二人の色で世界を染めた日
 さて、自分でも驚くような告白をしてしまった次の日のこと。おれはいつものようにランク戦ロビーへと足を運んで辺りを見回す。
 今日はまだ、名前先輩は来ていないんだろうか。会った時にどんな顔をするのか楽しみにしていたのに。
 そうしていると目的の人物の代わりに、昨日の男がおれの前に立ちはだかった。

「空閑だよな」
「うん。そうだよ」

 改めて名前を確認されるけど、おれはコイツの名前を知らない。ただ、昨日名前先輩の腕を掴んだ人だということはわかっていて、つまり先輩を部隊に勧誘した奴だということは知ってる。

「俺とランク戦しないか?」

 突然の誘いに、おれは少しだけ迷った。どうしておれを誘うのか、その意図にいい予感がしなかったからだ。案の定ソイツは「俺が勝ったら苗字を説得させてもらうぞ」と言い始める。
 どう答えるべきか少し悩んでいたら、視界の端にちらりと映る人影。

「名前先輩」

 名前を呼べばおれに気づき、それからおれの向かいにいるコイツにも気づいて戸惑った顔。黙って手招きをすれば、名前先輩はおずおずと寄ってくるけど足取りは弱々しい。
 それもそのはずで、おれとコイツとの間の不穏な気配を感じ取ったのか、すでに遠巻きにギャラリーが集まり始めていたからだ。やっとの思いでおれ達の前に現れた名前先輩はおずおずと口を開く。

「な、何があったの……?」
「この人が名前先輩を、部隊に入るように説得したいんだって」

 異論がないからか、コイツはじっと名前先輩を見つめている。その視線にたじろぎながら、逃げるようにおれを見つめる名前先輩。

「おれに勝てたら、説得の邪魔するなって言うんだけどさ」
「苗字は空閑の弟子みたいなもんなんだろう。だからな」
「え? あの、それは私の問題で遊真君は、そもそも私部隊には」

 入らない、と言い切ろうとしたんだろう。その前に、男の視線で名前先輩は言葉に詰まってしまう。多分昨日のことが印象に残っているからだろう。怯えている先輩を見て、だから、と強い語気で遮れば名前先輩の視線がこちらに戻ってきた。

「どうする? おれが勝っていいか?」

 な、と怒りをおさえたようなその人の声が聞こえるけどこの際無視だ。おれが邪魔をするのはおれが気に入らないからじゃなくて、名前先輩の気持ちを無視してるからだってどうして気がつかないんだろう。
 おれの伺う視線に名前先輩は小さく、お願い、遊真君と呟いた。

「うん、じゃあいってくる」

 おれがさっさとブースに向かえば後についてくるソイツ。ブースに入って一度、大きく深呼吸して昂ぶった気持ちを落ち着かせる。絶対に負けるわけにはいかないからと気持ちを切り替えておれはパネルに触れた。



『――勝者、空閑』

 一本だけ、念には念をいれて観察の為に捨てた。後はとにかく、相手の作戦を通される前に切り捨てるだけ。ブース内の通信を繋げてこれでいいでしょ、とだけ吐き捨てれば、唸りながらもすまなかった、という言葉が返ってきて満足する。
 それは無理矢理誘おうとした名前先輩に言った方がいいよ。そうとだけ告げてから、おれはやっとブースを出た。

 どうやら戦っている間にもギャラリーは増えてしまっていたらしい。その中で先輩の姿を探せば、「おーい」と聞きなれたよーすけ先輩の声に呼び止められた。大画面を見れる特等席に陣取っていたよーすけ先輩と、その隣に名前先輩。
 駆け寄れば、目があった名前先輩は真っ先にぺこりと頭を下げた。

「私のことなのに、巻き込んじゃってごめんなさい」

 しゅんと肩を落としてそう謝る名前先輩は本当に申し訳なさそうで、隣にいるよーすけ先輩も困ったように笑いながらおれの返答を促す。

「いいよ、おれも好きでやったことだし」

 ぴくんと小さく名前先輩の肩が震えた。よーすけ先輩はあーあ、と身体を伸ばしながら笑う。

「おチビ、いつから苗字の師匠になったんだ?」
「なった覚えはないけど、最近よく名前先輩とランク戦してたから勘違いしたんじゃない」

 なるほどなー、と状況を理解したらしいよーすけ先輩は、いまだ顔を挙げない名前先輩をちらりと見てからおれに耳打ちする。内緒話をするような格好なのに、意図的なのかその声量は普段どおりだ。

「こいつ、さっきのランク戦でお前に見惚れてたぜ」
「……ちょ!」

 よーすけ先輩の誘いに素直にのってしまった名前先輩。咄嗟に顔をあげてしまったんだろうけど、その頬はすっかり赤く染まっている。おれとぱちりと視線があうと、困ったように眉根を寄せて。あげく視線はあちらこちらへと泳いでいて、一向に目を合わせてくれる気配がない。

「普段戦ってる時は余裕がないけど」「ねぇ!」
「こうして見ると凄いかっこいいんだねぇとか」「米屋君!」

 一生懸命よーすけ先輩の言葉に声を被せているけどあんまり意味はなく、それはそれは、頑張って戦った甲斐があるものだと思わずにまりと口角が上がった。昨日は急いでるだろうからと返事も聞かずに別れてしまったけど、思ったよりはおれに悪い印象を持っていないようで安心する。

「名前先輩、顔赤いよ」
「……いや、えっとですね」
「人も多いし外で涼むか?」

 そういっておれは名前先輩の腕を優しく掴む。無理やりひっぱたらあの人と同じになっちゃうから、と少し我慢すると、周りの視線が集中していることに気付いたらしい名前先輩はうん、と小さく頷いた。
 それならとゆるく引っ張れば、名前先輩はおずおずと立ち上がる。おれはよーすけ先輩に別れをつげて、名前先輩をそこから連れ出した。



「……遊真君? どこ行くの?」
「涼むなら外がいいかな、と思って」

 そういってロビーを通り抜けて外に出れば、ふわりと風が拭き抜けた。今日はそこまで風が強くないし、名前先輩の顔が赤いのは熱ではないだろうし。せっかくだから、手頃な場所まで足を伸ばそうか。

「名前先輩って今トリオン体?」
「いや、生身だけど……」
「じゃあ捕まってて」

 え、と躊躇う声は聞こえなかったことにして、ひょいと抱き上げる。背は少しだけ名前先輩の方が高いけど、抱えるのは簡単だ。けれど名前先輩は、急な浮遊感におれの肩をぎゅうと掴んであたふたとしている。だから、ちゃんと捕まってと言って先輩の瞳をのぞきこめば、ゆるりと腕がおれの首にまわされた。
 おろして、と拒絶の声も覚悟していたんだけどな。顔が緩むのも気にせずに、おれは飛び上がって適当な場所を探し始めた。

 しばらくして見つけた場所に降りて、そっと名前先輩を下ろす。へなへなと力無くその場に座りこんだから、おれもその隣へと腰を下ろした。名前先輩はあー、とかうー、と唸りながらも、沈黙を壊そうと必死に話題を探している様子。少しは風に当たって冷えたかと思ったけど、頬は変わらず赤いままだ。

「なぁ」

 痺れを切らしてこちらから声をかければ、びたりと体が固まった。それはそれで可愛いけど、と笑いを零しながら言葉を続ける。

「昨日の、困った?」
「え? ええと、いや、うーんと」
「おれ名前先輩は笑ってる方が好きだよ」

 言って、そのまま表情を伺う。いつもみたいに笑ってくれないかと思ったけど、困ったように眉根を寄せていて、もっと頬を赤くした名前先輩は無理だよ、と小さく呟いた。

「は、恥ずかしくてそんな余裕ないです……」
「ふーん? おれにも見込みあるんだ?」
「うぇ? っと、うーんとですね……」

 さっきから何度もうーんと唸っている名前先輩が可愛くて、さて、どうかな、と名前先輩の返事を待つ。
 誤魔化すようなら脈も無いだろうし、ずるいけどおれは嘘がわかる。名前先輩は多分まだおれのサイドエフェクトの話も知らないだろうから、どんな答えが告げられるのかとそれを辛抱強く待った。

「……あの、ね」

 弱々しくそう告げて、一度大きく深呼吸をした名前先輩。少しだけ視線の定まった先におれを捉えて、先輩は頬を赤く染めたまま静かに口を開いた。

「昨日まで、可愛いし、いい子だなとは思ってて好きだったし」
「うん」
「あぁでも、そういう意味の好きかは、わからなくて、今も困ってるんだけど」
「うん」
「今日は、その、ええと、かっこいいとは、思ったよ」

――全部、ホント。

「でもまだ、好きなのかどうか、わからないから」
「……言ってよ。今はどっちだと思ってる?」

 ずるいとわかっていたけど、ついおれはその言葉を求めてしまった。ちょっとだけ恥ずかしさで泣きそうな表情になってから、名前先輩はそれはそれは小さな声で呟く。

「……好き、になりそうだと、思う」
「ホントだ」
「え?」

 サイドエフェクトが反応しないその“好き”に自然と頬が緩んだ。おれはその言葉に背中を押されるように、名前先輩の赤い頬を指先でそっと撫でる。驚いたように身体を震わせるけど、拒絶や躊躇いの声はあがらない。覗き込んだ名前先輩の瞳が、ゆらゆらと潤んで光っているのはやっぱり可愛い。

「じゃあさ、おれと付き合おうよ」
「つ、付き合うって、そういう意味の?」
「そういう意味の」

 あ、う、とそれには躊躇いの声をあげようとする名前先輩が可愛くて、でもさっきの話だと自分の気持ちに自信がないからなんだろうとその理由を推測する。つまりは中途半端な気持ちじゃ駄目だろうと決めかねているんだろうな。

「おれ、あんまり辛抱強いほうじゃないんだ」
「ええとでも、後で好きじゃないってなっちゃったりしたら」
「いいよ、それでも。だから今、おれの恋人になって」

 自分でも随分と押している自覚はあるけど、半分くらいは名前先輩だって悪いと思う。名前先輩の本当の拒絶は、おれはもう見て知ってる。だから、これが拒絶じゃなくてただの躊躇いだってことも見ればわかる。
 どうしてこんなにわかりやすい人の事がわからないんだろうな。不思議に思っていると、名前先輩はまだ一生懸命に考えてたようであの、と話を切り出した。

「私、こ、恋人とか始めてだから、期待に添えるかどうかは……」
「期待?」
「な、何か求められても困る、というか?」

 ここまできても覚悟の決らないその理由は、どうしてもおれを優先してのものらしい。本当におれを優先するのなら一番気にして欲しいとこはそこじゃないんだけどな。

「そういうのはおれもわからん」
「え?」
「なんだ、おれだって初めてだぞこんなの」
「う、嘘でしょ!?」

 嘘じゃないよ、と重ねるけど途端に不満気な表情に変わってしまった名前先輩。おれはウソがわかるけど、名前先輩にウソじゃないと信じてもらうのは難しい。ホントかどうかは段々わかっていくことだろうし、この場ではそれ以上追求しないでおこう。
 代わりに、おれは名前先輩の手のひらを拾い上げてぎゅうと握った。

「そういうのはこれから一緒に考えていくとして」
「う、うん」
「おれは名前先輩が笑ってる傍にいられれば、それでいいよ」

 ふんわりとした名前先輩の笑顔を、一番近くで見れる特等席。だから、恋人になってよ、ともう一度告げれば、名前先輩の表情がようやく照れた笑顔に変わる。
 小さく告げられたよろしくお願いします、の声で、めでたくおれと名前先輩は恋人同士になったのだ。


二人の色で世界を染めた日

(付き合うまで、とのことでココまでセット扱いです!)
(連載が考え過ぎる空閑さんなので短編では猪突猛進な空閑さんを!!)

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