それはとても残酷な言葉なのかもしれない。
だけど私も遊真も求めているのは真実だった。遊真も自分の口からウソを告げることを好まないし、私も自分の声がウソを鳴らす音を遊真に聞かせたくない。だからその意志は、遊真の口から苦々しく吐き出された。
「おれは、おまえを守れないよ」
鈍く輝く水晶体は月の光にとろりとした艶めきを返す。それはねっとりと這う血だまりの水面が揺らめく様子に似ていた。真紅が注がれたその瞳を見つめると、まるで死と向き合っているようだ。
「……そうだね」
思いの外掠れた、弱々しい肯定の声が私の喉を鳴らした。わかりきっていたことでも聞かなければ、希望を抱けていたのかもしれない。でも私が願ってしまったのだ。遊真の答えを。だから彼はウソ偽りなくそれを言葉にしただけのこと。
「遊真はそうでなきゃ困る」
彼がここにいると決めた理由。遊真にはそれを守る意志がある。だから彼がここで生きている間は、その意志が最優先されるのだともわかっている。
――いいや、そうでなければいけない。
私の好きになった遊真はそういう人だ。自分で決めた道をしっかりと歩くその姿に恋をした。万が一にもその道を私のせいで曲げさせてしまうとしたら、きっと私は私を許せなくなってしまうから、それでいいのだ。
「難しい奴だな」
遊真は何が嘘で、本当なのか、明確な言葉にはしない。私が言葉にしない限り遊真も言葉にはしたくないのだろう。それが遊真なりの思いやりだとも感じている。ウソを見抜いてしまうからこそ、私が形にする時を待っていてくれるんだ。
遊真もその場しのぎのウソや、気持ちを誤魔化すウソなんて聞きたくないのだろう。私が、遊真に本当を求めていることと同じように。
「でも、多分勘違いしてるよ、名前は」
そう告げて唐突に距離を狭める遊真に、私はなぜか恐怖を感じて後ずさる。だけどそんな必要は無いのだと思い直して足を踏み留めれば、遊真はそれでも念入りに私の腕を掴んで引き止めて、私を紅い瞳で覗きこんだ。
「チカやオサムを守ることと、名前を守ることは意味が違う」
遊真がこうして私の問いに踏み込んで答えることは珍しい、と思う。本当を突き詰めていくのが怖くて時には言葉を濁した問いかけをする私に、遊真も合わせてシンプルな答えだけを置いていくのが常だったのに。今の遊真は少しだけ私の意図に寄り添って自ら選んだ言葉を吐いている。
「チカとオサムには目的があって、おれはそれを手伝うと決めている」
「……知ってるよ」
「わかってない。それはオサムに命を預けると決めたのと同じだ」
お兄さんと友人を探すために何かをしたい千佳ちゃんを守ること。そんな千佳ちゃんを守りたいと願う三雲君を守ること。彼らの命を、願いを守ることが遊真のすると決めたこと。軍人の心得がある遊真にとって、三雲君を隊長に定めるのは意志の表れだ。
「でも、名前は」
まるで躊躇うように言葉を切った遊真の瞳がぎゅうと細められて、光が揺らぐ。泣きそうにも見える表情で向けられる眼差しが痛い。だけど遊真の瞳が曇ることはなく、その意志は静かに告げられた。
「……名前を守るということは、おまえの心を守るってことだろう」
何から、と尋ねようとした刹那ばちりと思考が繋がってショートする。遊真の意図がわかった気がして、だけど、唐突に理解した感情の情報量は大きすぎて、感情が追いつかない。嬉しさと、悲しさと、希望と絶望が一緒くたになったそれが遊真の言葉に変わる。
「おれは、どんなに名前が好きで大切にできても、最後には必ずおまえを傷つける」
たったそれだけの、疑いようのない事実だ。
遊真は自分がいつか死ぬ未来を確信している。それに抗うことよりも、激しく命を燃やし尽くすことに決めたのだ。その遊真の輝きを見て私は恋に落ちてしまった。
その灯火に限りがあるのならと切望した共に歩む時間を、紆余曲折の末にやっと許してくれるようになった遊真。私達の関係の終わりばかりを見ていた遊真が、やっと互いの傍にいる今も見てくれるようになっていたのだ。
遊真が私への愛しさと悲しさを滲ませた表情の意味は、今と終わりを一緒に見ているからこそ感じる恐怖なんだろう。ずっと諦めていてしまった遊真が滲ませる悔いにも似たそれは、間違うはずもなく我が身にも覚えがあって、心が震えた。
自然と喉が鳴って、表情があっという間に緩んでいく。先ほどまでの沈んだ気持ちはどこへいってしまったのだろうか、あっという間にじわじわと滲んでくる愛しさと幸せ。
「……やっぱりな」
「なに?」
「言ったらおまえは、喜ぶんだろうと思った」
相変わらず変な奴だな、と遊真は苦々しく笑顔を浮かべている。きっと私の反応を予測はできても理由までは汲み取れないのだろう。浮かれた気持ちのままそんな遊真を強く抱き締めると、溢れる喜びのままに私は耳元で幸せを零す。
「だって、いつの間にか同じものを見ていたのが、嬉しいの」
今だけの希望を見ていた私と、いつかくる未来だけを見ていた遊真。そんな私達が少しずつ寄り添って温もりを分け合って、そうして共に再び指差して見る景色は今の延長線上にある未来。全ての感情で描かれたその一本の道筋を二人の軌跡にしていけるということ。
「前に言ってたな、今から別れの準備なんて馬鹿げてるって」
「言ったねぇ」
「今でもそう思うか?」
遊真は私をぎゅうと引き寄せて頬擦りをしてからそう尋ねる。私もここにある遊真を確かめるように指でその髪を梳いて、悔しいながらも気持ちをその耳元に吐露する。
「今を生きているだけで、準備をしているんだろうね」
「……そうだな」
おれも、そう思う。と囁くようなそれが鼓膜を通して心を揺さぶる。歩く道筋だけでなく、心までも寄り添えている幸せを感じて、だからこその恐怖を目の前の体に抱き縋って耐える。
「おれの命はもうオサムに預けたから」
耳元で囁かれるその声色は、とても優しくて。
「おれの心は、名前に遺していくよ」
今ここにある幸せを噛み締めることが、いつかくる別れへの準備だなんて皮肉なものだ。それでもやっぱり私達は今を生きることをやめられない。だからこそもっと寄り添いたいとただ、願う。思い出と、心をわけあえることが共に歩むことだと思うから。
求められ、強請って触れた唇は、少しだけ優しい味がした。
スワップユアデイズ
(私の今と、貴方の今を。)
clap your hands(アインP)(重音テト)