▼ なんだ、かなしかったのか


私が生きていたってなんの意味もない。せめて迷惑をかけないようにと頑張ってみても、私の存在そのものが迷惑なんだからそんな些細な努力は最初から意味なんてなかった。

あの日私が家にいなければ、透くんは蛙を取りに出ようなんて言いに家に来なかった。私が1言やめようと言えば、蛙を取りには行かなかった。私が近道しようなんて言わなければ、あの時間にあの信号につかまらなかった。私が信号のところで話たりしなければ、透くんが私を庇うことはなかった。
結論として、私がいなければ透くんは死なずにすんだんだ。透くんが死ななければ、周りに迷惑をかけなかったし、お父さんたちがここに引っ越さなくてすんだ。引っ越さなければ、雪ヶ丘に通うこともなかった。雪ヶ丘に通ったから、うっかり日向と出会ってしまった。
日向は人懐っこくてなんの意図もなく慕ってくれるものだから、接する距離を見誤ってしまった。うっかり近付いてしまったから、怖くなった。このままだと透くんと同じ事を繰り返してしまう。そう思ったら、進路を変えなければいけなくなった。
学力がちょうどよくて、雪ヶ丘から距離があるため通う人が少ない青城。案の定、同級生はいたのかもしれないけど、日向は来なかった。もともとバレーをするためにどこかの学校に行くってずっと言ってたから、ここまでしなくてもよかったのかもしれない。でも、すれ違うことすら避けたかった。
逃げるために選んだ青城は私立で、距離も離れてるから電車とバスを乗り継がないといけなかった。青城に通わなければ余計なお金をかけなかった。ここに通わなければ、及川や一静さんと知り合うこともなかった。
こうしてここまで考えることは毎回違うのに、行き着くところはいつも一緒。

私が生まれなかったら、誰にも迷惑をかけなかった。

「あの時、透くんじゃなくて、私っ死んだらよかった…っ」

私にはなにもない。生きてる振りをすることで精一杯。透くんだったら、きっと私と違ってなにかを残してた。

「そんな悲しいこと言わないでよ」
「だって、」
「そんなの過去に囚われてるだけだよ」

自覚はある。あの日から少しも前に進めていない自覚は充分にある。流れに逆らってしがみついてるだけだってことは、痛いくらいわかってる。

「及川にっ私の何がわかるの?!」

私の想いなんて誰にもわかるわけがない。

「私はっ透くんを置いて、いくことしか、できな、のに…っ」

透くんはあの日のまま、今も遠くで呼んでいる。どんなに走っても足掻いても、距離は少しも縮まらない。声は遠くなるばかり。もう顔すら思い出せない。
それがどんなに悲しくて苦しいことなのか、誰にもわかるわけがない。私が忘れたら、透くんは本当に死んでしまう。

「たぶんだけどさ、和泉さんが死んでたら、「とーるくん」も同じようになってたかもしれないよ?」
「そんなことない!」
「それはわかんないよ。和泉さんは「とーるくん」じゃないんだから」

透くんが生きてたら、ここにいるのが透くんだったら。そんなもしもは飽きるほど考えた。

「結婚の約束するくらいでしょ?それなら和泉さんより酷いことになって、もしかしたら後を追っかけて死んじゃってたかも」
「それこそ、わかんないじゃん」
「それがわかるんだなー。だって俺も男だからさ」

私にわからないことが、何も知らない及川にわかるものか。それこそ意味わかんない。

「実際7歳くらいのときにどれくらい物事を考えてたかわかんないから、どうしても今の俺の考えにはなっちゃうけど…好きな子を守れないで生きることになるくらいなら、俺は好きな子を守って死にたいね」
「ば、バカじゃないの?!死んだらなんにもなんないじゃん!」

顔をあげると、そこにいつもの及川はいなかった。

「たぶん、女の子にはわかんないかな。男にはね、命よりもプライドを守らなきゃいけない時があるんだよ」

いつもと全然違う。泣きそうになりながら笑ってるのに、合った目は真剣で。

「あーあ、いっぱい泣いたから腫れちゃったね」

全然わかんないのに、真実味があって。私にわかんない透くんのことが及川にわかるのが悔しくて。

「あらら、まだ止まらないか」

わかってあげられなかったのが悲しくて。

「俺が一緒にいるから、ずっと我慢してた「哀しい」はここで全部出しちゃおうね」

熱を持った目元を撫でる及川の指先が冷たくて。

「で、出しきったら「とーるくん」が言ってたように生きよう」
「や、っだぁ…っ!」

頭の中はぐちゃぐちゃで、わけわかんない。

「いつまでも好きでいてくれるのは嬉しいけど、ずっと立ち止まって泣いてるのを見るのは辛いよ。好きな子には笑っててほしいもん」

でも1個だけやっとわかったことがある。

「だから、泣き止んだら笑って?」

あの時からずっと、私は悲しかっただけなんだ。


  
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