奈枝さんのことって聞いたことなくて」
「それでよく先輩って言えたね」
「うるせー!一緒に昼飯食ってたからセンパイなんだよ!」
「なに基準」

月島ムカつく!その笑い方ムカつく!

「美女と昼飯!日向お前羨ましいなコラ!」
「え!なんかすいません!」

あ、でもそっか。加奈枝さんが青城にいたってことは、またどっかで会えるかもしれないんだ。

「お前らうるさい!騒ぐな!」
「すんません!!」

もしもどっかで会えたなら。その時は、あの日のこと謝るんだ。デリカシーないこと聞いてすいませんでしたって。それで、学校は違うけど、また昼飯食べたりしましょうって、言うんだ。


  
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