▼ レクイエムを君に
「加奈枝」
「透くん」
透くんはあの時のまま。成長をしなければ、ほんの僅かにも変化すると言うことすらない。それは紛れもなく透くんが「死んでしまった」ことと、これが私の見ている都合の良い「夢」だと思い知る。
「わかったか?おれの言ってたこと」
「うん」
今日の私は現実に程近いけど、現実よりも少し目線が低い。
何年か前の背格好なんだろうか。生憎ここには鏡なんてものはないから、自分の姿を確認することなんてできない。
「あたまいいやつってやっぱりバカなんだな」
「バカじゃないもん」
「おベンキョができても他のとこでバカならバカだよ。加奈枝はバカだ」
そんなにバカバカ言わなくてもいいのに。そう思っても、透くんが笑ってるならいいや、なんて思って言葉にはならない。
「もうここにくんなよ」
「それはやだ」
「ワガママだな」
「うん、カナわがままだから」
なんとなく。今日が終わったら透くんと会えなくなる気がする。
「また会いに来てもいい?」
「だーかーらー…ダメだっつってんだろ?」
「だって透くんに会いたくなるもん」
「おま、はぁー…」
透くんがため息をつくなんて久しぶりじゃないかな。
「こんなとこ、なん回もくるもんじゃねーんだって」
「うん」
会いたいと思って会えるのかもわからない。今まではいつだって透くんに会いたくて、側にいきたくて、隣に並びたいと思ってたから。だから、意図的に会えるのかどうかなんて考えたこともなかった。
「なぁ加奈枝」
「なぁに?」
「お前がこれから先わらってくれればおれはそれでいいからさ」
「うん」
「ちゃんと進め。こわがんなくていいから」
「うん」
「あとがんばりすぎんなよ」
「うん」
「できればしわくちゃのババアになったらこいよ」
「うん」
「で、お前のことなかせてわらわせたやつおしえろよ」
「うん、いっぱい言えるようにする」
「おう」
きっと、これが最後の約束。
「透くん、ありがとう」
ずっとずーっと大好きだよ。
△ ▽ △
朝起きて1番に思ったのは、もう会えないんだろうなってこと。
夢なんて記憶の反芻で、そうじゃなければただの妄想。そんなことは初めからわかってた。それでも私には、透くんがいないと立ってることすらできなかった。その透くんに独り立ちをするように言われた。透くんのお母さんにも心配されてると知った。
私も、そろそろ進まないといけないんだろう。
「おっはよー!和泉さん!」
「及川…」
私が前に進むきっかけになった及川。
及川がいなければ私は進もうともしなかっだろう。なにせ必要性を感じていなかったんだから。
「本、持ってきたので」
「え?ホントに?うわーありがとう!」
透くんに言われても私の考えは変わらなかった。今時1人で年老いていくのはそう珍しいことじゃない。世間からは行き遅れだなんだと言われるかもしれないけど、既に逝き遅れてるんだからそんなことを言われたとしても気にならない。
「早速今日から読み始めるね!」
部活もあってほとんど本は読まないだろうに、私の持ってきた本を借りてバカみたいに喜んでる。青城にはスポーツ推薦があるくらいだから、及川もあまり頭はよくないのかもしれない。それともわざとバカを演じてるのか。
それは私が考えたところで無駄なこと。私がするべき事は、もっと別な事。
「及川に聞きたいことあります」
「珍しいね、なに?及川さんにわかることならなんでも教えちゃうよ」
今更動くのは怖いけど、頑張らないといけない。透くんと約束したんだから。
「私にバレーボールを教えて下さい」
「……え?」
聞き返された。
「私にバレーボールをおs」
「聞こえてた!聞こえてたけど!なんで?!」
もう一度言ったら遮られて騒がれた。
なんなの?
「深い意味はありません。ただ興味を持っただけです」
「…そっか」
及川にはわかったんだろう。この学校どころか、世界で唯一私のことを話した相手なんだから。
「じゃあ俺もバレーの本とか貸してあげようか?」
「ありがとうございます」
「たしかルールとかポジションもわかんないよね」
「お恥ずかしいことにその通りです」
「なんにも恥ずかしいことないよ!最初はみんな初心者だからね!じゃあ明日持ってくるよ」
「私はいつでも構いませんので、お気になさらず」
「俺が和泉さんの力になりたいの!だから和泉さんこそ気にしないで」
思えば、及川はいつもこうだった気がする。振り続けても適当にあしらっても懲りずに話しかけて、容赦なく踏み込んでくるようで距離を計り間違えない。
私と違って、存外器用な種類の人なんだろう。
「調べられそうなことは私も調べてきますので」
「和泉さんらしいや」
「どういうことですか?」
及川を見上げると、ファンが騒ぐであろう顔をしていた。それがひどく穏やかで、一瞬、透くんとダブって見えた。
「真面目ってこと」
それは及川にも言えることだろう。見た目のわりに浮わついた話はほとんど上がってこないのは、及川の本質が捻れてないから。少しでも捻れて腐ってたら、浮わついたものだけじゃなく私のような後ろ暗い話も上がる可能性が高い。
「そうですか」
「うん。あ、次移動だったんだ。じゃあ和泉さん、また後でね」
「はい」
いつまでも待っていてはなにも変わらない。そもそも私は及川を待たせてる側にあたる。断ってはいるけど、こうして僅かな時間にもしつこく話しかけてくるのは、自惚れでなければそう言うことだと思うから。
それに、ちゃんとするって透くんと約束したんだから、頑張らないと。
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