鎌先

夕方を過ぎた頃から雨が降り始めると、昨日から言っていた。予報は朝まで変わることなく、放課後居残りをすることが確定していた私はもちろん傘を持ってきていた。

「…参ったなぁ」

それにも関わらず、傘立てにはまともな傘が残ってない。あるのは、穴あきか泥まみれか錆びまみれか骨だけか折れてるか、あるいは今あげたいくつかのブレンドか。
要するに、まともな傘はひとつもない。

誰だよ、私のお気にの花柄ファンシー傘持ってった変態野郎は。
と言うか、骨だけの傘をわざわざここに置いておく意味。捨てればいいのに。それとも誰か傘でも作るの?…作る奴いそう。

余談はこれくらいにしておいて、私は昇降口から空を見る。
どしゃ降りではないけど、霧雨ほど優しくない。雨は明日の昼まで降る予報。強くなるかはわからないけど、風がほとんどないから予報通り雨は続くだろう。

濡れて帰ることに然程抵抗はない。電車とか迷惑かけるなーって思うくらい。その程度にしか思わない私は鞄のチャックを確認して雨の中歩き始めた。
だってほとんど工事現場みたいなことしてるんだよ?今更雨くらいなんとも思わない。それに雨は嫌いじゃない。

意気揚々と歩いて、校門を出るか出ないかってとき、ふと雨が止んだ。
未来の道具が突然頭の上に現れる訳もない。おかしいなと思って上を見れば、見慣れない傘。

「何やってンだよ」
「ヤスか」

辿るまでもなくその持ち主はわかった。

「傘は」
「なくなった」
「は?」
「ピンクではなかったけど、まさか花柄の傘がなくなるとは思わなかった」

部活の後だろう。作業着でも制服でもない、ちょっと爽やかなジャスを着てる。

「だからって濡れて帰るなよ。バカか」
「ヤスほどバカじゃない」
「うるせぇ。こんな時間まで何やってたんだよ」
「筋肉バカにはわからないこと」
「は?」

専攻が違うから課題も違う。それなら言ったところでヤスがわかるとも限らない。それなら言わなくてもいいだろう。そもそも自分の先行以外ほとんどわかんなさそうだし。

私が歩き始めると、ヤスも隣に並んで歩き始める。

「どうでもいいけど、傘ねぇなら連絡しろ」
「今日おかあ仕事で家にいないんだよね」
「だったら俺でいいべや」
「だってヤス部活大変だべ」
「んなこつ気にすんな。鳴子ほったらかしたらオヤジにどやされっから」
「おじさんはまだ現役か」

身長差があるから、正直なところちゃんと雨を防げてるかどうかは怪しい。それでも気を使ってくれてるんだろうなと思うのは、傘からやたらと水滴が落ちてくるから。
傾けてくれてるからそうなるんだから、それが原因で多少濡れたって文句も言えなくなる。そもそも、ヤスの反対の肩はもっと濡れてるだろうから。

「帰ったら風呂入れよ」
「ヤスも筋トレしないですぐお風呂ね」
「母ちゃんかよ」
「いや、さっきヤスも同じようなこと言ったべ」
「そーかや?」

こうやって一緒に帰れるのは、たぶんこの先そう長いことじゃないのはわかってる。その直前まで、この傘の半分を無条件に借りられる存在でいたい。

なんて勝手なわがままは、誰かに見つかるその前に、雨と一緒に流してしまえ。

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