眠れない、というのはどういう気分なのだろうか。
ベッドに横になりながらも眠気を堪え、うつらうつらとしている私の隣。同じようにベッドに入っている遊真は、普段と変わらずぱっちりと目を開けて私を眺めている。船を漕いでいる様が面白いのだろうか。私としては、これでも起きているために一生懸命なんだけど。
「寝ないのか?」
「……もう、ちょっと」
遊真はふーん、と気のない返事をすると、まるで寝かしつけようとするかのように私を布団越しにぽんぽんと叩く。ので、寝かされるのはごめんだと身じろぎして抵抗した。諦めたのか、叩くリズムは消えて。それでも僅かに感じる重み。腕はいまだに私の上に乗せられているらしい。
「明日は学校で、午後からは防衛任務だろ」
「……うん」
「なら、寝た方がいいんじゃないの」
「…………それは、わかってるよ」
言われずとも自分が一番よくわかっている。午前中には英単語の小テストがあるし、午後からは防衛任務、その後にはソロランク戦をする約束もある。つまり、明日は忙しいのだ。だから早く寝ないと身体がもたない。
それでも寝たくないのは、せっかく遊真と会えたからなのに。ここしばらくの遊真は、次のランク戦に向けた連携の訓練があるからと忙しそうにしていた。あげく、本人の希望なのか夜間の防衛任務につくことも多くて。今日になってようやく一緒にいられる時間がとれているのだ。眠って終わりにしてしまうには、少し、惜しいじゃないか。
「寝ないと辛いのは名前だぞ」
「……だから、自己責任でしょ」
「それはそうだが……」
頑なであることが不思議なのか、眉をひそめて私を伺う遊真。つまり遊真には、今この時間を惜しむ気持ちがわからないのだろうか。なんて。嫌な考え方だと思うけど、一度思ってしまうと歯がゆくもなる。気持ちを、時間を共有したいと思うのは私だけなのだろうか。
だから私は、遊真の身体のことを知っていながらも問いかけることにした。
「……遊真は眠りたいって思う時、ある?」
眠れない遊真は、眠る私をどんな気持ちで見ているのだろうか。夜の世界を、どうやって独りで生きているのだろう。眠る私を引き止める気持ちがないのならせめて、同じでありたいと思ってくれていたらいいのに、なんて希望的観測で。
遊真は平然とした顔で、ふむ、と一度頷いてから口を開く。
「つまらんとは思うが、眠りたい、とまでは思わないな」
「そうなの?」
「眠るのは身体を休めるためだろ。休む必要がないのに眠ったって仕方がない」
淡白な答え。遊真らしいと思いながらも、寂しさは色濃くなっていく。
遊真からしたら、眠る必要があるのに眠るまいとしている私はどう見えているのだろうか。しなければいけないのに、したくないからと拒絶するなんて、子供が駄々を捏ねているようではないか。
「……同じだと、思う?」
「うん?」
「寝なきゃいけないのに、寝たくないって言ったって仕方がないって、思う?」
伺いながらも、きっとそうなんだろうなぁ、なんて。
寝たくないと言っても、結局は寝なければいけない。というか、私は眠らずにはいられない。ほんの少し頑張って起きていたところで、できることなんてないのだ。ただ、他愛のない会話の数が増えるだけ。遊真がそれを求めていないのなら、会話だって虚しいだけじゃないか。
けれど遊真は私の予想に反して、ううん、と言い淀む。
「仕方ないとは思うけど、寝たくないって思うことも仕方がないと思う」
「……そうなの?」
「感じることをどうにかできるなら、誰もウソなんてつかないよ」
ふ、と遊真は寂しそうに笑う。
遊真が見抜いてきたウソはそういうものなのかと、私まで少し寂しくなった。感じてしまう心は仕方のないことだけど、それでも、感じた心をそのまま伝えられれば寂しく思う時もあるだろう。私が寝たくないと思うわがままを、遊真は仕方ないと感じるのだと、そう伝えられた今の私のように。
「だから、別にいいぞ」
「……え?」
「寝たくないなら、それでも」
ふと、身体に感じていた重みがなくなった。乗せられていた遊真の腕が布団の中へと仕舞われていく。そして見えないけれど、肌に何かが触れる感触。探られて、最後には指先を絡めとられた。
「寝ないといけないってわかってて、それでも寝たくないって言うのは、そう思う理由が名前にはあるからだろ」
「……そう、だけど」
「それなのに無理矢理寝かせるのは、あまりしたくないしな」
困ったような、それでも優しさの滲んだ笑顔。私が見る遊真の表情はいつも、色んな感情が笑顔に混ざっている。誰かといる時の遊真は快活さが垣間見える笑顔なのに、だ。複雑な色が混ざった遊真の笑顔を見るのはやっぱり、寂しい。困らせてばかりの私と一緒にいていいのだろうかと思ってしまうから。
だから、もう意地を張るのはやめようと。素直になろうと私はなけなしの勇気を振り絞って、繋がれた手に縋りながらも口を開く。
「……久々に会えたから。少しでも長く一緒にいられたらって……思ったんだけど。遊真は、私がすぐに寝ちゃっても平気なの?」
改めて言葉にすれば本当に、子供のワガママみたいだなぁと他人事のように思う。
遊真が忙しいことなんて初めからわかっていたし、本人にも言われた。食い下がった立場の私としては、いくら恋人だとは言え自分を優先してほしいとは言えない。だって私は、目標に向かって頑張っている遊真を好きになって、応援したくて。できるなら少しだけ、特別になりたいと願ったから好きだと伝えたのだ。
それも結局は独りよがりだったのだ、と思えてしまうことが悲しい。だから拘って、意地をはって、遊真にも寂しいと思われたいなんて欲張ってしまったのだろう。一方通行の想いは、悲しいから。
沈黙は重く、じわじわとこみ上げてくる後ろめたさ。やっぱり、さっきの質問はなかったことにできないだろうかと考え始めたころ、遊真のぷすりと吹き出す声を聞く。
「……ふむ、なるほど。それはおれが悪かったな」
縋っていた指先がきゅうと強く握り返される。もぞもぞと布団が動いて、にじり寄られて、こつりとぶつかる額と額。
「名前が眠っても、いなくなるわけじゃないだろ。夜の間は、一緒にいられる」
――眠れないというのは、そんな気持ちなのかと思った。
私にとって夜はあっという間に終わってしまうものだ。目を閉じて、気づけば朝になってしまうもの。時間と時間の間を飛び越えたかのようになくなってしまうもので、眠っている間は遊真とお別れしている時間。
けど、遊真にとっては違うのだろう。私が眠っている間も遊真は起きていて、意識がある。見て、感じて、考えることができる。私にとっては無くなってしまう時間も、遊真にとっては確かに存在している時間なのだ。
「こうして話している時間も好きだけど……おれは、名前の寝顔とか寝返りうったりするのを見てたり、寝言を聞いたりする時間も好きだからな。すまない」
告げられた謝罪は、とても甘ったるい声色で響いた。申し訳ないとか後ろめたさのような感情はなく、むしろどこか得意気にも聞こえる音で。私は今、何に謝られたんだろうか。わからなくなってしまうくらい。
というか、聞き捨てならない発言も混ざっていたのだけど。
「……寝言、言ってる?」
「たまに。何言ってるかはよくわからんが」
うわ、と思わず顔を覆いたくなった。けど、額を寄せ合っていれば表情なんて隠せるものでもない。私が顔をしかめたからか、遊真はくつくつと笑って。
「寝ている名前も可愛いぞ。だから、寝てくれてもおれは嬉しいけど」
「……けど?」
続きが気になって言葉を重ねれば、遊真は目尻を緩ませて笑う。
「寝たくないのがおれと一緒にいたいからなら、それはそれで嬉しい」
あぁ、もう。好きだ、なんて心のなかで叫んだって伝わらないのだけど。胸が苦しくて苦しくて言葉にならなくて、好きだと思う。
淡白に見える部分は確かにある。それは、遊真が事実を事実として受け入れる人だからだろう。私が眠らなければいけないことは事実で、遊真が眠れないことは事実で。そのどちらも簡単に覆せるものではなく、だから、どうしようもないのだ、と。
そして同じくらい、気持ちも気持ちとして受け入れてくれるのだな、と改めて気づいた。ワガママだとしても、とても合理的とは言えないものであっても、それが感情なのだ。だから遊真は、感じる心も許してくれる。きっと、ウソを見抜いてしまうからこそ。
「……あのね、遊真」
好きだと伝えることもできたけど、敢えて秘めておくことにする。一言に気持ちをすべて詰めてしまうよりは、きちんと話したい。聞いて欲しいと、思ったから。
「寂しい気持ちはあって私にはどうしようもないけど、遊真を応援したいって思ってるよ」
「……うん、わかるよ」
「我慢できることは我慢するから、たまにはこうやって、私の寂しい気持ちも聞いてくれる?」
「もちろん。それはおれにしかできないことだからな」
やっぱり得意気な遊真。それでも優しい、甘さの混じった笑顔にすっかりと安心した私は、ゆるゆると意識を落としていく。
「……あり、がと……」
あぁダメだ、まだ、寝たくないのに。それでも眠気に逆らえず、意識がぼんやりと遠のいていく中で私が最後に聞いたのは、いつものおやすみではなく、好きだよの甘い一言だった。
君をおいて、闇を飛ぶ
違う形でも、共有できる時間は素敵だなぁと。