「本当に期待を裏切らないね、苗字さん」
「あー、……はは、本当に迅くんがいた」
四度目は驚くべきか喜ぶべきか、その二日後に訪れた。
一応誤解の無いように言っておくけど、別に彼女の居場所を探したり、未来を探して三門市内を散策しているわけではないんだ。
だけどふとした瞬間に、誰かの未来を介して彼女の不運な未来が視える。せっかくこの前車轢かれずに済んだのに、今度は自転車か。割りと洒落にならないなと慌てて人混みから苗字さんの姿を探す。
見つけて走り出すけど、既に彼女の向こうから猛スピードの自転車が迫っている。まだ足を捻挫してる苗字さんを乱暴に庇うわけにもいかないが、どうするべきか。
するとおれに気付いた彼女が、背後の気配を察したのか自転車を間一髪でかわした。だけどその反動でバランスを崩した身体は、痛めた足じゃ支えきれずによろめく。代わりに辿り付いたおれが、倒れる前に腕を引いてやっと一段落だ。消えた未来の映像に安堵しながらも彼女の身体を支えて声をかけたのが今。
「ずっとこうだったの?」
「うーん、違うと思うけど、どうだろうね?」
ありがとう、と言って彼女は笑うから、おれも気を遣うことなくどういたしまして、と返す。瞬間ぱちりと視えたのは、彼女とコーヒーショップで寛いでいる映像だ。余りにも些細で、多分こうしたからといって何かが変わるわけじゃないそんな未来。だからそれを無視しても良かったんだけど、なんとなく気が向いて。
「苗字さん、今日はどうしてここにいるの?」
「研修と研修の間がやけに空いて暇だったの」
「じゃあ、その暇おれと潰さない?」
自分でも結構酷い誘い文句だなぁとは思ったけど、それはラッキーだ、なんて笑ってくれたからまぁ、結果オーライかな。前と同じチェーン店をリクエストすればにこやかに了承してくれて、今日はこの前のフレーバー違いにしようと足取り軽やかに近くの店へと向かう。
何故か奢られそうになったので自分の分はちゃんと自分で払えば、それもまた面白そうに笑うから、なんだかからかわれてるなぁと嘆息。
「苗字さん、おれのことなんだと思ってる?」
「ちょっと軽い年下の男の子?」
「……容赦ないね、結構」
おれの口調が砕けたからか、それとも彼女も口調が緩んでいるからか。互いに三度目までの気遣いみたいなのがなくなってきていて心地よい。
軽いという表現はあまり嬉しく無いけど、苗字さんから見たらそんなもんだよなぁ。まさか貴女のちょっとした不幸な未来が心配だったんです、なんて言えるはずもない。
「別に誰彼構わず声をかけているわけじゃないんだけど」
「そうなの? あんまり好青年って感じじゃないのに」
「酷いな、そんなに捻くれて見えるの?」
「そうねぇ。何か社会に対して斜に構えてる感じ」
ぴくりと頬が引きつったけど、苗字さん見逃してくれないかな。なんて淡い期待は、苗字さんのからかうような笑顔で崩されてしまった。確かに捻くれてないとは言いきれない部分に自覚はあるし、そこを見透かされてしまったらしい。ポーカーフェイスは得意なつもりだったけど、らしくないなと頭をかいてそれを受け流した。
苗字さんはそんなおれを頬杖ついて眺めながらくすくすと笑い声を漏らしている。
「若いなぁ、やっぱり」
「……それはおばさんくさいんじゃないかなー」
「あ、生意気」
嫌なところ突かれた仕返しだとちょっとだけ口を悪くしてみれば、思ったより嫌な顔もされなくてなんだか拍子抜けする。これじゃあ本当にガキみたいだと一度深呼吸してから態度を改めた。
「ごめん、年齢の話は禁句だったね」
「ねぇ私いくつに見える?」
「……なんでそうやっておれに地雷踏ませようとするかな」
「別に何歳って言われても怒らないよ、多分」
彼女を見るとわくわくとした瞳で返されて、とりあえず逃げることは諦めた。
改めて観察するけどそんなに年は離れていないと思う。化粧とか手先とかアクセサリも含めてそんなに派手な感じじゃない。今日は研修らしいけど以前会った時もシンプルな印象だったから、結構落ち着いているのかもしれないし、だけど単純な好みの可能性もある。背格好とか顔立ちだと普通に年下に見えるし、と悶々と考えていたら、そんなに悩むこと? と不思議そうにされたのでおれも腹をくくった。
「ズバリ、24歳」
「ううーん微妙なトコ突くねぇ」
「正解は?」
「今年で23です」
どちらかと言えば当たりだね、と笑うからとりあえず怒られなかったと胸を撫で下ろす。何かに拗ねるような未来もあったんだけどこの時のおれ何言ったんだろうなぁ。まぁそれはおいといて、今年でってことは今は22ってことか。
「思ったより年離れてないね」
「何? もしかして24ってリップサービスだった?」
「だから、見た目だけなら年下に見えるって」
フォローになるかわからない言い訳を述べれば最初の出会いを思い出したのか、そういえばそうだったとけろりとする苗字さん。女性の年齢感は難しいなぁと苦笑していると、にんまりとした笑顔を向けられる。
「迅くん、彼女いないの?」
「いたらお茶には誘わないかなぁ」
「顔は悪くないのにねぇ? ほら、あの、あの人に似てる」
「あの人?」
ううん、と暫く頭を抱えていたけれど思い出したようで、あ、と弾けたような笑顔になってその名前が告げられた。
「ボーダーの、嵐山くん」
「……あぁ」
完全に油断していたから、ボーダーの名前にも仲間の名前にも驚いてしまった。けれど似ていると言われたことがないわけではなかったから、棒読みの返事で応えて。反応に思う所があったのか、やっぱりよく言われる? とからかうような笑顔を向けられてまぁね、とだけ返す。
「あんまり嬉しくないの?」
「うーん言われ飽きたってのもあるけどさぁ」
「うん」
「あんな正統派爽やか好青年と比較されるとちょっと」
正直な本音を漏らせば、予想通りからからと笑う苗字さん。というかそう考えるとおれが斜に構えてるなんて評価されたの嵐山のせいじゃないか? まぁ事実だろうから否定はしないけど、それにしても笑いすぎだろ苗字さん。
「そういうところが斜に構えてるって言ってるのに」
「あー、そう?」
「じゃあ嵐山くんだったら有名人に似てるって言われた時どう答えると思う?」
少し考えて、だけどするりと嵐山の声で脳内再生された台詞をそのまま告げる。
「そんな人に似てるだなんて光栄だな、ありがとう」
「ほら、自分の返事と比べてごらんよ」
「もーいいって! 自分でもわかってるから」
滑り出た言葉にまたしても笑う苗字さんは楽しそうだけど、完全にからかわれてるおれは楽しくないからね、これ。そうはいってもここでへそを曲げたらガキにも程があるし、しょうがなく目の前のコーヒーを手にとってその場を濁す。仕返しなんて情けないかなと思うけど多分この流れなら聞けるし、言える。
「そういう苗字さんは彼氏いないの?」
「いたら迅くんの誘いにはのってないんじゃないかな」
「苗字さん可愛いのに勿体無いね」
「からかい返そうなんて、なっさけないぞー男の子」
あぁやっぱりな、と視えた通りの未来に少しだけ安心したのは確かに情けない話だ。別に可愛いと思ったのは本当なんだけど、それを言及する必要もないことに甘えている。悔しいからやり返したいと思ったのもちょっとは本当だから、まぁ成功だろう。
とまたぱちり、未来の彼女の映像が視界を過ぎる。
「……そういえば研修って何時から?」
「えっと、……あれ、時計止まっ、今何時?」
いつか見たように、手元の腕時計を確認して零れた言葉。もしかしてそれ電池切れなんじゃと思ったけど今はそれより現在時刻を示す。店内にある壁掛け時計を指差せば、ひ、と少し引き攣った声。
「うわぁギリギリ! 迅くん残り全部あげるね!」
「ちょっと、足痛めてるんでしょ、無理したら」
「大丈夫! それを考慮した移動時間でぎりぎりだから!」
いやそれ全然大丈夫じゃないからね? だって余裕をもって着く為には多少足に無理させないといけないってことでしょ?
「ごめん、片付けも任せた!」
「あの、苗字さん?」
「じゃあまたね迅くん!」
だけどそんなおれの言葉を聞くまでもなくさっさと席を立っていった苗字さん。机の上のトレーを置いて追いかけるわけにもいかなくて呆然とそれを見送るけど、さてともう一度机を眺めれば彼女側のテーブルに置き去りにされたハンカチが一枚。慌しい人だなぁとそのハンカチを手にとって、とりあえずまた胸ポケットへとしまう。
「ま、その内会えるでしょ」
一人分にしては多い目の前のスコーンをつまみながら、五度目はいつになるだろうかとぼやけた未来を眺めて溜息をついた。