間の悪さはどちらのせいなのか
「あれ、唐沢さん。今日は一段とキマってますね」

 ボーダー本部ですれ違った唐沢さんの姿に思わず足を止めた。何時も営業にあちこち飛びまわっている唐沢さんが本部内を闊歩するのもそうだけど、その格好が一段と余所行きの雰囲気だったからつい声をかけてしまったんだ。

「そ、今日は接待があるからね」
「今から気合入れて、移動する間に崩れたりしません?」
「移動も何も、ここで接待するんだよ」

 ここ、と唐沢さんは自分の足元を指差して告げる。それってつまり、ここ、ボーダー本部ってことか。

「珍しいですね」
「金銭的にも物資的にもお世話になってる所だからねぇ」

 へぇと生返事を返した所でばちり、未来が瞬く。うわ、この感じってもしかしなくてもいつものだ。
 咄嗟の判断が下しきれずに固まっていると、既に足音が何重にもなって廊下に響いてきていた。あぁこれはもう確定だ、と諦めて行く末を見守る事に決める。

「唐沢さん、お連れしました」
「あぁ嵐山くん、お疲れ様」

 向こうからやってきた団体の先頭は嵐山隊の四人だった。きちんと換装している辺り警備も兼ねているのかもしれない。
 嵐山隊が抜擢されたのは当然ボーダーの顔だからなのだろうけど、それに引き連れられた見慣れない集団の中に苗字さんが居るのはどういう因果だろう。

「この度はお招きいただきありがとうございます」

 向こうのお偉いさんらしい人が頭を下げるから、応える唐沢さんに倣って隣に居るおれも頭を下げる。唐沢さんが颯爽と笑顔で歩み寄り名刺交換を始めたので、さすがは営業部長だとその身のこなしを眺めながら静かに廊下の端に寄った。

「迅が本部にいるのは珍しいな」
「……それなら嵐山も、そういう任務は珍しいんじゃないか?」

 こういう時ばかりは誰にでも声をかける嵐山の爽やかさにも困ったもんだ。一応それでも空気を読んで、場に関係のない立場だからこっそり脇に寄ったのに。嵐山が声をかけたことで集団の視線もちらちらとこちらに向いてしまう。
 苗字さんもこっち見てるかな、何故か気まずくて様子を伺うことすら出来ない。

「ミカドケミカルコーポレーションの人達なんだ。薬剤薬品の製品開発から流通までを取り扱う会社だと聞いた」
「……なるほど」

 唐沢さんが物資的にもお世話になっている、の意味を理解する。予想に違わず挙げられた会社名は既知のもので、じゃあやっぱりあそこにいるのは顔の似た他人じゃないんだなぁと少し現実逃避。おれがボーダー隊員だってことは別になんらやましいことはないんだけど、事前に言ってなかった事に変な罪悪感みたいな居心地の悪さを感じる。

「では補給先の医務室をご覧頂きましょう。こちらです」

 唐沢さんはそう言って集団の先頭に立って歩き出した。嵐山隊が両脇を守るように集団を促して移動を始め、おれは最後まできちんと苗字さんの方を見る事もできないままそれを見送る。
 集団の影が廊下の向こうに消えてから胸元を確かめれば、あの日のハンカチと名刺がそのまま入っていて、当然だよなともう一度しまう。

「まさか、返しそびれるとは」

 瞬いてみても、彼女と再会する未来は酷く曖昧に滲んでいた。いつものことなんだけど今回はさすがにもう会えないかも、なんてらしくない不安だ。まぁでもあの場で知り合いだということを公言してもいい未来は視えなかったし、そういう意味では多分おれの今回の選択は間違ってなかったとは、思う。
 ただ、それでも。会釈の一つでもしたら違っただろうか、なんて。

「心臓に悪いし、二度目は勘弁願いたいね」

 もしかしたらもう少し本部をうろついていればまた未来が変わって、彼女とばったり会える未来が視えるかもしれないとは思った。けれど例えそうなってもさっきみたいに上手く行かない気がして、少しでもそんな可能性をなくす為にとっとと本部を離れることに決める。
 仮に、次会えたとして、なんと切り出そうか。よくわからない居心地の悪さはどうにも拭えなくて、おれは一つ溜息をついた。

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