どんな気持ちを愛と呼ぼう
「おチビって照れたりすんの?」
「……? どういうこと?」

 ランク戦も一区切りして休憩中の時だった。いつもながらよーすけ先輩は突然よくわからないことを言う。なんでそんな言葉が出てきたかわからなくてそのまま聞き返せば、よーすけ先輩はうーん、と一度頭を捻ってから口を開いた。

「おチビといる苗字はよく照れてたりおチビにデレデレだけど」
「デレデレ?」
「なんかこう、見ててベタぼれって感じ」
「なるほど」
「おチビは割とあっさりしてるよな?」

 そうだろうか? というより、よーすけ先輩からはそう見えるのか。名前は確かに表情とか態度に出やすい所があるし、傍からもそう見えるのは名前に変な奴が寄りつかなくて済むなぁと考える。
 ずず、とジュースを飲み終わってからそれをゴミ箱へと入れれば、ほらそういうトコ、とよーすけ先輩から指摘されて。

「彼女お前にベタぼれだよなって言われて、さも当然って感じで全然照れがねーじゃん?」
「お互い好きだから付き合ってるんだし当然じゃないの?」
「そうだけどそうじゃねーってーかさー」

 なんだっけ、迅さんにも似たようなことを言われた気がする。その言葉が思い出せなくて視線を明後日の方向へ向けていると、遊真先輩、と駆け寄ってきたミドリカワが目に入った。

「よねやん先輩も何してんのー?」
「おチビの恋バナを聞いてたんだよ」
「苗字先輩の話?」

 なんと、これが女子がよく行うという恋バナというものなのか。男子にもそういう文化があるんだなぁと他人事のようにそれを眺めていると、ミドリカワがくるりと振り向いて、遊真先輩の惚気ってどんなの? と聞いてきた。

「のろけ?」
「恋人自慢してたんじゃないの?」
「いやー、おチビに照れがねーって話」
「あー確かに」

 どうやらミドリカワもよーすけ先輩と同意見らしく、おれと名前の話の筈なのに何故か二人で盛り上がり始めてしまった。
 おれのやることにいちいち名前が照れてるだとか、会話の中でおれが話題に上がる度にちょっと嬉しそうにしてるだとか。おれには見ることのできない、二人が見る名前の姿を会話の中で知る。
 そうして聞けば聞くほど本当に不思議だとも思う。人はどうして誰かを特別に好きになるんだろうか。名前はどうしてそんな風におれを見ているんだろうかと疑問が浮かぶ。
 そしてやっと、迅さんに言われた言葉を思い出したのだ。

「ジョウチョ」
「は?」「ちょうちょ?」
「ジョウチョが無いと迅さんに言われた」

 言えば二人にはその言葉の意味がわかったらしくて、あーなるほど、と二人の声が重なった。

「情緒って確かにおチビらしくはないな」
「そういう繊細なのって遊真先輩のイメージじゃないよね」
「なんだ? そうなのか?」

 わけがわからずに聞けば二人は一度顔を見合わせてから例えば、と口を開く。
 毎日必ず連絡が欲しい。いつでもあなたと繋がっている安心感が欲しい。他の女と仲良くしないで欲しい。

「……って言われたらどう思う?」
「ふむ? そんなことできる奴がいるのか?」
「まぁ難しいよねー」

 ははは、と乾いた笑いを浮かべるミドリカワの横でよーすけ先輩がからからと笑う。女子はそういう理屈じゃなくて、気持ちに寄り添ってほしいんだよ、と。淡々と事実を述べるのではなくそう発言するに至った経緯とか気持ちを汲んで欲しいのだと。
 わからなくはないが女子とは面倒なものだなぁと本音をこぼせば、苗字は違うのか? と尋ねられて少し考える。少なくとも今言われたようなことを名前に言われたことはないな。そう話していたら、ミドリカワがあ、と声をあげて通りすがったらしい名前の腕を引っ掴む。

「え、何なに? このメンバー嫌な予感しかしないけど」
「なぁお前ヤキモチ妬いたりすんの?」
「ねぇシカト? しかも本人目の前にしてそんな話題?」

 おれの姿をちらりと見て嬉しそうにはにかんだと思ったら、ミドリカワとよーすけ先輩を見て少し表情を引き攣らせた名前。さらに、よーすけ先輩の質問を聞いて恥ずかしいのと面倒だという感情がごちゃまぜになった顔。
 本当にわかりやすい、と見ていればそれが名前には急かすように見えたらしい。ぐ、と一度不満の言葉を飲み込んでから渋々と口を開いた。

「不満って程のヤキモチはないよ」
「じゃあどんなのならあるわけ?」
「……そんな話題になるのは男の子同士だからかなーって羨ましいとは、思うけど」

 誰の目も見ずにそう言い切った名前。その羨ましいの言葉の意味なら少しだけわかる。おれが見てる名前と他の奴らが見てる名前はきっと違っていて、よーすけ先輩やミドリカワじゃないと見れない名前の姿がある。それを見れる二人に対しては羨ましいという気持ちがピッタリだ。
 同じことを名前も感じているんだと思うと少し心が温かくなる感覚。

「あー、おチビが照れない理由わかったかも」
「なになに?」

 よーすけ先輩の言葉にミドリカワが食いついて、名前もなんの話かと興味津々にそれを見つめる。おれもよーすけ先輩を見てみればにやりと向けられた笑顔。

「愛されてるって自信があるから、予想外の嬉しさってもんがないんじゃん?」

 告げられた理由に、ふと浮かんだ言葉をそのまま返す。

「自信なにも、そうじゃなきゃ名前がおれと一緒にいる理由なんてないだろ?」

 おれの過去のことも身体のことも、そして今おれが選んでる道のことだって。それら全部を受け入れてくれる名前の気持ちはもっと違うものなんだろうか。
 確認するように訊ねたつもりだったけど、よーすけ先輩もミドリカワも何故か頬を赤くして固まってしまった。なんでふたりが、と名前に視線をやれば、
 じわり、目尻から一粒雫が溢れて流れおちた。

「名前? なんだ、言っちゃダメなことだったか?」

 名前の泣き顔なんて珍しくてつい慌ててしまう。俯かせた顔を少しだけ下から覗きこんでも、手のひらで覆われていて表情はわからない。けど名前は、ゆるゆると首を横に振って、震える声で違うのと告げる。

「なんか、伝わってたんだって、嬉しくて、ごめん、ちがうの」

 悲しいじゃないんだよ、と滲んだ声に嘘はない。
 でも、それならどうしてだろうと考えてふと名前の言葉に引っかかりを覚えた。伝わってたんだ、と驚いたような言葉が出てくる意味を考えたら、今までおれが名前の気持ちを受け取ってるってことに自信が持てなかったという意味なのかもしれない、と。同時に最初のよーすけ先輩の言葉を思い出す。

 “おチビは割とあっさりしてるよな?”

 そうか、それは名前からはどう見えていたんだろう。
 今目の前でほろほろと涙を零し嗚咽を耐える名前を眺める。そんなに感情を揺るがすほどに不安で、だけどおれの言葉で簡単に喜んだりして。身体と感情全部使って言葉じゃない気持ちを伝えてくる名前だから、おれはこんなにも愛されてるって自信を持てているんだと気づく。
 言葉だけじゃ伝わらない気持ちもあるんだな、と思ったら、おれは自然と名前の頭を優しく撫でていた。

「泣くほどならちゃんと言ってくれ」
「いや、自分でもまさかこんなになるとは思ってなくて……」

 名前自身も動揺しているのか何度も目元を擦っていて、これはもう早々に引き上げた方が良さそうだと名前の手をとる。

「よーすけ先輩すまない。続きはまた今度でもいいか?」
「遊真、ちょ、だいじょぶだから」
「いいぜー。こっちこそなんか悪いな」

 強がる名前の言葉を遮ったよーすけ先輩も少し困ったように笑っていて、快く見送ってくれる。いつもだったら、オレともランク戦しよう、と強請ってくるミドリカワですら黙って手を振ってくれた。気を遣わせたのがわかったからか名前も少しだけバツの悪そうな顔をしていて、だけど相変わらずほろほろと涙は溢れている。
 少し歩いて早々に連絡通路を使って警戒区域内に出れば、すっかり人の気配もなくて一息ついた。

「大丈夫か? あんまり擦ると赤くなるぞ?」
「う、ん。だいじょ、ぶ」

 ずず、と鼻をすすって目尻の涙を拭った名前はそう答えるけど、まだ呼吸が整わないようですん、と時折肩を揺らしている。そんなにも取り乱す名前の姿にざわつく心はなんという感情だろうか。

「名前と一緒にいると、不思議なことばかりだな」
「……そう、なの?」
「泣いてる名前は見たくないけど、おれのことが好きだから泣いてるんだと思うと嬉しくなる」

 満たされている感覚。名前の心をこんなに揺るがせるのは自分だからだという自信。他の奴らにはできないという優越感と、自分の隣にあるという独占欲。全部名前がいたから知った感情だ。

「おれは名前みたいには伝えられないから、なるべく行動するようにする」

 そう断ってから名前の目尻に吸い付いた。少し熱くなった目元から涙を拭いとって、そのまま唇を重ねて抱きしめる。きゅうとしがみつくような手のひらは弱々しくて、今なら少しだけ言葉にできる気がしたから口を開いた。

「名前がおれのこと大切にしてくれてるのわかってるよ」
「……うん」
「おれも名前が大切だから、もっと色々教えてくれ」

 な? と名前の表情を伺えば変わらず瞳は潤んでいたけれど、頬を赤く染めながらも柔らかく笑っている名前がそこにいる。
 こんなにも素直で一生懸命な名前だから好きなんだって、どうやったらもっと上手に伝わるんだろうか。結局おれはろくに考えることもできないで、一つ覚えみたいにその身体を抱きしめることしかできないんだ。

どんな気持ちを愛と呼ぼう

(小説の9.5割は空閑遊真への愛しさで出来ています。)

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