▼ 君を求める
「一途で優しい和泉さんのことが、俺は好きなんだ」
及川にそう言われるのは、これで何回目だろうか。多分3回?4回?半年足らずでよくもこんなに言えるものだ。
それにまったく答えない私もどうかと思うけど。いや、フラれてるのに繰り返し告白してくる方がおかしいんだ。
「私がいつ優しくしましたか?」
「忘れ物するとよく貸してくれるじゃない」
「そんな程度ですか」
「あとは待っててって言ったらちゃんと待っててくれるところとか、話したくなかったかもしれないのに、俺が聞いたから昔のことを教えてくれたところ?」
私がどれ程あの日のことを悔いているか、何度あの日に戻ってやり直したいと思ったことか。
「わかっていて話をさせるなんて、とんだクズですね」
私の思いや考えてることが及川にわかるわけがないから仕方ないけど、それでも、あの日の事はできることなら誰にも触れてほしくない。
「ごめんね?」
それが親であったとしても、触れてほしくない。
「謝られても何とも思いませんね」
こんなやつ、タンスの角に足の小指をぶつけて折れてるのに気付かずに過ごして変な形で治癒してしまえばいいんだ。
「和泉さんの色んな噂を聞いてきたけど、見た目以外の噂はほとんどデタラメで笑っちゃうよね」
「及川さんがなにを言おうとも私の返答は変わりません」
「あ、あとちょっと頑固なのも俺しか知らないかな?」
なんなの?こいつ。
ホンット…
「シツコイ」
「あ、やっと外れた」
「なんですか?」
「たまに素で話してくれてるのかなって思うときはあったけど、敬語はずっと外れなかったでしょ?」
イライラする。ヘラヘラしてるこいつだけじゃない。全部がムカつく。
「おてんばさんだったなら、元から敬語キャラじゃなかったんじゃないかなと思ったんだ」
だからなに?そうだったとして、及川のなんの得になる?
「それがわかって満足ですか」
「もうちょっと聞いてもいい?」
ここで嫌だと言ったところで押し進められる予感がする。そもそも授業が始まっているクラスに遅れて入るのはめんどくさい。そうなると行き先は限られる。
「なんですか」
限られた行き先は及川も宛にするだろうし、ついてこない確証もない。それなら早々に諦めた方が賢明。
「どんなとこが好きだったの?」
「それを教える必要がありますか?」
「だって気になるじゃない。好きな人の好きな人」
そこらの女子ならそれは喜ぶような、まるでドラマのような台詞。
「雨が降ってて蛙を取りに行くってことは多分6月とか?でも夏だったっけ?それならもう少し後かな?でも、それから10年は経つよね?」
あれがいつのことかははっきり覚えてないけど、たぶんその通りなんだろう。
「もし違ったら申し訳ないんだけどさ、」
ああ、嫌な感じがする。
ここから先は聞いたらいけない。耳を塞げと誰かが言う。
「和泉さんは「とーるくん」のことをちゃんと覚えてる?」
覚えていないわけがない。顔も声も、私を突き飛ばしたあの小さな手も、ちゃんと…
「正直な話、俺はその頃の友達ってあんまり覚えてないんだよね。名前すら忘れてるやつもいると思う。だから和泉さんはどうなのかなーって」
聞いちゃいけない。ダメだ。握りこんだ指先が冷たい。震える。わかってた。大丈夫。私はちゃんと覚えてる。他の誰かは知らないけど、透くんのことは覚えてる。痛い。昨日も会った。覚えてる?ダメ。立って。動揺する必要ない。私は覚えてる。忘れてない。忘れてなんかない、のに…
「和泉さん、それは悪いことじゃないよ」
「いいことでもない!」
どうしてわからないの?あんなにずっと一緒にいたのに、思い出すのは赤く染まった道路。白い部屋で、高い窓の向こうで眠る姿ばっかり。
「少しも忘れたくない、欠片だって取り零したくないのに」
記憶はとにかく脆いものだとわかっていた。大切にしていても指の間をすり抜けて零れて風に吹かれて溶けて消えていく。だからこそ大切に大切にしていたのに。
「あの日私がイヤだって言えばあんなことにはならなかった。よそ見なんてしなければよかった。透くんの右じゃなくて左に立ってればよかった。透くんがいなきゃ意味ないのに」
「同じ「徹」の俺は、「とーるくん」の代わりになれない?」
「なに言ってるんですか?なれるわけないじゃないですか。透くんはいないんです。もうどこにもいない、私の代わりにいなくなった。透くんは透くんにしかなれない。他の誰も透くんにはなれない」
「あーあ…ホント、羨ましすぎて頭がおかしくなる」
あんなに会うのに、声がわからない。顔も、よくわからない。いつからわかんなくなってたの?止まってしまった透くんに、止めた私をとっておいたのに。なくなってた。
「もう、なんにもないや」
「それならさ、会いに行く?」
気付いたら、背中には壁が、正面には及川が、首には及川の手があった。
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