こんなのって、こんなのってないよ。
平然と帰っていく遊真の背中を呆然と見送って、一人残された部屋の中。次々と明るみに出た真実に理解が追いつかず、へたり込むばかり。
ネイバーだってことは、本当だった。遊真は異世界から三門市にやってきた、ネイバー。上層部が入隊を認めたのなら、害意はないということだろう。それにしてもまさか、ネイバーと戦うボーダーに、ネイバーが入隊するなんて。
そして、続けて明かされた真実。長くないって、何。死にかけたならなんで今、生きているの。生きているのはブラックトリガーのお陰って、何が、どうなってるの。付き合ってる最中に突然死んだら悪いな、って平然と言ってのけて。
「ふざけ、ないでよ……!」
混乱する思考の中沸々と湧き上がってくる感情は、怒り。遊真なんて嫌いだ。そんな大事なことを、ずっと黙ってたなんて。聞かれなかったから言わなかっただなんて、そんな酷いことあるかな。
こうして私が知ってしまったとわかっても顔色一つ変えなかった。挙句の果てに、おしまいだと思ってた、なんて結論付けて。それならどうして、どうして私に好きだなんて言ったの。付き合おうだなんて、言って、あんなに。
――黙っててごめんな。でも、ずっと楽しかったよ。
嫌いだ。そう思っているのに、涙が零れた。
許せない、怒ってるし、このやり場のない感情を持て余している。今遊真を目の前にしたら張り手の一つでもくらわせないと気がすまない。だと、いうのに。
「やだ……っ……」
わかってる。でも、意地でも認めたくない。どうしたらいいの。誰でもいいから答えを教えてよ。
――おれが名前を好きな理由に、寿命もネイバーも関係なかったから。
ねぇ、じゃあ私はどうして、遊真が、好きなの。
*
「やっぱりすげぇな、玉狛の白いの」
「あの影浦隊長と互角だもんな……」
ランク戦ロビーで訓練生の囁き声を聞きながら、映像モニタを見上げる。
彼らの言う通り、大画面に映し出されたのは遊真と影浦先輩のランク戦の様子。互角は少し言いすぎなような気もするけど、入隊暦を考えれば強すぎる、と言ってもいいくらいだ。
最初はそう、強くて可愛い後輩だったのに。動きが綺麗で、隙がなくて。その強さを盗めたらとランク戦に付き合ってもらうようになった。
繰り返す内に頼れる後輩になってしまった頃に、私への部隊勧誘事件。巻き込んでしまったのに嫌な顔一つせず、私を庇ってくれた遊真。
好きだと言われて、付き合おうと言われて。断る理由全部なくされてしまえば、私に選択肢なんてないようなものだった。怖いくらいに真っ直ぐで、好きという気持ちが伝わってきて絆されて、しまった。
「あれ、名前先輩もランク戦にきたのか?」
物思いにふけっていた私の目の前に、遊真は平然と現れる。こういう時どうせなら、気づかないフリでもしてくれればいいのに。影浦先輩はどうしたのかと辺りを探せば、どこかへ消えて行く後ろ姿が見えて。
「……ランク戦はもういいの?」
「うん、休憩。名前先輩も何か飲むか?」
そうだね、と頷けばくるりと背中を向けて、遊真は今度、自販機へと歩いていく。付いていっていいのか。
そう迷うことすら遊真はお見通しなんだろう。数歩進んでから確認するように振り向いて、動かない私に首を傾げて見せる。
「行かないのか?」
「……行くよ」
私が一歩足を踏み出したのを確認して、再び前を向く遊真。不自然すぎるほど自然に、先輩と後輩の距離感を保たれて腹立たしい。そんな私の心情など関係ないのだろうか。一足先に自販機へ着いた遊真は、何も断りなく買った缶ジュースを私に差し出す。
「はい、名前先輩のぶん」
言われたそれを受け取れば、満足気な顔。何事もなかったかのように振舞うなら元通りにしてよ。私の好きな銘柄を確認なく選ぶなんて、ただの後輩にできるはず、ないのに。
「……さっきのランク戦、調子良さそうだったね」
「ほんのちょっとした実力ですな」
そう言って得意気に笑う顔だっていつも通り。生意気な後輩の顔。
遊真は平気なのか。おしまいだと思ってたってことは、最初から決めてたのかな。万が一秘密がバレてしまうその時がきたら、別れようって。
「――――?」
沸々と再び熱を持っていく感情。遊真の声が聞こえない。聞きたくない。
私は遊真の声に返事を返さず、怒りのままに口を開いた。
「……なんなの。平気な顔されるの、許せない」
唐突に話題が変わって驚いたんだろう。ぽかりとした表情をした遊真がまじまじと私を見る。それがまた、心当たりなんてありませんって言ってるみたいで、腹立つ。
「名前先輩?」
「やめてよ。今更なにが先輩なの」
わざとらしい先輩呼びなんてやめてよ。そもそも名前で呼ぶから、名前で呼んでほしいなんて唐突に言ってきて。呼び方を戻すことまで自分勝手なの。何なのそれ。
「先輩は先輩だろ」
「あーそう。反省の色一つないってどういうことなの」
自分は何も間違ってません、みたいな顔しちゃって。そうね、確かに私は先輩で遊真は後輩でしょうよ。それは事実だけど、じゃあ恋人だった事実はどこへ消えたの。
「散々振り回して、はいおしまいって、ふざけないでよ」
自分でも感情が、言葉が止まらなかった。きつい言葉だってわかってても踏みとどまれなくて、いよいよ遊真が僅かに表情を崩してみせる。少しだけ不満気に、それでも困ったように眉を寄せる遊真。
「……ちゃんと謝っただろ」
「それで全部片付くわけないでしょ。私、何も許してない」
謝って、何も聞かないままおしまいって、そんなのありか。例え他の人がどうであろうと、私にとってはなし。絶対なしだ。
そんな私の怒りをどう受け取ったのだろうか。少しだけ考える仕草を見せてから、ゆったりと遊真の唇が動く。
「すまなかった。これからは関わらないようにするよ」
――頭が、真っ白になった。
怒りに我を忘れた私は勢いのままに手を振り上げて、下ろす。腕に力を込めたはずなのに、情けない音が響いて。
数拍置いてから、じわじわと痛み始めた手の平。それが確かに、遊真を叩いたことを告げていた。