「遊真先輩ってなんで苗字と付き合ってるの?」
「……またそんな話か」
普通にランク戦をしていただけなんだけど、ミドリカワはあまり理詰めで考えて戦うタイプじゃない。戦う経験の中で感覚を研ぎ澄ませていくタイプだから、休憩になると途端に関係ない話をはじめたりする。
「よーすけ先輩もだけど、ミドリカワもそういう話好きだよな」
「他の人のはどっちでもいんだけど、遊真先輩は意外すぎて気になるっていうかさー」
意外、というのは確かによく言われる話だ。確かに自分でも彼女がいるといわれるとしっくりこない。名前がいるというのがピッタリなんだけど、なかなかその感覚は伝わらないみたいだ。
「なんか遊真先輩だったらこうさ、もっと可愛い系とか守ってあげたい系みたいな……」
「あぁ、チカとかそういう感じだよな」
「え、それ言って大丈夫?」
挙げられた特徴に合致する奴といえばチカだろうと、普通に感想を述べたら今度は逆に心配されてしまった。それなら何をどう話せばいいんだと眉間に皺を寄せると、えっとね、と一度言葉を切った。
「苗字のこと可愛いとか思ったりするの?」
「うん」
「例えばどんな時?」
例えば、と言われて少し考える。
具体的な例と言われても意外とすぐには思い浮かばないもんだ。と思ったらミドリカワが突然げ、と驚いたような呆れた表情に変わる。その視線の先を追いかければ、そこには名前本人がいた。
「緑川君、露骨に嫌な顔するの止めない?」
「……その前になに抱えてるのそれ……」
「え、お米」
肩に白米を担いだ名前がひらりと片手をふる。ランク戦ロビーに居るとは伝えていたけどまだ時間には早い。どうしたのかと尋ねれば名前はあのね、と嬉しそうに口を開く。
「鬼怒田さんが懸賞でお米当てたけど自炊しないし、奥さんは無洗米派で開発局員も自炊派いなくて、私にくれるってもらっちゃった! 十キロだよ!」
ほくほくと嬉しそうにそう報告をする名前は満面の笑顔。隣で聞いていたミドリカワは、はぁ、と何故か大げさに溜息をつく。
「それなんで担いできたの……」
「えぇとだからこれ置きに一旦帰ろうと思って、それを伝えるついでに自慢しにきたの」
あぁ、とミドリカワの視線がおれに向く。名前が自慢しにきた相手がおれだとわかって脱力した感じだ。おれが嬉しそうな名前によかったな、と返せばうん、と上機嫌のまま頷いて。それじゃあそういうことで帰るね、とひらり手をふる名前。おれもそれに手を振り返せばちょっと待った! とミドリカワの声が響いた。
「え、ねぇ本当にそれだけ?!」
「うん? なにが?」
「遊真先輩も何もないの?!」
「なに?」
ミドリカワの言いたいことが互いによくわからず首を傾げれば、誰か助けて……と小さく呟いたミドリカワが肩を落とす。その様子に名前も帰ろうとした足を止めてミドリカワに向きなおった。
「ど、どうしたの?」
「オレ、本当に二人がよくわかんないよ……」
名前と互いに視線を合わせるも、やっぱりよくわからん。どうしたもんかと考えていたらおーい、と遠くからよーすけ先輩がやってきた。その声を聞いてミドリカワはがばりと顔をあげると助けて! と先輩を呼び寄せる。
「苗字なにそれ」
「鬼怒田さんにもらったお米だよ」
「んで、ミドリカワはどうした?」
「ねぇオレがおかしいの!?」
ミドリカワはよーすけ先輩に一連の流れを説明しはじめる。どうやらそれで状況を理解したらしいよーすけ先輩が、急にはは、と笑いだして。
「苗字はさ、おチビにそれ持ってーって甘えたりしねーの?」
「……あぁ、そういうこと?」
「んでおチビは、彼女が重い荷物持ってんのに手伝ってやんねーの?」
「そう! そういうこと!」
よーすけ先輩の言葉に同意を示すミドリカワを見て、名前はいち早く状況を理解したのか一度頷いた。おれもミドリカワの疑問にようやく納得してなるほど、と零す。
「だって遊真まだランク戦の途中でしょ? 別に持てないわけじゃないんだからいいじゃない」
「遊真先輩は?」
「名前がおれに何も言わないのはできるってことだろ。それを無理やりおれがやるのも変じゃないか?」
おれと名前の話を聞いてミドリカワはぐ、と言葉を飲み込む。よーすけ先輩はなるほどなーとそれに理解を示して笑った。ミドリカワ一人が納得のいかないような顔で考えこむように黙ってしまう。
「緑川君は女の子に頼られたい感じ?」
「ちょっと苗字黙ってて」
「おチビのタイプって家庭的……うーん、母親みたいな奴?」
どうやら今のやりとりでよーすけ先輩にまで興味を持たれてしまったらしい。母親のよう、と言われると確かに名前には近しいものがあるのかもしれない。どことなくいつも子供扱いされるというか、可愛がられている自覚はあるし、かといってそれが好きかと言われると違う気がする。
「……ねぇ、それ私居辛いからもう行っていい?」
「おう、後で教えてやっから」
「別にいいですー。じゃあ後でね、遊真」
ひらりと手を振られてこちらも振り返せば足早にその場を後にする名前。その後姿を睨んでいたミドリカワがはぁあ、と溜息をついた。彼氏のタイプとか気にならないんだ……と小さく呟きながら。
「気にしてはいたよ。別にいいってちょっとウソだったし」
「え、そうなのか?」
「苗字は自分の恋愛話つっこまれるの苦手だからなー」
オレとかしょっちゅうウザがられてるし、とけらけら笑うよーすけ先輩。けれどすぐに、そんで? とおれの様子を伺うようにして首を傾げる。ミドリカワも遊真先輩のタイプは? と言葉を続けるものだから、さっきまでの話はなんだったんだともう一度言葉を重ねた。
「よくわからんが、かわいい奴は好きだぞ」
は、と同時に疑問の声。
ミドリカワはいかにも名前のどこが? って思っている顔だし、よーすけ先輩はおれの“かわいい”の基準は何かと不思議そうにしている顔だ。これだけで伝わらないかともう一度考え直していたら、つい最近の出来事が浮かんだので話を始める。
「この前名前の家に蜘蛛が出たんだけど」
「へー」
「あいつ虫駄目じゃねーっけ?」
「普段はびくびくしながら潰すなり外に出すなりしてるよ」
本人いわく、急に視界に入ったりすると駄目だけど、遠くにいる時に気付ければどうにか対処できると言っていた。実際一人暮らしの名前は気楽に誰かを頼ることは出来ないし、苦手であっても最低限の対処は出来るようになったんだろう。
だけど、あの日だけは珍しく違った。いつもなら大丈夫か聞けば頑張る、と返って来るのだけど、あの蜘蛛を目の前にした名前はしばし絶句していたのだ。多分、サイズが何時もより格段に大きかったからだろう。
結局名前は一人で戦いに挑んだものの、蜘蛛の一挙一動にぎゃーだのひゃーだの喚きつくした。そうして最終的に心が折れたらしく、半泣きでおれに助けを求めてきたのだった。
「……んで?」
「ん?」
「何の話だっけ?」
「かわいい奴は好きだって話だろ?」
おかしい、これじゃ伝わらないのか。少し考えてみれば、今の話を理解しようと首を傾げて考えてくれるよーすけ先輩。ミドリカワはだいぶ諦めたのか先輩がんばれーと投げやりに応援している。
「……虫が駄目なのが可愛いって話か?」
違う、そこじゃない。と改めて考えて適切な言葉を考えていたら、そんな蜘蛛事件の後の名前とのやりとりを思い出した。そこでようやくぴったりの言葉を思い出す。
「できることは頑張るし、できない時に素直に頼るのは可愛いと思うぞ」
そう言えばよーすけ先輩はようやく納得いったようでなるほどな、と返って来た。ミドリカワはあまり名前にそういうイメージがないのが不思議そうにはしているが、おれの可愛い、の意味がわかったらしくてそれには頷いてくれる。
「苗字は甘えたりしねーの?」
「見ててほしいとは言われるよ」
「ふーん?」
「おれが見てると思うと頑張れるからって言われた」
蜘蛛を逃がした後に、苦手なら無理する必要はないんじゃないの? と訊ねた。余程面倒なことでなければ、手伝ってもいいとは思っているからだ。
だけど名前はうーん、と少し悩んでから困ったように笑って言った。おれにはウソがわかるから。頑張るって言った時におれが何も言わないと、本当に頑張れるんだって信じられるから、大丈夫なんだと。
だからでかい蜘蛛を前にした時は頑張るって言えなかったのか、と納得した。それで、それならもっと早く素直になっておけばいいのにと笑ったのだ。
「見守ってて欲しいってか?」
「そうかも?」
「っていうか遊真先輩ってさ」
ここまでの話を聞いてようやくすっきりしたらしいミドリカワが、何故かちょっと拗ねたような顔をしてこう言った。
「色々言ってるけど結局苗字が好きってだけなんじゃないの?」
「なんだ、今更か?」
だから好きなタイプだの可愛いと思うところだのよくわからんと言ったのに。ようやく気付いたのかと言えば二人はげんなりとした表情になって、苦い顔をしてごちそうさまでした、と言うのだった。
好きに理由は必要ですか?
(ついつい米屋緑川コンビに空閑さんの恋バナに首を突っ込ませてしまう……)
(空閑さんは守ってあげたいとは思わないイメージ)