貴方の代わりに夢を見させて。
 暗闇の中で唐突に、意識が浮上した。
 寝ていたはず。だけど、起きた時に感じるはずの眩しさがない。少し考えて、もしかしてまだ夜なのかもしれないと思った。それならどうして起きてしまったんだろう。考えてもわからない。とろけた意識は段々と覚醒へと向かい、私は固まった身体を解すように寝返りをうつ。
 手の先が、温もりに触れた。小指が人肌にぶつかった感覚。柔らかくて、温かくて、優しい。

 心地よさに浸っていると、それはどこかに行ってしまった。あぁ残念。密かに嘆息すると同時に、私の手の下へするりと滑りこむ何か。そっと指先が絡んで、なるほど、手を繋いでくれたらしい。
 眠くてそれを握りしめる気力はなかったけれど、伝うように視線だけを、手から腕、さらに上へと移す。
 ――見えたのは、月明かりに照らされて窓の向こうを眺める遊真の横顔。
 真剣な表情は一体、何を考えているんだろうか。もしかして、次のランク戦のために戦術でも考えているんだろうか。

 綺麗だ。寝ぼけた頭ではそのくらいしか目の前の光景を表す言葉が浮かばなかった。月明かりは青白く遊真の髪を照らし、肌もどこか人間離れした色へと変えている。悪く言えば生気のないような、どこか神々しさすら感じさせる色。
 それを現実に引き戻すのはやっぱり、赤い瞳なのだと思った。意志が燃えている色なのか、それとも命の輝きか。どちらにせよ生きていることを感じさせる瞳が遠くを見据える横顔。
 半分寝ぼけた意識のまま見つめていたら、唐突に遊真が表情を変えた。我にかえったような、意識が今ここに戻ってきたようなそんな気配。僅かに顔が傾いたと思ったら赤い瞳と視線がかち合う。

「なんだ、起きたのか?」
「……うん」
「まだ夜だぞ?」

 さっきまでの真剣な表情があっという間に消えてしまった。代わりに、私が見られるのは甘く緩んだ優しい笑顔。繋がれた手の指先が少しだけきゅうと握りこまれる。

「……なんか、起きちゃったの」
「ふむ」

 そう答えながら私は、握られた手をゆるく握り返した。不思議だなぁと思う。まるで、思い出したように込められた力。顔色一つ変えず、私を見ることもしないで手を取っていたのか。

「なんで手、繋いでくれたの?」
「いや、わからん。そこにあったから?」

 試しに聞いてみても、遊真の答えは要領を得ない。本当に遊真は何かを意識してこうしたわけではないらしい。だとしたらそれは、なんてひどく甘い愛情だろう。触れた手に対して何を考えるまでもなく、当然のように自らのそれを絡める。そう無意識にしてくれるほど傍にいられているのだと、少しだけ嬉しくなった。

「ごめんね、考え事の邪魔しちゃった?」
「おれはいいよ。時間はたっぷりある」

 それより、と言葉を切って遊真は布団にもぐりこんで来た。手は繋いだまま、向きあって横になれば目の前に遊真の顔。重力に従い頬に被さる髪。けれど口角が上がっていることは隠しきれていない。優しい、優しい笑顔のまま、遊真は内緒話でもするかのように声を潜める。

「もっかい寝れるか?」
「……わかんない」
「寝なきゃ駄目だ」

 まるで子供に言い聞かせるかのように言われてしまった。あげく寝かしつけるように柔らかく頭を撫でられて、仕方なく私は目を閉じる。折角起きたのだからもう少し、話していたかったのに。だけど身体は正直だ。寝たりなかったのか思ったより早く睡魔がやってくる。
 思考がゆったりと蕩けていくなかで、遊真が最後におやすみ、と言った言葉におやすみ、と小さく返す。それがまるで呪文か何かのように、ぷっつりとそこで意識を落とした。


貴方の代わりに夢を見させて。

(寝ている間、何も言わず傍にいてくれるのとかたまらない)

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