どんな特別がお好みですか?
 ボーダー隊員であっても、私達は普通に学生だ。学生の本分が勉強である以上、どうしても避ける事の出来ない行事はたくさんある。
 そのうちの一つが、目前に控えている定期テストというやつだ。

「頼りになるのはお前だけなんだ」
「はいはい、御託はいいから本題は?」
「テスト範囲のやつ教えてくれ……」

 ばちん、と体の前で大きく手を合わせたかと思うと、頭を深々と下げていわゆるお願いのポーズをする出水君。女子にやられるならまだしも相手が男子じゃなぁと思うけど、少なくともこれをボーダーラウンジでやる辺りまだ気遣いがある方だ。まさか学校でこれをやられたら周りの目が面倒だから。

「毎度恒例になりつつあるね」
「他の奴じゃ話になんねーか脱線するかすげー怒られる」
「いや、私もちゃんとやんないと怒るよ?」

 話しながらも、出水君は私が了承することを見越しているらしい。にかりと笑って「よろしくな」と言ったかと思えば、私の目の前にとん、と置かれたみかんジュース。恒例になりつつあるその差し入れを受け取ると同時に、交渉成立と言わんばかりに向かいを陣取った出水君が早速ノートを開く。

「これなんだけどさ」
「またー……ちゃんと図解しなって」

 差し出された問題は、確かに出水君の苦手そうな問題だった。出水君は頭の回転が早い分、問題を捉え違えてドツボに嵌る。そうならないように、図解したり書き込んだりしろと毎回言うのに。案の定、少し解説をしてみればあ、と閃いた声をあげる出水君。

「あー、あれ、あ、そっか」
「早合点しすぎ。出水君普通に出来るのにさ……」

 わりーわりー、と言いながらよし、と気合をいれて解答に取り掛かる出水君。私もその合間に自分の分を進めようと課題を開く。自分の課題に手をかけているとまた呼び止められて、次はここ、と指定される問題。それらを順番に、ゆっくりと一緒に解いていく。

「あー、前髪邪魔だな」
「ちょっと伸びた?」
「かも」

 うざったそうに片手で前髪をかきあげる端からぱらぱらと零れ落ちる髪。私は鞄を漁って、丁度持っていたヘアピンを差し出した。

「あー、おれそれ頭皮に刺さるから無理」
「なにそれ、不器用なの?」
「いつもねーちゃんにやってもらうからさー」

 それ以外には持ってないなぁ、と鞄を漁っていると、出水君は「しょうがないから留めてくれ」なんて言い始めた。贅沢言うなと思いながらも仕方なく、出水君の手でかきあげられた髪に脇からそっとヘアピンを適当に刺していく。

「……それ、跡になったら面白そうだね」
「まじかよ早く終わらせねーと」

 一応なんとか留まっているけど、とても不恰好だ。多分これ、ピンを外せるころには前髪に変な癖がついちゃうやつ。そんできっと米屋君辺りに笑われるんだろうなぁ。

「お、どうしたのお二人さんおデート?」

 丁度思い浮かべていた人物がジュースを片手に現れて、私はとりあえずからかいは無視してお疲れ、と声をかける。出水君は「お前も勉強しろよー」と声はあげるけど、視線はノートと教科書を往復するばかりだ。

「なんだよ、付き合いわりーじゃん?」
「槍バカとちがっておれは平均とれる程度にはやるんだよ」
「米屋君もやる? お勉強デート」
「しゃーねぇ付き合ってやるとしますか」
「邪魔するなら帰っていいぞー」

 出水君はそう言いながらも、教科書とノートをずらして席をつめる。そう空いたスペースに滑りこむようにして、米屋君も腰を下ろした。
 すぐに出水君が、最後に、と前置きしてからノートを差し出した。とりあえずわからないところはこれで終わりらしい。そのノートを受け取ろうとすると、なぁ、と聞きなれた声が降りかかって振り返る。

「遊真君? こっちにいるのは珍しいね?」

 自然と頬が緩むのを感じながら視線を向けたのに、一瞬、どきりと背筋が冷えた。見慣れた、あどけなくきょとんと様子を伺うような表情ではなくて、どこか冷たい、鋭い視線で私を見ていたからだ。

「おー、ランク戦やるか?」
「おまえ今来たばっかでもう逃避すんなよ」

 私の動揺も、遊真君の異変も二人には伝わっていないようだ。ランク戦に誘う米屋君と、それを咎める出水君はいつも通り。
 普段ならランク戦ロビーにいるだろう遊真君が、休憩ラウンジまで足を伸ばしてることにその表情の理由があるのだろうか。様子を伺って次の言葉を待っていると、遊真君は行くぞ、とだけ告げる。

「え、えっと?」
「早く」

 言って、遊真君は私の許可なく机の上のノートやらをまとめて鞄へと詰めはじめた。遊真君が強引に私をどこかへ連れていこうとしてるのに驚くけど、米屋君なんかは平然として「お前、約束すっぽかしたの?」と私に聞いてくる始末。約束はしていないはずだけど、何故かそれを言い出すのにも気が引ける。

「おれらの先生連れてくなよ、あと一問だけだから」

 出水君までも平然とした顔。手に持ったシャーペンで、とんとんとノートを叩いて問題を指す。
 だけど片付け終わった遊真君は私の鞄を自分の肩にかけて、私の手を乱暴に握った。

「なんでダメなの?」

 声色はいつもの、何故だか理由がわからないと純粋な疑問を訊ねる時のもの。
 そのはずなのに私には何故か、全く違う色を含んでいるように感じた。ぐい、と引かれるままに立ち上がって遊真君の傍に立てば、そんな私を一度ちらりと見てから遊真君は改めて視線を二人へ戻す。

「こいつ、おれのなんだけど」

 は、と息の漏れるような間抜けな声を三人同時にあげてしまった。それを全く気に留めずそれじゃあ、と言って遊真君は私をそこから連れ出してしまう。
 私は内心で後で二人に謝りにいかなきゃなと考えながらも、様子のおかしい遊真君の足取りに合わせてその背中を追った。



 しばらく歩いて、結局私はボーダー本部からも連れだされてしまった。自然と玉狛方面に向かっているらしい遊真君の背中に「玉狛にいくの?」と尋ねれば、ぴたりと歩みが止まる。そうして遊真君がこちらを見ないまま呟いた言葉をどうにか聞き取った。

「……名前先輩、あんな顔もするんだね」

 あんな顔、が指すのはさっきの勉強途中の話なのだろうか。しかし自分では普段どおりのつもりだから遊真君が何を見ていたのかわからない。というより、いつから見ていたのかもわからないのだから困ったものだ。
 素直に「あんな顔って?」と尋ねれば、ようやく遊真君は私と向き合ってくれる。

「楽しそうだったし、あんまり優しくないね」
「そうなの? うーん、優しくないわけじゃないと思う、けど」
「あれが多分、名前先輩の普通なんだな」

 そこまで言って遊真君は少しだけ俯いてしまった。楽しそうと、優しくないの何がひっかかるのかわからなくて、私も辛抱強く遊真君が感情の欠片を吐き出すのを待つ。いまだ緩やかに引かれたままの手がぎゅうと握られた。

「なぁ、おれといずみ先輩とよーすけ先輩と、おんなじか?」
「な、なにが?」
「……わからん」

 さっき私を無理矢理連れ出した強気な態度はどこへ行ったのか。段々と声に覇気もなくなってきて、弱々しく呟くように言葉が落とされる。そう項垂れて肩を落とす遊真君を見て、一つ浮かんだ可能性。
 同じか、の問いにはきっと違う、特別だっていう回答を求めてる気がする。そうしてそれが欲しいということは、これまでのことってもしかして。

「遊真君、あのね」
「……うん」
「三人とも同じ男の子だし、ボーダー隊員だよね」
「…………うん」
「でも、恋人って、特別なのって遊真君だけだよ」

 最後の一言に反応した遊真君はゆっくりと顔を上げた。ぱちりと視線があうのが少し照れくさくなって自然とはにかんでしまう。
 目があった遊真君は少しだけ嬉しそうで、でも複雑そうな表情を浮かべる。

「おれ、名前先輩の笑ってる顔好きだよ」
「うん、ありがとう」
「……でも他の奴にもにこにこしてるの、ちょっと嫌だ」
「うん。わかるよ」
「え?」

わかるよ、私だって。

「私も遊真君が他の人と楽しそうにランク戦してると羨ましいって思うし」
「楽しそう、か?」
「皆に可愛がられてる遊真君見るとちょっとだけ、嫌だなってなるよ」
「……なんで?」

 遊真君は本当に、感情の起点がうまく言葉になっていないようだ。からかうでもなく純粋に訊ねられたその言葉に、私は一度深呼吸してから答える。

「嫉妬、しちゃうかな。少し」

 しっと、と小さく呟いた遊真君はくるりと目を見開いた。ようやく自分の感情と、知っている言葉の意味が繋がったらしい。途端に遊真君は困ったように眉根を寄せてはぁ、と一度溜息をついた。

「……言葉には知ってたけど、複雑だ」
「そうなの?」
「なんか、おれの特別が特別じゃない気がして、怖いというか、うん」

 ふー、と細く長く息を吐いた遊真君。ようやくいつもの優しい顔で、困ったように笑いながら言う。

「ふむ、これが嫉妬か」

 今更ながらにそれを理解したら、少し恥ずかしくなったらしい。はにかんだその表情と、多分私は同じ顔をしているんだと思う。
 私だって、素直に嫉妬してると告げるのにどれほど勇気がいったか。だけどそんな準備なしに感情を吐露した遊真君はじわじわと恥ずかしくなってきたらしい。ううむ、と頭をわしゃわしゃかきながら困った様にしている。

「すまん。無理矢理連れ出した」
「いいよ。でも後で謝りにいくのと、出水君の最後の質問教えにいくのは許してね」

 遊真君はにこりと笑って、嫌だけどいいよ、と答えた。満面の笑顔に嫌という言葉が矛盾しているようで、とても素直だ。屈託なく告げられる嫌と言う言葉に少し安心するのは変なのだろうか。私も笑いながらごめんね、ありがとうと告げればそれもなんだかちぐはぐで。

「なぁ、今いっこ思いついたんだけどさ」
「うん、何を?」
「名前で呼ぶから、名前で呼んでよ」

 これまでずっと握られていた手先の指と指がゆるやかに絡む。甘えるようなその仕草と伺うような視線にどきりとするけど、呼んでる、よね? と確認すればふるふると首が揺れる。

「遊真って呼んで」
「……え、っと」

 な、と駄目押しする遊真君はすっかりいつもの強気な表情に戻っている。求められたものを理解した私は、急激に頬が熱くなるのを感じながらも口を開いて閉じてを繰り返すばかり。
 おあずけされた犬のように私が名前を呼ぶのを今かと待っている遊真君に、最終的に私が負けてしまうのは仕方ないと思うの。

「……遊真」
「うん。嫉妬してごめんな、名前」

 心の準備もなく唐突に呼ばれた自分の名前にどぐん、と心臓が飛び跳ねる。先輩とつかないだけ、私の名前ただ一つで呼ばれるそれだけのことで、どうしてこんなにも胸が苦しくなるんだろう。
 だって、ごめんっていう遊真の顔は、謝っているのに満面の笑顔なのだ。見ているだけで、胸がぎゅうぎゅうに締め付けられてしまう。

「……私には怒ってもいいけど、他の人にはやめてあげてね」

 私はそんな言葉を絞り出すのが精一杯だった。
 けれど返事が意外だったのか、名前には怒ってもいいの? と首を傾げる遊真君。あ、遊真、か。うーん、ちょっと頭がいろいろと追いつかない。

「なんかね、遊真く……遊真、は色々と平然としてるから」
「そうか?」
「だから、平気じゃない時は私がそこにいたいな、って」

 皆に愛される遊真は、そのままでいて欲しい。遊真を独り占めはしたくない。だけど特別でいたいから、少しだけわがままを。

「わかったから、名前もな」
「え?」
「笑ってないとこも見たいから、平気じゃない時はおれのとこにいて」

 あんなに私の笑顔が好きだと言った遊真が、笑顔じゃない私も見たいと思ってくれたことにまた胸が一杯になる。私を知りたいと思ってくれているそれが、ただただ嬉しい。だからやっぱり笑顔になってしまうけどうん、と頷いた。

「本部戻ってもいいか? 先輩達に謝ってこないと」
「うん、私も出水君に問題の続き見せてもらわないと」

 二人でくるりと方向転換。手は繋いだまま本部への道を歩いて行く。

 まだラウンジでノートを広げていた二人の所に戻ってきて、遊真は素直に「嫉妬してごめんなさい」と謝罪した。出水君と米屋君はぽかんとして、すぐにからからと笑い出して許してくれた。満足したらしい遊真はランク戦へと向かうと言ったので、その背中を三人で見送る。
 その後出水君と米屋君に根掘り葉掘り聞かれてしまい、最終的に付き合ってるという話になって非常に驚かれたのだった。

どんな特別がお好みですか?

(台詞提供はspecial thanks しばさき様!)
(「こいつ、おれのなんだけど」「ふむ、これが嫉妬か」)
(うまいことどっちも使えて楽しかった!空閑さんの嫉妬ちょうおいしい)

[3/78]

 

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