人がウソをつくのは、秘密を守りたい時だ。
そういう意味でいえばおれは多分、ウソをついてはいない。けれど言わなかったというその行動自体が、結果としてウソをついたことになり得るという話。
「……どういう、こと」
名前の部屋の中、静かに響く声。少し低く、僅かに震えた音。必死に冷静であろうとしているような、そんな無理をした声で、名前はおれに問いかける。
「ブラックトリガーを持ったネイバーで、追われてたって」
口外しないようにと指示されていたはずだ。おれも、他の隊員も。
けど、名前がそれを知ったということはみわ隊の人にでも聞いたのだろうか。同級生がネイバーにたぶらかされたと聞いて、黙っていられなかったのかもしれない。
「……否定、しないの」
「おれはブラックトリガーを持ってるし、ネイバーだ」
「ほん、とに」
きちんと頷けば、名前は呆然とした目でおれを見つめる。ぱちりと見開かれたその瞳の奥で、何を考えているんだろう。
例えそれが何であっても、答えは決まっている。
「なぁ名前」
「……な、に」
名前を呼べば、ぴくりと指先が引き攣った。震えた肩。やはり怖いのだろうか。それとも怯えているのだろうか。それでも返事をくれるのは名残か、慣れか、立ち向かおうとする意志か。
「気づいてくれてありがとう」
「……え?」
段々と名前の顔が青ざめていく。こんな表情は初めて見るな。おれが見る顔はいつも柔らかく優しく、笑っていたから。そうか、名前はこんな表情もできたのか、なんて新しい一面を見つけた気分だ。
――できればずっと、見つけられないままがよかったけど。
「おれ、あんまり長く生きられないんだ」
「……どう、いう」
「だから付き合ってる最中に突然死んだりしたら悪いなって、思ってたから」
自分の左手を握り締めて、トリガーの存在を確かめる。今も間違いなくその人差し指に、指輪がある。
「ねぇ遊真、何の話を、しているの」
情けなく震えた声。弱々しい姿を見て湧きあがるこれはなんだろうか。それでも必死で事実を問う名前に、おれは隠すつもりもなかった。
「おれは、ネイバーだよ」
「……う、ん」
「そんで向こうの戦争中に死にかけた」
「……ん」
「ブラックトリガーのおかげでまだ生きてるけど、そんなに長くはない」
相槌が消えた。瞳が揺らいでいて、焦点が合っていない。
今その瞳で見えるおれはどんな姿なんだろうか。まるで、化け物でも見ているかのような。なんて自嘲していると、その笑顔に何を思ったのか、途端に名前が表情を変える。
「なんで……そういうの、黙ってたの!」
語気は強くても声はとても震えていて、ちっとも怖くない。だから余計に、ひどく心が抉られた。弱々しく、それでも身体を震わせておれを睨む名前。こんな表情は初めて見るかもしれないとぼんやり考える。
「黙ってたつもりはないよ。聞かれなかったし、言う必要もなかった」
「なん、で、必要ないの!」
目尻の端で涙を堪える名前は見ていて痛々しい。そうなるとわかってはいたけど、想像と現実はずいぶんと違うな。
心構えをしていても、実際目の当たりにするとやっぱり少し、しんどいなんて。そんなこと名前の前じゃ到底言えそうにはないけど。
「長くないとか、ネイバーだとか、そう言うのって大事なことじゃないの!?」
悲痛に、振り絞るような声が耳に痛い。
いよいよ一粒、涙が落ちたけど変わらず名前はおれを睨み続けている。返事を待っているのか名前が口を閉じてしまったので、今度はおれが。
「じゃあ名前は、自分の寿命って考えたことあるか?」
「……え?」
困惑したのか、また瞳が揺らぐ。勢いの止んだ声色を聞いて少しだけ安心した。
「誰にだって死ぬ日はくる。けど、それを真剣に考える奴なんていないだろ」
「それは、だって普通に生きてたら」
「大半が寿命まで生きるんだろうけど。ここも戦争中だろ」
こくり、とその細い喉が上下する。一般人ならまだしもボーダー隊員なら知っているはずだ。ここがネイバーと戦争をするその最前線であり、隊員はその前線で戦う兵士だということを。
「そうでなくても、前触れなく死ぬこともある」
「……それは、そうだけど」
「寿命があるから付き合えないっていうなら、そんなの誰とでも同じだ」
伺えば、戸惑うように視線を泳がせる名前。屁理屈だと怒られるかと思ったけど、思いの外説得力があったらしい。
けど、他にも責めたいことはあるのだろう。名前は再び強い視線をおれへと向ける。
「ネイバーだって黙ってたのは、上層部から口止めされてたから?」
「まぁおれも、騒がれると面倒だとは思ってたからな」
「……わたしにも?」
弱々しく零れた言葉。否定も肯定もせずに聞き流す。言わなかったのは、名前にとってみたら隠されていたことと同じだ。わかっていてずっと、話してこなかったおれが悪い。
――わかってる。それでも。
「おれが名前を好きな理由に、寿命もネイバーも関係なかったから」
零した本音は、名前にどう聞こえるんだろう。目を見張る姿はまるで、おれの言葉が本当かどうか確かめているようで。甘んじて見つめ返せば、少しの間を置いて視線が逸らされる。
「それでおれが、名前を好きじゃなくなるわけじゃない」
もう一度、少しだけ言い方を変えて繰り返した。大事なことを隠していた、嘘つきだと思われても仕方がないから。
信じたのか疑ったのか、名前は何も答えなかった。けど、もう一度向けられる眼差し。
「……黙ってたらどうなるかって、考えなかったの?」
少しずつ平静を取り戻しつつある名前の声。良かったと思う反面、残念だとも思った。もっと罵ってくれて良かったのに。
「バレたら、おしまいだと思ってたよ」
笑って、みせる。名前の顔色が蒼白に変わる。
「黙っててごめんな。でも、ずっと楽しかったよ」
わかっていた結末でも、あっけないものだ。けど、想像してたよりどこかが痛い感覚がする。
「明日からはまた、よろしくな。名前先輩」
最後に大きく見開かれた瞳。もう、話せることはない。慰めることも、言い訳することも何もかも、できない。
おれはそれじゃあな、と言って手を振った。返事がないのもわかっていたから、すぐに背を向ける。
――おしまい、おしまい。さようなら。