温めた感情の行き先
「遊真、髪乾かすからこっち」

 自分の髪より先におれの髪を乾かすのが名前だ。ひょいひょいと手招きされるので従えば、洗面台の前に立たされてドライヤーの電源がカチリ。後ろに立つ名前の指がわしゃわしゃと髪を梳きはじめ、同時にあたる温風の心地よさに目を閉じる。

「熱くない? 大丈夫?」
「平気だよ」

 これが初めてじゃないのに、名前は毎回同じ事を聞いてくる。いい加減大丈夫だってわかりそうなのになんで聞くのか。
 前に尋ねたこともあったけど、もし熱かったら嫌だから、と困ったように笑っていた名前。トリオン体と知っていても心配だって言うものだから、甘ったるい優しさに慣れてしまいそうで。別にそんな心配はいらないのに、それでも、気分は悪くない。

「髪短いとあっという間に乾いちゃうね」
「そうか」
「あ、こっち少し濡れてる」

 そう言って髪をすこうとした名前の指先が、おれの耳をやんわりと撫でた。ぞくりと、背筋が震えてしまったのは気付かれていないだろうか。
 後ろから温風を吹き当てるだけじゃ、前髪や横の髪は乾きにくいらしい。特におれの耳を隠している髪束はよく湿って残っているらしくて、だからか必ず一度は濡れてないかを確認されるようになった。その度に、名前の指先が耳の根元から耳たぶまでをするりと撫でる。それも、ほんの少しの間だけ。短いトリオン製の髪は案外あっという間に乾いてしまうから。

「前髪乾かすから、ちょっと上むいて」

 言われたままに少し見上げれば、今度は額から髪をかきあげられる。やわらかな名前の手にするすると撫でられて気持ちがいい。
 目を閉じたおれがされるがまま撫でられている様子はきっと鏡越しに見られているのだろう。くすくすと優しい笑い声を聞きながら待っていれば、前髪もあっという間に乾いてふんわりと額に落ちてくる。

「あ、後ろの生え際がまだ湿ってたね」

 名前の手がおれの頭を軽く押すから、促されるまま今度は少しだけ下を向く。うなじからかきあげるようにして撫でる名前の手の平とあたる温風。やっぱりぞわりとする感覚もいつものことだ。
 髪をかきまぜられるようにわしゃりと撫でられることはよくある。けど、誰にどう触られてもこんな気持ちになったことはなかった。どうして名前に触られた時だけ妙な心地よさがあるんだろうかと、不思議に思うけど理由は多分わかっているからまだ聞かないでいる。

「乾いたかな、気になるとこある?」
「大丈夫だぞ」

 答えれば、名前は湿ったところがないかを確認するようにもう一度念入りに髪を撫でて、ようやくドライヤーの電源が落とされる。

「なぁ名前」
「ん?」
「今度はおれが乾かす」

 そう言って手を出せば名前は少し驚いたようだったけど、すぐにふわりと笑ってお願いします、とドライヤーを渡してくれた。それから、ちょっと待ってねと言いながら櫛で自分の髪を梳かして、準備ができたのかおれに背中を向ける。

「もういいか?」
「いいよ、お願い」

 了承の声を合図にカチリとドライヤーの電源を入れる。けれどいざ乾かそうと思っても、どのくらい離れていれば熱くないのか、距離がわからない。とりあえず自分の手を名前の髪に置き、その上に温風を当てて風圧の確認。丁度よさそうな距離を測ってからゆっくりと名前の髪を梳きはじめる。
 湿っているからか、つるつると滑る感覚。いつもされているみたいに何度も撫でつつ温風を吹き込んでいく。

「熱くないか?」
「平気」

 さて、他に名前はどんなことをしていただろうか。思い出しながら真似をしてみることにする。例えば、ドライヤーの風を当てっぱなしにしないで、小刻みに揺らしてみたり。例えば、耳の前に流れる髪束をすくうために耳を指でなぞってみたり。

「っ」

 するり、おれが耳を撫でた瞬間に名前はふるりと小さく体を振るわせた。続けて反対の耳も同じように、髪束をすくいあげるために耳元をなぞる。今度は身体を揺らすことはなかったけど、かすかに息を詰めるような気配がして。

「……なんで笑ってるの?」
「まぁな」
「返事になってないけど」

 おれがどうして笑ったのかは多分本人もわかっているんだろう。だからそれ以上おれを問い詰めるような事はしなかった。
 さておき、前髪も乾かそうと思ったけど、おれの身長だと名前と同じやり方じゃ乾かせない。だからドライヤーを持ったまま名前の目の前に回り込む。きょとりとした名前と向かいあって、おれはその額、前髪へとドライヤーを向けた。

 わかっていたのだろう、名前は温風から逃げるように瞼を下ろす。湿っていた前髪を繰り返しすくい上げるうち、乾いた前髪。けれど、目を閉じたままの名前。
 ふと、ちょうどいい悪戯が浮かぶ。

「っ!」

 ちゅ、と軽く重ねるだけの唇。びくりと肩を揺らして大きく目を見開いた名前が、真っ赤な顔でおれを見つめるものだから笑ってしまう。

「もう、遊真!」
「まだ乾かしおわってないぞ」

 名前が怒る声を無視して、再び背後に回り込む。つむじの辺りは十分に乾いているけど毛先がまだしっとりと重い。女の人は髪の毛が長かったり多かったりで乾きにくいらしいが大変だ。これもまた、自分の時と同じようにうなじからかきあげて温風を当てれば、少し息を詰める音。名前もおれと同じなんだな、と再び湧きあがる悪戯心。
 しばらくして毛先も軽くなってきたころに、最後の駄目押しで髪の毛をかきあげてからうなじに吸いついてみた。

「ひゃぁ!?」

 今度は声をあげるほどには驚いたようで、素っ頓狂な声をあげる名前にまた吹き出せば遊真! と怒った声。最後に頭を一撫でして大体乾いていることを確認してからドライヤーの電源を切る。

「終わったぞ」
「……もう」

 ほい、と渡せば名前は電源コードを抜いて簡単にまとめていく。定位置に戻したドライヤーを確認してから、なんとなく、ぎゅうと名前の腰に抱きついた。やっぱり大げさに身体を揺らす名前はいつまでたっても慣れてなくて、それが可愛いんだけど、だからやっぱり笑ってしまう。

「からかわないでよ、ずるいなぁ」
「名前もずるいぞ?」

 まさか自分も同じだとは言われると思っていなかったのだろう。え? と呆けた声を漏らす名前に笑顔だけを返す。おれが理由を言う気がないのがわかったのか、そうかな、とだけ零すと、照れ隠しなのかおれの髪をふわふわと撫でつけて。
 さて、もうそろそろ名前は寝る時間だ。

「今日は添い寝してやる」
「えぇ? いいよ、そんな」
「まだ足りないからだめだ」

 名前の手を絡めとってそのまま寝室へと連れて行く。先にベッドに潜り込めば諦めたように入ってくる名前。まだまだ夜は長いし、名前が寝つくまでもう少し時間はあるだろう。
 あの時背筋を駆け上った感情。胸の中でまだ燻っているそれを全部名前に吐き出すように唇を押し付けて。

温めた感情の行き先

(髪の毛の乾かしあいってとても萌える)
修正 2017/06/25

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