聖母マリアへ祝福を
※遊真が高校進学してるイメージ

 いつもなら、学校が終わればすぐにでもボーダー本部に向かうのだけど。今日は少しだけ居残りだ。学校花壇の水やりという、面倒臭い仕事を引き受けてしまったから。
 正直なところ、それでも楽な方だとは思う。他の委員会は放課後に集まったり作業したりするものも多いし、特にこれから秋の文化祭に向けてそれぞれが忙しくなるから。もちろん、花壇だって文化祭の準備という名目なんだけどね。お客様を迎える時に、校内に花があるほうが華やかでいいものだというありきたりな。

 夏は日が長い。居残りで時間を潰しているのは、日が沈むのを待っているからだ。日中、暑い時間帯の水やりは禁物だと、園芸の知識がある顧問に口をすっぱくして指導された。一応できないこともないらしいが色々と気をつけないことも多く、手間をかけられないなら夕方にやれ、と言われたのだ。
 しかし、さすがにそろそろ飽きてきた。宿題も終わったし、明日の予習も済んだ。これ以上学校でできることもないし、もう充分待ったんじゃないだろうか。私は荷物をまとめてようやく教室を後にする。向かうは、色とりどりの花が咲き誇る花壇。

 遠くに聞こえるのは、グラウンドでの運動部の掛け声だとか、音楽室からの吹奏楽の演奏の音だとか。学校だから人がいないわけではないんだけど、花壇の辺りはしんとしている。まぁ、ここに留まる人はそうそういないだろうし当然と言えば当然か。私は手近な、それでいて水の被害がなさそうなあたりに鞄だけおいて水道へと向かう。
 からからと少し乱暴にリールを回して。水やりに支障がない程度にはホースを引っ張り出し、元が水道に繋がれていることを確認してから蛇口を捻る。じゃばじゃばと出始めた水は少し熱いくらいで、けれど勢いを調整している間に冷たい水が出るようになった。準備は万端。私はホースの口を指で押しつぶして、花壇全体へと水を放つ。

「涼しそうですな」

 放物線を描き、花壇へと振りそそぐ人工的な雨。日が差し込むからかうっすらと虹のかかる向こうには、わかっているのかいないのか、そんなことを言ってのける遊真が立っていた。

「遊真、まだ学校にいたの?」
「うむ。居残りだ」
「……今度は何したの?」
「まだ何もしてないぞ。けど、次のテストによっては夏休みも補習だからと、センセイに色々教わっていた」

 遊真はそう話しながら、私の荷物の傍へと自分の荷物をおいて座りこむ。ということは、今日はソロランク戦だとか、ボーダーに急ぐ用事はないのだろうか。珍しいこともあるものだと、私は視線を感じながらも水をまき続ける。

「それ、イインカイとやらの仕事か」
「そう」
「終わったら、ボーダーに行くか?」
「もちろん」
「そうか」

 変わらず座りこんだままの遊真。多分、一緒に行こうとしてくれてるんだろうな。水やりなんて面倒だと思ったけど、これなら居残りした甲斐があったというものだ。
 私と遊真の恋人らしいところって多分、他の人達に比べたら極端に少ないと思う。こうやって二人揃って制服姿で、一緒に過ごせる時間があるなんてことが珍しい。ましてやそれが学校でなんて。まるで学生カップルみたいだ。いや、そうなんだけど。

 黄土色だったからからの土が、ざんざんと降り注ぐ水で濃茶色に染まっていく。土もきっと熱くなっていて、だからこそ、むわりと立ち上るような湿気を肌で感じるのだろう。そうして昼の名残を冷ましながら、土はぐんぐんと水を吸っていく。
 遊真は黙って花壇を眺めるばかりだ。あいにく私が荷物を置いた場所は、そして遊真が今座りこんでいるところは日陰でもなんでもないところなんだけど、大丈夫なんだろうか。もちろん本人は熱中症の心配なんてしていないだろうけど、傍からみたら少し心配になってしまう。

「遊真」
「うん?」

 けれど。暑くないか、なんてわかりきったことを聞くのも野暮だろう。あと少しの時間を日陰で待っていろ、というのもなんだか。私は少しだけ迷ってから口を開く。

「蛇口、閉めてくれるかな」
「いいぞ」

 別に、辺りのコンクリートがびしょ濡れになったところで今更なんだけど。手伝いを頼めば遊真は特に気にもしなかったようで、やおら立ち上がるとこれまたゆっくりと歩いて蛇口へとやってくる。きゅ、と閉まる音。同時にホースから出る水の勢いは瞬く間に落ち着いていく。

「ありがとう」

 私はホースを適当に放ると、蛇口の傍で佇んだままの遊真の元へと歩み寄った。しゃがんで、あとは力仕事。リールを回してホースを巻き取っていけば水やりは終わりだ。

「……それにしてもこの花壇、ほとんど黄色だな」

 遊真はよほど花壇が気に入ったのだろうか。再び眺めていたと思ったらそんなことを口にした。
 私も倣って花壇を見る。赤や青、紫の中に、黄色とオレンジ。多分この二色が、日が落ちてきた今は似た色に見えてしまうんだろう。そうだね、と返しつつ私はリールを巻き続ける。

「何か意味があるのか?」
「どうだろう。よく見かける種類だし、育てやすいんだと思うけど」

 ようやくホースを巻き終えた頃、どこからが呼ぶ声が聞こえた。辺りを探せば、どうやら顧問も校舎の中から花壇の様子を見にきていたらしい。枯れかけている花は摘んで隅にまとめておいてくれ、ということ。代わりに咲いているマリーゴールドも摘んでいいぞ、とのこと。どうして、と思うけど顧問はそれだけ言い終えるとさっさと校舎の中に戻っていく。

「なんだ? 水やりの礼か?」
「……そうじゃないと思うけど……まぁ、じゃあちょっとだけやろうか」

 遊真に急ぐかと聞けば首を横に振るので、手伝ってほしいとお願いした。快く頷いてくれるので、二人で花壇の前に並び、茶色くなってしまった花がらをぷちぷちとちぎっていく。

「花の手入れというのも大変だな」
「キレイな花壇にするには、色々手間がかかるんだねぇ」

 地味な作業だし、顧問に体よく雑用を増やされた気がしないでもない。それでも遊真がいる手前、あまり適当なこともできなくて。とりあえずは目につく範囲の花がらをとり終えて、花壇の隅の方へとおいておく。

「よし、じゃあ後はちょっとだけお花もらって帰ろうか」
「ふむ。摘んでどうするんだ?」
「……そうだねぇ。押し花でも作る?」

 花と言えば押し花。なんてありきたりだろうか。けれど遊真は部屋に花を飾るってタイプでもないだろうし。枯れるまで愛でて、そのあとただ捨ててしまうだけなのは、なんとなく痛ましい。それなら押し花にして長くとっておく方が気持ち的には良いような。考えて提案すれば、遊真はにかりと笑う。

「子供みたいだな」

 そう言われてしまうと、なんだかアイディアをばかにされているみたいで不満なんだけど。思わず顔をしかめたので遊真にもわかったのだろう。違うよ、と続けられた言葉。

「かわいいって意味だ」

 ――それはそれで、どうなの。と思わなくはないけど。

「それで? マリーゴールドってどれだ?」

 話をそらされてしまったので、私はそれ以上追求することをやめた。これだよ、と教えながらも、折角だしと黄色とオレンジ色をそれぞれ一輪ずつ摘みとって遊真に手渡す。とは言うものの、夕焼け空の下でどちらも赤味がかった色に染まってしまっていたけれど。

「ふむ、キレイな花だな」

 マリーゴールドを手に持った遊真が、夕日に照らされて穏やかに微笑む。
 もうすぐ夜がくる。そんな暗い気配が背後に忍び寄っているのに、瑞々しいマリーゴールドがなんだか生き生きとしているから、不思議な雰囲気だった。そしてそれを持つ遊真もまた。

「……キレイだね」

 私も二輪のマリーゴールドを摘んで、校舎の脇に座りつつ鞄を開く。ティッシュを取り出して、遊真にも渡して。花をティッシュで包んだら、適当な教科書の間に挟む。遊真も意図がわかったのだろう。私の隣で自分の鞄を開いたと思ったら、私と同じように包んだマリーゴールドをノートに挟んだ。

「さて、いい加減行こうか」

 どちらからともなく立ち上がって、ようやく私達は花壇を後にする。
 なんてことはない、とある夏の日の話。私達が確かに一緒の夏を過ごしたのだという証が、マリーゴールドの押し花に変わった。だからきっとこれから私は、この花を見るたびに思い出すのだろう。遊真にはやけに金色のマリーゴールドが似合っていたなんて、そんな陽炎みたいな景色を。

聖母マリアへ祝福を

(Happy Birthday 空閑遊真!2017/07/18)

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