▼ 染まらない林檎
及川がおかしい。
こいつがおかしいのは今に始まったことじゃねぇけど、どっか見ながらぼんやりすることが目に見えて増えた。
こいつの考えてることなんてわかりゃしねぇし、このままほったらかして怪我でもされたらたまったもんじゃねえ。そう思ってついこの間聞いてみたら、気になってる奴がいるとか言い出した。しかも女子。
いままでどんなに騒がれても女子に全く興味を示さなかったのに、どういう心境の変化なのか。しかもそれは俺のクラスの奴らしい。
「ね、ね、岩ちゃんっ」
そんなことを話してしまってから、及川はやたらと和泉の事を聞きたがるようになった。
「うるせぇ」
「俺まだ何も言ってないのに!ひどい!」
そんなこと思ってもねえくせに。
つーかマジでうぜぇ。
「教室での和泉さんってどんな感じ?」
ほらみろ。どんなに罵っても2言目にはこれだ。
「いーじゃん。俺和泉さんと同じクラスになったことないし」
「そうなのか?」
「うん」
同じクラスになったこともねーのに、和泉のなにがこいつの気を引いたのか。俺にはさっぱりわからん。
「だからいろいろ聞きたいなっ」
そう言われても、俺も大して知らん。
俺が知ってる和泉は無口で無表情。誰かと話したり笑ってるところなんて見たことがない。話したこともないから、なに考えてるかまったくわかんねぇ奴世界大会日本代表みたいな奴だ。
「岩ちゃん…?」
「ちょっと待て」
和泉っつったら、それなりに小綺麗な奴。つまらない奴…かどうかは話したことねえからわかんねえな。暗くもねぇけど明るくもねぇ奴。真面目な奴。
どう言ってみても、和泉をわかりやすく説明するにはなにか足りない感じがする。
「岩ちゃんったら、俺のためにそんなに悩んでくれるの?」
「うるせぇ黙れ」
うっかりぶつかったら折れそうなくらい細っこい奴。でかくもなくちっこくもない奴。漫画みてぇに髪が長くて1度も日に当たったことがねぇのかってくらい白い、昔話の雪女みてぇな奴。愛想はねぇがそれなりに人を寄せ付ける妙な奴。及川とは別の意味で、良くも悪くも目立つ奴。いつの間にか居なくなりそうな…
「危なっかしい奴…」
「…ん?」
「うん。これが1番しっくりくるな」
危なっかしい。表現としてはおかしいが、これが1番和泉を表現するのにいい気がする。
「え?なに、どういうこと?」
「なんつーか和泉はよ、ふとした拍子に消えそうな危うさっつーか、不安定さっつーか…」
「岩ちゃんいつからポエマー始めたの?」
「テメーが言えっつったんだろボゲエ!!」
「いたいっ!」
たぶん。明日の朝、担任に「和泉は死にました」なんて言われたとしても「ああ、やっぱりな」と思うくらいには危うい。そう言う危うさを、本人は無意識に垂れ流しにしてる。
だからか、和泉に近付こうとする奴は、男女問わず意外なことに少なくない。守りたいってやつか?それでも実際近付ける奴はなかなかいねえけど。
「それにしても、危なっかしい…ね。岩ちゃんが人をそう表するのは珍しいね」
「そうか?」
「そもそも女の子のことで悩んでるのがおかしいよね!」
「テメーが言えっつったんだろーが!」
「痛いってば!」
マジでクソだなこいつ。
「やっぱりクラスでも目立つの?」
「良くも悪くもな」
「そっか」
1人だけ明らかに異質な空気を醸し出していれば、そりゃあ目立つだろ。素行が悪い訳ではない。だからと言ってくそ真面目でもないだろう。
「つーか話したこともねーんだから俺にわかるわけねぇべ」
「そうだよね…」
同じクラスだからお前よりは知ってることもあるだろうけど、同じクラスってだけだ。それ以上でも以下でもない。
「ありがと、岩ちゃん」
だからそんなことを言われるようなことでもない。俺に言えるのは、
「和泉のこと知ってる奴なんてほとんどいねぇよ。知りたきゃテメーで話しかけろ」
こんなことくらいだ。
「そうだね。ありがと岩ちゃん!俺頑張るね!」
「その前に部活だろ」
「もっちろん!」
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