及川

「及川くんっ」
「どうしたの?」

俺には、結婚して、一緒に歳を取って、同じお墓に入りたいと思うくらい好きな子がいる。

「あのね、クッキー作ってみたんだけど、及川くんに食べてもらいたいなぁって」

あ、例えだよ?それくらい本気で好きってこと!もちろんその子のことを1番大切にするし、俺に出来ることならなんだってしてあげたい。俺のこの気持ちのどこにも嘘はないよ。

「本当?ありがとう」

小さくラッピングされたクッキーは、柏手さんの手の中では大きく見えるのに、俺の手の中ではとても小さく見える。

「さっそくだけどいただくね?」
「う、うん」

白くて細い、触ったらきっと柔らかいだろう手が、緊張からかお腹の前でソワソワと動く。
そんな些細なことでも、この子が俺とは違う「女の子」なんだってことを意識する。

「うん!おいしい!」

柏手さんが作ってきたらしいクッキーははしっこが少し焦げてるけど、ものすごく美味しい。

「ほっほんとに?!」

なんの変鉄もないクッキーだけど、君が作ったっていう付加価値が何倍にもこのクッキーを美味しくさせてるんだろうね。

「及川さんを信じなさい!」
「よかったぁ」

へにゃりと心底安心したように表情が緩む。
ちょっと緊張してる顔もかわいいけど、そうやって嬉しそうに笑ってくれるのが1番かわいい。

「及川くんにそう言ってもらえるとすごく安心できるよ!」
「安心していいよー。及川さん、嘘はつかないからね!」

でも、俺が1番好きな顔は俺に見せてくれない。

「それ、もしよかったら食べて」
「え、いいの?」
「うん。及川くんにはいつも助けてもらってるから、そのお礼」

ほんのりほっぺたを赤くしてはにかむその表情に、ほんの少しだけ泣きたくなる。

「別に気にしなくていいのに」

俺が「あわよくば」を狙ってるなんてまったく気付いていない顔。もちろん嘘なんて1つも言ってないけど、失敗してしまえと思ってる俺がどこかにいるのも事実。

「本当はもっとちゃんとしたお礼をしようと思ってるんだけど、まだ思い付かなくて」
「俺が好きで柏手さんの相談に乗ってるんだから気にしなーいの」
「本当、いつもありがとう」

それなのにどうして、

「じゃあ、後でまたくるね」
「うん」

俺の手の届かない、遠くに行ってしまうんだろう。

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