遊真は、真実に厳しいのだと思っていた。だって遊真はウソがわかる。聞き分けてしまうから。
ウソってなんだろう。多分、秘密なんだと思う。知られたくない、見られたくない、隠したい。その気持ちがやましさという形で遊真に伝わってしまうんだろう。だから遊真はきっと、つまんないウソと言うんだ。
それなら私は、遊真に優しくありたかった。ウソを見抜いてしまう遊真が、それでも好きだから。私は受け入れたい。全て見抜かれてしまってもいいと思った。
けれど時間が過ぎると共に、私は疲弊していく。常に本当を曝け出すということは、ともすれば酷く危ういことだった。何一つ隠し事をしないというのが生きる上でこんなにも難しい事だとは。
何故、と考えて行き着いた原因は、私が私を疑っているからだった。
私は今、本当にそう思っているんだろうか? 私は心からそれが真実だと感じているのか? ウソを吐くことが難しいのではない。本当だと信じて言葉を使うことが、難しいのだ。
次第に難しさはどんどんと、疑心暗鬼の渦へと変わっていく。私にとっては本当であっても、誰かにとってはウソかもしれない。それを私は本当だと、自信を持って言ってしまってもいいのだろうか。かといって私は真理と呼ばれるような、いわば普遍的な絶対なんて、わからない。それなら私は、何を吐けばいいのか。吐いても、いいのか。
「最近の名前は言い訳が多いな」
唐突な遊真の言葉は、図星のそのまた中央をぐさりと抉るような言葉だった。自覚のあった事実に思わず返事に詰まっていると、真っ赤な瞳がうっそりと細まり、こちらを伺うような視線を寄越す。眼差しが怖くて、私はどんどんと私と言う何かを見失っていく。
「何も言わないのか?」
怖い。言葉を吐くことが怖い。それは本当? 何が怖いんだろう。遊真にウソだと見抜かれてしまうこと? 本当がわからなくなると、話せる言葉が見つからない。
そんな私を見て、遊真は少しだけ困ったような顔をした。当然といえば当然だ。黙っていたって遊真には何も伝わらないのだから。考えて考えて、だけどやっぱり、話していい事がわからない。ほとほと困り果てた私に、遊真はいよいよ眉根を寄せて口を開く。
「なぁ、どうかしたのか」
それは言葉尻を下げる、ほぼ断定の言葉だ。どうしよう、とますます追い詰められていく私。
そんな不安はいつの間にか、臨界点を突破していたようだ。じわりと目の奥が熱くなって、まずいと思った次の瞬間には涙が滲んでいた。
「お、おい?」
私が予想外だったように、遊真にとっても唐突な出来事だったらしい。とはいっても私には、最早泣くのを耐えることができない。一度決壊したダムは、吐き出すまで止まらないのだから。
「……ご、ごめん。ごめんね」
泣きたいわけではなかったはずなのに。でも、実際泣いてしまったということは、泣きたかったのだろうか。もう自分のことなんてこれっぽっちもわかりそうにない。今わかることなんて、涙が止まりそうにないってそれ一つだけ。
「……名前」
名前を呼ばれて、ぎくりとする。やめて、怒らないで、ごめんなさい。気にさせてごめん。大丈夫。色んな感情がごちゃ混ぜになって、体がぴしりと固まってしまう。
違う、怖いわけじゃない。怖い。見ないで。呆れないで。混乱した私が気づいた時には、遊真に優しく抱き締められていた。
「大丈夫」
たった一言。けれど受け入れてくれるような響きに、私の涙腺はさらに緩んだ。とめどなくほとほと零れ落ちる涙を肩に受け止めながら、文句一つ言わずに、とん、とん、と遊真は私の背中を優しく叩く。
どうして、優しくしてくれるんだろう。きっとウソだらけの私を、遊真は受け入れてくれるのか。そんな遊真をもっと上手に受け入れたいだけなのに。私はどうして遊真のようにしてあげられないんだろう。
「ごめん、ね」
「……どうして謝るんだ?」
優しく、まるで子供に諭すかのように優しい声色。甘く、柔らかく耳障りのいいそれは多分遊真の思い遣りでできている。私もそれと同じような声で、遊真に話したいだけなのに。
「私も、遊真みたいになりたいな」
「……ほう?」
「色々と上手に受け入れてあげられる、器の大きい人になりたい」
そう考えて、私にはきっとまだまだ遠い道のりだと考え直す。遊真は自分の体のことをどう考えて、受け入れているんだろう。命なんていう重いものまで受け入れてしまっている遊真と比べたら、私の器なんて取るに足りないものだなんて、わかりきったことだ。
だからこそ、少しずつでもそこに近づけるように。やっと考えがまとまって落ち着いてきたころ、けれど遊真は不思議そうな声を私に落とす。
「すまん、何言ってるのかよくわからん」
腕の中の温もりにたゆたう意識の中で、答える言葉を探す。なんて言えば伝わるだろうか。そう思って考えをまとめようとしたのだ。けれど、遊真に伝えてわざわざ宣言することは自己満足のような気がして。そんな戯言を遊真に聞かせてもいいのだろうかと、迷ってしまう。
「……えーと、その、ね。なんて言えばいいのかな…」
どうするべきか、どう答えたらいいのか。迷った末に零したのは、場繋ぎのような曖昧な言葉だけ。けれどそれは遊真にとって意味のある言葉だったらしい。
「言葉の意味はわかるよ」
「……え?」
途端に、会話が噛み合わなくなる。わかっていたようで、私は何か思い違いをしてしまっていたんだろうか。腕の中から遊真の顔色を伺えば、優しい視線が私へと向けられている。
「けど、お前がそれを言う意味がわからん」
「……えっと……?」
「何でお前がそんなこと言うんだ?」
「え、えっと? 器の大きい人になりたいって思うのはいけないこと?」
遊真の言葉はそれだけなら、理解できないと突っぱねるような冷たい言葉だ。だけど眼差しがひどく優しいから、やっぱり噛み合わなくて私もわからなくなる。何が駄目だったのか、それとも言い方が悪かったのか。考えて尋ねた言葉に返ってきたのは、柔らかい一言だった。
「そんなこと思う必要、ないだろ」
混乱しきっていた私はそこでようやく、一つの可能性に思い至る。だけど、そう受け入れていいのかがわからない。正確には、そう受け取って良いのか自信が持てない。だから私は少しだけ悩んで、考えて、たった一言をやっとの思いで搾り出す。
「……私、遊真にもっと上手に、本当を伝えたいの」
そう、思っている、はずなんだ。ぐちゃぐちゃになったそもそもの発端は、本当を探していたからのはず。だけどそれがもしウソだったら、どうしよう。不安と恐怖が入り混じる中、黙って遊真の言葉を待っていると、ふ、と優しい吐息が頬を撫でてから、再び柔らかい言葉が耳に落ちる。
「……優しいな、名前は」
何かが、違和感。少しして理解する。ウソだと言われなかったという、その現実を。
「おれはさ、別に何が正しいかとか間違ってるとか、そういうのが知りたいんじゃないんだ」
背中に回っていた手はそっと私の肩を抱いた。きゅうと引き寄せられた体がまるで、受け入れられたようで。私の中の本当を許されたような心地にじわりと目頭が熱くなる。
「おれは、おまえのホントウが、知りたいだけなんだ」
だから、と何かを続けかけた言葉が途切れた。私がぼとぼとと止め処なく涙を落とし始めたのに気づいたんだろう。遊真は少し困ったように、それでも笑って私を身体をより強く引き寄せる。
「大丈夫。それがどんな言葉でも、おまえの本心ならそれでいいよ」
例えそれが、綺麗じゃなくても。美しいものじゃなくたって。誰もが認めるような純粋なものじゃなくても、ましてや濁っていたっていいのか。それが私の中の本当なら、それだけで、遊真は許してくれるのか。
「……やっぱり、遊真は……優しい、ね」
幸せだと、ただ、そう思った。ありのままを受け入れようとしてくれる遊真は、なんて優しいんだろう。そう思って零した言葉に、遊真はくつくつと喉を慣らして笑う。
「おれは、そういう名前の方がよっぽど優しいと思うけどな」
ひどく甘い言葉が鼓膜を揺らして、じんわりと心を温めていく。緊張してばかりで歪に固まってしまった気持ちがゆっくりと解れていく。遊真がそうやって許してくれるのなら、少しだけ。私も私を上手に許してあげられそうだと思った。
そうやって、自分を許す勇気をくれる遊真が、私はただ好きだと思ったのだ。
ホントとウソの境界線
(許されたい願望が爆発した)