青根

「おはよう、青根くん」

俺が頭を下げると、今まで誰も座ることなく空いたままだった隣に座ってくれるのは、同じクラスの柏手さん。

1年の時、満員電車にも関わらず妙に空いていた空間に違和感を持ったらしい柏手さんが俺を見つけたことが始まり。
背の低い柏手さんにとって、満員電車は地獄そのものらしい。工具を持ち帰った次の日は、工具が邪魔だと言わんばかりのサラリーマンに嫌な顔をされたりするのが不快だと言っていた。

「今日の実習楽しみなんだ」

小さくて女子らしい見た目をしている柏手さんは、意外と男らしい性格をしている。今日の実習も、簡単に言うとコンクリートで円柱をつくって破壊する授業。作業服も他の女子に比べると汚れが目立つ。

「青根くんは部活もやってるでしょ?両立大変じゃない?」

ふるりと否定すると「そっかー」なんて明るい声が返ってくる。

電車の中で話しているのは他にもいるはずなのに、この車両で話してるのは柏手さんと俺だけなんじゃないかと思う程話し声が聞こえない。きっと俺の見た目と、こんな俺の隣で平気そうに話している柏手さんが異色なんだろう。

「青根くん」

ふと落ち着いた声がして首をかしげると、朝の光を反射するくりくりした焦げ茶色の目とかち合う。

小柄な柏手さんとは座れば多少目線の高さが近付くとはいえ、それでもかなりの差がある。だから柏手さんと話すときは首をかしげるのが癖になった。
それを言ったら二口には「調子に乗るな」と怒られた。

「なに考えてるのかわかんないけど、周りなんて私、気にしてないからね」

たまに、柏手さんは超能力が使えるんじゃないかと思う。
俺の見た目については今からどうにかできるものではないから気にしないようにしてはいるものの、こうして物理的な距離をとられては気にしないわけにもいかない。それを誰かに言ったことは1度もないし、気にしている素振りをしてもいない。

「青根くんの良いところは、青根くんのことを知ってる人だけがわかればいいよ。少なくとも私はわかってる」

それでも俺がしゃんとしていられるのは、柏手さんや二口みたいな、優しい友人がいるから。

「青根くんが優しくて更にイケメンだったら完璧超人だもん」

…たまによくわからない発言はあるけど、それも柏手さんらしさなんだと思う。

「青根くんは青根くんのままでいてね」

俺らしさとは、なんだろう。
そう思ったけど、ここで返事をしないとまた柏手さんを変に心配させてしまうのでひとまず頷いた。

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