白布

「ふをぉぉぉぉぉぉぉ…」

あらかたスクイズの減った籠を下げたまま奇声を発してるのを見て、またかとだけ思った。
そう思うことすらもはやめんどくさい。監督はどうしてこんな奴にマネージャーなんてさせてるんだ。

「ここは楽園である」
「キモい」
「心外だよ!しなやかで美しい筋肉を愛でずになにを愛でると言うんだね!?」

いや、そこはもっと女子っぽいもの愛でろよ。ぬいぐるみとかそのへん。

「しかし、本日も先輩方の筋肉は素晴らしいですね」
「あっそ」

シカトしたところで黙るわけがないのでほっとくようになったのは、なにもここ最近の事じゃない。無駄に1年部活で顔を合わせてるから嫌でも対応は雑になる。

「あ!もちろんらぶりんの上腕二頭筋も素敵だよ!!」
「見るな。あと呼び方やめろ」
「マジバレー部最高」

少しでもサボるようなら即効チクって辞めさせるのに、俺の魂胆がわかってるのか少しも隙を見せない。早く辞めろ。

「あ、忘れるところだった。水分はちゃんとお取りよー」
「ああ」

言われるがままに押し付けられるスクイズを受け取る。
流し込んだドリンクは少し薄め。悔しいが、柏手はそれなりに仕事はこなしている。だからこそ監督もなにも言わないんだろう。

「若先輩の胸筋ってどうなってるんだろう。1回でいいから全力で殴って指の骨砕いてみたい」

それはやめろ。牛島さんがもしも気に病んだりしたら柏手の息の根を止める。

「大平先輩の大腿四頭筋も本当に素晴らしい。あれくらいしっかりついてたら他のスポーツでも対抗できそう」

陸上とかでも足はかなりつくからな、わからなくはないけどなんでこいつはそんなこと考えてんだ?

「天童先輩は広背筋ヤバいよね。あんなに細いのにしっかりついてるとかマジヤバい。よく見ると腓腹筋もいいつき方してるんだよねぇ…つつきたい」

見方が気持ち悪い。

「山形先輩の腹直筋はマジで神」

意味がわからない。

「あ!瀬見さぁーん!」

これだけふざけた発言はするが、唯一こいつが仕事を投げ出すのは瀬見さんに対した時だけだ。これは監督も諦めたらしい。

「お疲れ様です!」
「柏手もお疲れ」

スクイズとタオルを差し出すその姿は近所の犬に見えた。あれだ、あれ。パピヨン。

「瀬見さん、違うならいいんですけど、もしかして母指球筋の具合が悪いんじゃないですか?」
「どこだそれ?」
「ざっくり言うと親指のこの辺りです。トスのとき一瞬妙な角度で上がったことがあったので、もしかしたら左右でパワーバランスが崩れてるのかなーと思いまして」

柏手が自分の掌の親指の付け根の辺りを示したらしい。
どうやら心当たりがあったのか、瀬見さんは驚いた顔をしたそのあと、手を握ったり開いたりしながら自分の掌を見ている。

「ここ、そんな名前がついてたのか…」

気になったのはそっちか。そもそもぼしきゅーきんなんて名前知ってるやつは柏手くらいなものだろう。

「あと僧帽筋もほぐした方がいいですよ」

おい、お前の筋肉好きはわかったから分かりやすく言ってやれ。瀬見さんそれがどこだか絶対わかってないから。瀬見さんだけじゃなくてここの誰もわかってないから。

「そっか、サンキュー」
「いえ!瀬見さんが怪我をされず健康に部活に勤しめるようサポートするのが私の仕事なので!!」

違うだろ。お前は「瀬見さん」じゃなくて「バレー部」のマネージャーなんだよ。仕事しろ。
あと、よくわからないけど返事をしてくれる瀬見さんに感謝しろ。

「柏手も怪我するなよ」
「もちろんです!」

瀬見さんは極自然と柏手の頭を撫でて牛島さんの所へ向かっていった。

そしていつものように柏手は俺のところに走ってくる。

「瀬見さんの上腕三頭筋は今日もしなやかで美しかった…」
「うん、キモい」

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