▼ 君のそばにいるよ


「こうすれば会いに行けるよね?」

片手でその円周の3分の2以上が掴めてしまうような、細くて頼りない首をやんわりと、それでいて確実に捕まえる。

「ねぇ、なんで抵抗しないの?」

対して力を入れてないにしても、もっと動揺するのが普通じゃない?

「どうしてですか?」

和泉さんが話すと、首の筋が、喉が震えるのが、掌から直接伝わる。俺の手の中に、和泉さんの命を掴んでる感覚。

「俺がこのまま力をいれたら、和泉さんの首なんて簡単に折れちゃうよ?本当に死んじゃうんだよ?」

少し力をいれてみたけど、和泉さんの表情は全く変わらない。掌から脈が伝わらなければ、まるで人形かなにかを見ている気分になってくる。

「そうですね」

力を入れたことで気管が圧迫されてるのか、少し声は出しづらそうになったけど、それだけ。

「普通怖がったりするよね?怖くないの?」
「別に死ぬことが怖いとは思いませんよ」

これ以上は聞いたらいけないことだと思った。前の事もあるから、これが開けたらいけないパンドラの箱で、それに手をかけてる自覚もあった。

「…なんで?」

それでも、俺は聞かないわけにいかなかった。

「だって、及川の言うとおりこのまま死んだら透くんに会えますから」

少しも怯えることなく笑いながら答えた和泉さんを見た瞬間、俺の方が死ぬんじゃないかと思った。

和泉さんから何度か聞いた「とーるくん」。それが和泉さんの大切な人なんだってことはわかってたけど、改めて突きつけられた。そいつはもう生きてないのに、なぜだか和泉さんの真ん中にずっと居座ってる。きっと、それはちょっとやそっとのことじゃ変わらない。
この間も今日も、ただただそれを思い知らされただけだった。

「及川は知ってますか?自殺をした人は天国に行けないそうです」

なにを言ってるのか、わかりたくない。

「今まで死ねないわけじゃなかったんです。考えなかったわけじゃないんですよ?直前で怖じ気づいたり、誰かに「生きてればいいことがある」なんて薄っぺらく励まされたわけでもないんです」

そんなことで和泉さんが励まされるのも想像がつかない。

「ただ「自ら死ぬこと」ができなかっただけなんです」

笑いながらそう言った和泉さんが、泣いた。

「生きてて会えないのに、死んでからも会えないなんて…」

けして無表情なわけじゃなかった。それでも、感情の薄い子だなとは思ってた。めんどくさそうにすることはあったけど、本気で拒絶されることはなかったし、誰かと笑ってるところだって見たことない。低燃費代表みたいな国見ちゃんよりも、ずっと表情が薄かった。
でも、どうやらそうじゃなかったらしい。

「そんなの、絶対にやだ…っ」

ずっと抑えてたんだ。覚える必要のない罪悪感で潰されそうな心を隠して、大切で守られることのない約束を抱えて、誰にも見つからないように鍵をかけてただけだったんだ。

「そんなこと考えてたら、いつの間にか、こんなおっきくなっちゃうしっ、透くん、聞こえな、く、なるし!」

和泉さんの中で感情を押し留めていたダムでも崩壊したのか、和泉さんの涙は止まりそうにない。頬を伝って和泉さんの首を掴んでる俺の右手を乗り越えて更に落ちていく。

「独りは、イヤなのにっ透く、は、来るなって言うしっ生きろって…!」

なに?「とーるくん」は夢枕にでも立ってたの?そんなことするから和泉さんが進めなくなるんじゃない。まぁ、和泉さんが進めるように立ってたなら仕方ないかな。他の誰が言うよりも効果ありそうだし。

「私はっ透くんがいいのにっ」

和泉さんの首から手を離すとき、掌と首の間を涙が流れていった。それに習うように崩れ落ちようとした和泉さんを抱き留めて、あまり綺麗とは言えないだろう床に座った。

「ね、「とーるくん」の代わりでいいからさ、俺をそばにいさせてよ」

10年分の哀しみは簡単に止められないらしい。

「透くんの代わりなんていないっいらないっ!」

それこそ小さな子供みたいにボロボロ泣いてる。
言葉では拒絶してるのに、和泉さんの小さな手は震えながらも俺のシャツを掴んで離さない。

「どうせみんないなくなるなら!はじめからみんないらない!」

目の前で大切な人を失う恐怖は、どう考えたって幼い心で受け止めきれるものじゃない。だから、また怖い思いをするくらいなら、哀しい思いをすることになるなら、初めから大切なものを手にしないって言う方法になったんだろう。

「俺は絶対に和泉さんを置いていかないよ」

和泉さんが選ぶのはゼロかヒャクのどちらかで、いつだってその真ん中を選べない。きっとそれは小さいときから同じだったんだろう。
まだ小さかった和泉さんがこんな選択をする以上に哀しいことはないのにね。

「うそ」
「ホントだよ。和泉さんを置いてどっかいったりしないし、もちろん和泉さんを残していくこともしない」
「うそだ」
「すぐ信じるなんて無理だろうから、今は信じてくれなくてもいいよ。今まで通り俺が勝手に和泉さんのそばに行くから、そのうち信用してくれたらそれでいいよ」

和泉さんはもうなにも言わなかった。言わなかったって言うか、意味があるのかないのかわからないけど、泣きながらなにか単語だけ言ってた。それが誰に向けられてるかなんてわかんないけど、俺は相槌を打ちながら和泉さんの頭を撫でることに徹した。

「とーるくん」より上とは言わないからさ、せめてその下にでも、俺の居場所を作ってくれたらいいのに。
だって、死んだ人の記憶と生きるのは、想像する以上に苦しいだろうから。


  
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