――病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで共に歩む事を誓います。
素敵だったねー、と女子のきゃあきゃあとした声が教室に響く。オサムに状況を伺えば“どらま”とやらの話をしているらしい。授業の合間の時間を縫って戦術を学んでいるオサムを横目に眺めながらも、耳だけは彼女達の会話をぽつりぽつりと拾っていた。
どんな時も、死ぬまで一緒って愛よね。
私もそんな風に愛されてみたい。
まずは彼氏を見つけないとね。
いつの時代どんな国であっても、女性達は恋愛に憧れを抱くらしい。そうはいっても男達だって興味がないわけじゃないことも知っている。現に彼女たちの話に耳を傾け、ひそひそと話している男達の姿があるからだ。彼らは彼女達の中に好きな子でもいるのだろうか。見られていることに恐らく気付いていないだろう女子はうっとりとして会話を続ける。
ねぇでも、私達も来年には結婚できるんだよ?
法律上でしょ? 現実的じゃないって。
「オサム」
声をかければ、教本に向いていた視線が宙に浮いた。不思議そうにこちらを伺うオサムに浮かんだ疑問をそのまま尋ねる。
「女は十六になると結婚出来るのか?」
「あ、あぁ。法律上はな」
「男もか?」
「いや、男性は十八歳以上でないと駄目だ」
「なんで?」
不可思議な理由を尋ねればオサムは難しそうな顔で黙りこむ。どうやらその理由までは明確でないらしく、搾り出された回答は、女性を養えると認められるのが十八歳だからだろうとのことだった。相手の人生を背負うことが出来る一人前と認められるのが、十八歳。
「あと三年か……ふむ、結構長いな」
親指、人差し指、中指。三本折ってみるだけなら簡単なことだ。だけどその三年間の長さは、自分にも身に覚えがあった。親父が死んだ後、カルアリアの戦争の終結までが、三年間。
「別に、十八になったからと言って結婚できるわけじゃないだろう」
「ふむ? 法律で決まってるんじゃないのか?」
「あくまで可能ってだけだ。その年になって結婚する人なんて殆どいないぞ」
続けて教えられたニホンの実情は違うらしい。
中学の次、高校まで通わないと仕事を見つけるのは難しく、それよりも教育を受けた人間の方が評価されるからと、さらに上の学校に通って勉強することが一般的だという。
この国で様々な自立が認められる成人という肩書きになる時は二十歳。その頃、またそれを過ぎて働き始め、そうしてやっとスタートラインに立てるらしい。そうは言っても結婚も色々イリヨウらしくて実際に結婚をする人々は、早くて二十歳半ば、遅ければもっともっと先に結婚する人もいるのだという。
「この国で結婚するのは面倒だな」
「そうかもしれないが、人生を左右することだからな」
オサムはおれの疑問が尽きたのを確認して再び視線を教本へと落とした。いつの間にか彼女達の話題は今日の放課後の話に変わっていて、それを見守っていた男達もいつの間にか自分達の話で盛り上がり始めている。
なんて平和な箱庭だろうかと、彼らを眺めて思う。当然のように未来を、明日を信じているからこその笑顔。きっと何の疑問も無く彼女達は、彼達は、“いつか”を思い描いている。隣にいるのはきっとたった一人愛した特別な誰か。その誰かと愛を誓い合うその瞬間が訪れると、理由の無い確信を持っているんだ。
――それは、彼女もなのだろうか。
脳裏に浮かぶのは頬を染めながらもいつも優しい笑顔をくれる彼女。結局これまで自分の身体の事情なんて一つも話したことがなくて、だからもしかしたら彼女が、そんなおれとの未来を想像していてくれたとして。
「なぁオサム」
「……ん、あ、なんだ」
もう一度声をかけて目線を上げた修の瞳を、今度は眼鏡越しにきちんと見据えて尋ねる。
「結婚した後、どちらかが死んだらどうなるんだ」
その問いに、オサムは僅かに眉根を寄せながらも真剣におれを見つめる。おれが少なからず結婚に思うところがあると考えたのだろう。それでも敢えてそれを聞く事のないオサムの瞳に黙ったまま待っていれば、オサムは小さく息を吐いてからその時は、と回答を告げる。
「詳しくは僕もよく知らないけど、死別として結婚関係が終わる」
「残された方はもう結婚できないのか?」
「いや、本人が望めば再婚も可能だ」
「ふむ、そうか」
ありがとう、と告げればオサムは少し何かを言いたそうにしていたが、おれが会話を終わらせたからとその意思を優先して黙って頷いてくれた。
少し間があって、予鈴の鐘が校内に響き渡って喧騒が一瞬だけ止む。すぐにざわめき立った教室で慌しく各自が席へと戻り始め、横目でオサムが教本の代わりに学校の教科書を取り出すのを眺めた。
そうか、結婚は永遠の誓いをするけれど、それを破ってしまったところで罰が与えられるわけではないらしい。
考えてみれば先ほどの女子達はこう言っていた。“死が二人を分かつまで”。人がいつか死ぬことに関してはどうしようもないことだから、終わりを迎えたその時に、きっと誓約も終わるのだ。
だとしたら、もしおれが結婚してすぐに死んでしまったとしても、おれはきちんと誓約を守って終わったことになるのだろうか。
「……きっと、違うんだろうな」
そうわかってはいても、湧き上がる感情は自分に正直だ。だってこれから先の彼女の人生を共に背負うなんてことはできないけど、彼女へ、終わりまでの愛を誓いそれを遂げることならおれにもできそうだ。
強いて問題点を上げるとすれば、それを成すには後三年の時が必要だということ。そもそも彼女がおれの気持ちに応えてくれることだって予想外だったのに、その気持ちが三年後に続いているかどうかなんてわかるはずがない。
だから、これはもしも、の話。
もし、後三年おれが生きていたとしたら。その三年後に彼女がおれを好いてくれていたら。迎えたその日に彼女が許してくれたのなら。
らしくない、希望的観測だ。それでも命の終わりのその時に彼女への永遠の誓いを守れるのなら、きっとそんな終わりも悪くないのだろうとぼんやりと思った。
永遠の誓いが終わる時
(special thanks あずみ様!)
(私はどうしても空閑さんに終わりの話をさせたいらしい)