少年なりのマーキング
「お前さ、おチビに男を感じる時あんの?」

 ラウンジの喧騒の中で米屋君から発せられた、突拍子もない質問。なんでそんなことを聞くのかと発言者を睨めばへらりとした笑顔が返ってくる。興味津々とばかりに前傾姿勢の米屋君に、とりあえずは溜息を一つ。

「……それ、話す必要ないよね」
「いーじゃん。興味あんだよ」
「なぁそれ、おれも聞きたい」

 唐突に加わった第三者の声に視線をずらせば、出水君が立っていた。話に加わる気満々のようで、槍バカそこつめろと勝手に米屋君側の席について。前のめりにこちらを伺う二人の視線からどう逃げようかと黙っていると、出水君がにやりと笑ってみせる。

「まぁ単純に、お前がショタコンなのかもしんないけど?」
「……またそういうこと言う」
「でなきゃなんで付き合ってるんだよ?」

 あぁ嫌だ。米屋君だけならまだしも、出水君のこの聞き方と言ったら。
 口を噤んでいれば今度は米屋君が、本人いないしいいじゃん? なんて追い打ち。なにもこんなところで妙なコンビネーションを発揮しなくてもいいのに。とりあえず逃げることは諦めて、話題を流す方向へとシフトチェンジ。

「……好きだから付き合ってるんでしょ」
「あ、好きに理由はいらないとかナシな」

 間髪入れず出水君に先手を打たれてぐ、と唸り声が漏れた。まさにその方向に逸らそうと思っていたのに軌道修正されてしまうとは。あげく出水君は、男としての魅力をどこに感じたわけ? なんてやらしい質問を繰り出してくる。
 こいつらに彼女できたら絶対に同じように問い詰めてやる。そう心の底で固く誓って、この場はもう諦めようと私は渋々口を開いた。

「……普段は可愛い感じなのに、たまにかっこよくなるトコ」
「じゃあ、どういう時にかっこよくなるわけ?」
「……ランク戦の時とか」

 不本意ながら重たい口を開いたのに更に詳細を迫る二人。もうやだ。ランク戦を見てれば遊真の強さもわかるし、かっこいいって思うのもわかるでしょ。相手と競り合う真剣な顔はかっこいいって、わざわざ言うのやだなぁ。そう考えていると、だからさぁとにんまり顔の米屋君が自身を指して口を開く。

「オレの戦ってる姿みてかっこいいって思う?」
「え? いや特には……」
「何であいつだけかっこいいになるんだよ」

 にんまりとした二人の顔。結局言わせたい言葉は一つじゃないか。素直に、好きだからでしょって言ってしまおうと思った矢先、カツリと響く足音。

「なぁ」

 脈絡もなく会話に割って入った新たな声に、どきりと心臓が跳ねた。だってこれはとても聞き慣れた、今の今まで話題の中心だった遊真のものだ。
 隊服姿で現れた遊真は、私が驚きで固まっている間に二人と挨拶を交わしている。その中で私が一言も声を上げないのが不思議だったのか、じいと見つめられること数秒。頭が真っ白の私はなにも反応を返せず、間を取り持つように米屋君が会話を切り出してくれる。

「で、どうしたんだ?」
「名前に頼みがあって」
「……わ、私?」

 いつも通りの様子から察するに、今の話は聞かれていないのだろうか。それなら私がこんなに動揺していてどうする。とりあえず、深呼吸。普通にと言い聞かせて声をかけようとしたら、遊真は何故か自分の隊服の裾を握っていて、
 ――瞬間、遊真は勢いよく隊服を脱いだ。
 目の前にひらりと舞う青。次に見えたのは、見慣れない黒の半袖インナー。晒された腕の先、黒い手袋がしっかりと脱いだ隊服を握っていて、その光景に目が眩む。しかし遊真は眉一つ動かさないまま、脱いだばかりの青い隊服を私へと差し出した。

「これちょっと預かってて」
「え……え?」
「おれ、まだミドリカワに用があるから」

 おずおずと隊服を受け取れば、遊真は引き返そうと踝を返す。けれど一拍おいて、あ、もうひとつ、と思い出したようにこちらを向いた。ぱちり、視線が絡む瞬間。紅い瞳がぼやけて、なかなか焦点が合わない。
 私の動揺に気づいたのか、何か言いかけた口を一度閉じた遊真。ゆったりと口角が上がり、細められた眼差しが私を射抜く。

「顔赤いけど、大丈夫か?」

 はっきりと言われて、首から上が火がついたように熱くなる。大丈夫かどうかと聞かれたら大丈夫じゃなくて、つまりは返事すらできない。それがわかっているのか、遊真は気にも留めずにそれでと話題を戻す。

「今日は玉狛連れてくからそれ持って待ってて」
「……えぇ、と」
「変な奴に絡まれないようにな」

 んじゃ、と勝手に用件を終えたらしい遊真は片手を挙げて去っていった。
 嵐が過ぎたばかりで事態の理解ができず、私は手にある隊服をまじまじと見るだけだ。そうしてすっかり遊真の姿が消えた頃に、ひゅうと米屋君が口笛を吹く。

「かっけーな、なんだあれ」
「あれを照れずに言い切るのすげーぞ」
「え、本当、何が起こったの……?」

 ストロボ写真のように部分部分が目に焼きついた、遊真の姿。思い出すだけで頭がくらくらして、何もしてないのにのぼせてしまいそうだ。顔赤いってそりゃ目の前であんな格好見せつけられて普通じゃいられないでしょ。言いたかったこととか思ったことがぐるぐると頭を回り始めるころ、出水君が息を吐きながら頬杖をつく。

「ありゃー虫よけだな」
「へ?」
「おれ達と一緒にいる女は誰だーって視線、気づいてねぇの?」

 言われて、ようやくずっとあった視線の先が私だったことに気づいた。てっきり米屋君と出水君が注目を集めてるものかと思っていたのに。そのまま告げれば、まぁオレ達も人気者だけど? と米屋君が茶化して、ついと指差した先には私が胸に抱く遊真の隊服がある。

「最近の新入隊員でも、その隊服と白い悪魔を知らない奴はいないだろ」
「そうなの?」
「そりゃ初日の記録といいランク戦といい、有名だぜ」

 そういう噂話に疎い私はそうだったんだ、としか返事ができない。いまだのろのろと動く私の脳みそは会話についていくのがやっとなのだ。しかし、米屋君と出水君はにやにやといやらしい笑顔で言葉を続ける。

「だから、牽制だろ? あいつの」
「けんせい?」
「こいつはおれの女だぞって言いたかったんじゃねーの?」

 おれの、女。その単語だけで再び顔が熱くなる感覚。
 男二人の見解がどの程度あてになるかということよりも先に、遊真がそう思っていたのなら、と心臓が跳ねる方が早かったのだ。さらに赤くなってしまっただろう私を見て、おアツイねーと交互にからかわれてしまう。

「つうか多分あれオレ達宛てでもあるな」
「あんまこいつで遊ぶなって顔だったもんな」

 追い討ちをかけるように重ねられた言葉は聞くに耐えない。そんな風に想われていたら、って想像するだけで頭が弾けそうだ。もう二人の顔を見ることすら辛くて、ぐったりと机に顔を埋める。顔に少し触れた机がとても冷たく感じて、つまり今の自分はどれだけ熱いんだろう。

「でもまぁ、聞かなくてもわかったわ」
「あぁ。あれは男からみてもかっこいいな」

 お前の彼氏すげー、と零すそれは冷やかしと感心が混じった声。正直もう遊真がかっこいいのと恥ずかしいのとで穴があったら埋まりたい。机に伏せった私に何を思ったのか、米屋君から同情するように声がかけられた。

「しょうがないからあいつが帰ってくるまで相手してやるよ」
「それとも一人で待ってるか?」
「……いや今はちょっとここに一人にしないで……」

 一部始終を知っているだろう周りの視線の中で一人はとても居た堪れない。とりあえずは交換条件としておずおずとお金を差し出せば、ご馳走様ですと輝く笑顔。ジュースくらいで一緒に注目されてくれるのなら安いものだ。
 そうして二人と世間話を続けるうちにどうにか落ち着きを取り戻しつつあったのだけど、しばらくして帰ってきた遊真にまだ遊ばれてたのか? と尋ねられてしまった。それってつまり、この隊服って二人が言うとおりの意味だったのか。そう気づいて動揺する私が、米屋君と出水君にさらにからかわれたのはまた別のお話。

少年なりのマーキング

(遊真のインナー妄想に滾った結果がコレだよ…!)
2016.10.28 修正

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