今日も一日頑張ったなぁ私。誰も言ってはくれないから、自分で自分をほめてみる。ちょっと寂しい気はするけど結構これ大事なのよね。誰かが認めてくれることも大事だけど、自分だって自分を認めてあげないと。
そんなとりとめのないことを考えてしまうのは、暇だからだろう。私はベッドに腰を下ろしてぼーっとしているだけなのだから。まぁ正確には、ドライヤー片手に、もう片手で髪をすきつつ乾かしているんだけど。
ただ、こうなるとテレビは音が聞こえづらいから見ていられないし、両手が塞がっていると携帯を弄るのも面倒で、何もできなくなってしまう。そうなると自然とやることは髪の毛を乾かすだけ。意識だけが暇になってしまうのだ。
けれど、ようやく髪も軽くなってきた。終わりかと思っていると、ガチャリと扉が開く気配。慌ててドライヤーの電源を落とせば、どうにかその声を聞き取ることができた。
「あがったよ」
現れたのは、ほかほかと湯気の名残をまとう遊真。お手入れ諸々で時間がかかる私は先に上がるのが恒例となっていて、遊真にはついでに最後のお風呂掃除もお願いしているから、案外丁度よく部屋へと戻ってくる。
「はい、じゃあこっち」
「おう」
呼べば、遊真はそう言って当然のように私の目の前にどっかりと座りこんだ。私は遊真の肩にかかっているタオルで改めて遊真の髪をぱたぱたと叩く。ある程度水気を吸い取ったところで、カチリと再びドライヤーの電源を入れた。
濡れた頭にそっと指を差し入れれば、へたりつく白い髪。しっとりとした髪の感触も嫌いじゃないけど、やっぱりいつものふわふわがいいな。だから速く乾いてほしくて、隙間に温風を吹き込んでいく。
されるがままの遊真はこの時ばかりは借りてきた猫のように大人しい。私も髪を乾かすことを口実に存分に頭を撫でられるから、結構至福の時だったりする。
ただ残念なことに、遊真の短い髪の毛は私と比べてずいぶんと速く乾いてしまう。繰り返しすいていた指先に触れるのはすっかり乾いて芯を取り戻しつつある髪で、残念だと思いながらも私はドライヤーの電源を切った。
「はい、おしまい」
そう言えば、遊真はありがとうといって立ち上がり片づけを始める――はずだったんだけど。今日は遊真がおう、と言ったきり動く様子を見せなかった。だからというと言い訳だけど、何となく誘惑に負けた私はその背中にぎゅうと抱きついてみる。首筋に鼻を寄せればふわりと香るシャンプーの匂い。女物だけど、案外遊真に似合う香りだな。
「お、なんだ?」
「油断大敵」
「なんだそれ」
腰に巻きつけた腕をちょっと強めてみれば、遊真はくつくつと笑う。お風呂の名残を残した身体はとても温かくて、背中に縋っていると眠ってしまいそうだ。肩口に頬ずりすれば、すこしばかりの筋肉と温かく柔らかい肌の弾力。乾いたばかりの遊真の髪の毛が私の頬を掠めるのが擽ったくて、振り払うようにぐりぐりと頭を摺り寄せる。
「背中を見せるなんて無防備だよ」
「ふーん? あ、そうだ。明日はおれ夜遅いから、先に寝ててもいいぞ」
「……はーい」
しかし、どうやら遊真にとって私が抱き締めることには大した感動がないらしい。まさかこの状態で平然と明日の話をされるとは思っていなかった。しかも夜遅いとか。
毎日約束しているわけではないけど、夜は暇だからと多くの時間を一緒に過ごしていた最近。明日は遊真がいないのかと思うと、途端に少しだけ寂しくなる。なんて贅沢。
「なんだ、寂しいか?」
「……ちょっとはね」
「そうか」
そうか。って何。それで終わり? いや別に、じゃあやめるって言われても困るし、普通に遅くなってもいい。もっと言うなら無理してこなくてもいいとは思ってる。だって私ばかりに時間を使ってもらうのも、申し訳ないし。他にも大切な時間があることもわかっているから咎めるつもりは全くない。
ただ、ただそれでも。ちょっとくらい寂しいって気持ちを汲んで欲しいなぁ、なんて思うわけで。そう思うと、途端になんだか、自分の背中が少しだけ寒くなってしまうんだ。
「……遊真」
「何だ?」
「こっち向いて、遊真もぎゅってして」
素直に、それはもう正直に自分の欲望を告げる。だって遊真相手に嘘をつくなんてバカらしいし、というか私が嫌だ。遊真は正直すぎてたまに痛いけど、それでもだからこその安心感がある。ぐずぐずするくらいなら、私も開き直って全部素直になってしまえばいいんだ。
だから、こうしておねだりをすることだって珍しいことじゃない。そう、いつも通り。日常といってもいい。だというのに。
「……ふーん?」
低く、妖しく響いたその声に胸がどきりと弾んだ。何で突然と思っていると、私の動揺の隙をついて遊真がくるりと振り返る。同時に距離を詰めた遊真に驚いて、身体を引けばそのまま視界が、くらり。ぎし、と耳元で響いたのは遊真の手の平がベッドに沈んだからか。視界が眩んで、逆光の中じゃ遊真の表情が眩んで見えない。
「それだけで、いいの?」
再び響いたのはどこか甘さを残した、だけど低い、男の声。
普段の可愛げの残る少年の声と違うそれは本当に遊真の声だろうか。呆けつつも少しずつ逆光に目が慣れてきたころ、目の前の影が急に近づいてくる。驚いて目を閉じれば、遊真の髪らしき感触が頬を掠めた。耳にかかる吐息。濡れた感覚が耳たぶを滑って、ちゅ、と響くリップノイズ。
「……さて、お前はもう寝た方がいいぞ」
ばくばくと心臓の音が聞こえはじめたころ、耳に届いたのはいつもの遊真の声だった。何事かと思っていると、遊真は乱暴に掛け布団を私へとかけてくれる。軽々とベッドから出て行く遊真を呆然として見送っていると、あれよあれよと言う間にドライヤーを片付けテレビを消して電気を消し、戻ってくる遊真。
「んで、抱き締めればいいんだっけ?」
わざとらしくそう聞かれて、おずおず頷けばまるで抱き枕にでもするようにぎゅうと抱きついてくる遊真。……え、まって。さっきのは何だったの。私とってもドキドキしたんですけど。
「……どうした?」
そう私に尋ねる遊真の顔は、とろっとろに甘い優しい笑顔。何それ。まるで私がドキドキしたのも今ちょっと物足りなく思ってるのも全部お見通しみたいじゃない。確かに嘘はつきたくないし、正直でいたいのもホントだけど、だからって。
「言わなきゃわからんぞ」
私、最近思うの。絶対遊真の方が嘘つきだし、意地っ張りだし、素直じゃない。
だってこの笑顔は私の言いたいことなんて全部お見通しって顔だし、わからないなんて意地っ張りやめて、素直に言って欲しいっていえばいいのに。だけど、そんな気持ちとは裏腹に、私はそっと囁き返す。
「……、キス、も、したいな」
結局惚れた弱みなんですよ、こんなの。だって正直に言えば遊真ったら、さらに笑顔をとろっとろに蕩けさせるんだもの。そんでいかにも仕方ないな、なんて風を装ってどろどろに私を甘やかすんだから。一度でもそんな幸せそうな遊真の顔みたら、何度でも欲しい、って言いたくなっちゃうの。
素直な嘘つきどちらさま?
(でろっでろに甘い話が読みたかった)