だんらんらんらん
 台所からふわりと香る匂いにほうとため息をつく。ニホンにきてから覚えた、ミソというものの匂い。ニホン人にとって身近な食材のようで、玉狛支部でも名前の家でもよくかぐ匂いだ。不思議と食欲をそそるこの匂いにつられて台所に立つ背中を見れば、少しして名前がふと振り返る。

「そろそろ、ご飯できるからね」
「おう」

 おれの返事に穏やかに笑うと、名前は再び台所に向かう。その背中を見ていると、温かいようなくすぐったいような、それでいて少しさみしいような妙な心地を覚えてしまう。玉狛支部で誰かがご飯を作っているところも見ているし、自分でオサム達と共に台所に立つこともあるというのに、だ。名前がこうして台所に立っておれ達のご飯を作っているところを見るのは、なんとも言えない気持ちになる。
 おれは目を閉じてみる。変わらず香るミソの匂い。カチャン、と……たぶん、火を止めた音。食器がぶつかり合うカチャカチャした音。たぷん、と揺れる水の音。それから、カパリと何かが開く音と同時に香ってくるのは、できたての白米の香り。

「遊真」

 呼ばれて、目を開けた。見せるように差し出されたごはん茶碗。足りる? と伺うように首を傾げるので頷けば、名前は続けて自分の分のごはんをよそう。いい加減おれも準備を手伝おうと台所に向かい、夕飯を机へと運んでいく。今日の献立は味噌汁と、ごはんと。

「これもそうか?」
「うん、そう」

 台所には銀色の包み。皿に乗ってるからにはこれも今日の夕飯なのだろうと尋ねれば、そうだというので大人しく運ぶ。それから、最後に名前がほうれんそうのおひたしも、と言ってまた一品。

「うむ、今日もよりどりみどりだな」
「遊真がいると思うと色々食べたくなるんだよねぇ」

 名前はよく、一人分を作るのは難しいと言っていた。なにより、面倒だと。だからこうしておれと二人でご飯を食べる日は、作る名前も楽しみにしてくれているらしい。

「それで、これは?」
「鮭のホイル焼きでーす。開けてみて? ゆっくりね」

 言われるがままに包みをおそるおそる開けてみる。そうして開いた途端、ぽふりと吹き出す白い湯気。中には魚の切り身にちょっとした野菜が添えられていて、これもまたうまそうな匂いが漂ってきた。

「よし、じゃあ食べようか」
「うむ。いただきます」

 さっそく開けたばかりのそこから魚の身をつまみとる。そうして口にいれて、ふわり。

「んん?」
「あれ、口に合わなかった?」
「……思ってたより柔らかくて、びっくりした」

 焼いたものとは違う柔らかさに驚いていれば、名前は面白そうにくすくすと笑う。ホイル、とやらはよくわからんが、つまりこれは魚を蒸し焼きにしているのだろう。だから、普通に焼いた時とは違って身が柔らかいのだ。

「ニホン人は料理が好きなのか?」
「うーん、グルメな人が多いとは聞くけど」
「ぐるめ」
「……美味しいものが好きで、美味しい物を極めようとする人?」
「なるほど」

 改めて、ほうれん草のおひたしも一口。これは食べるのが初めてではないから驚きはないが、うまい。そうして温かい味噌汁をすすって、白米を食べて。

「うまいな」
「よかった」

 向かいに座る名前はにこにこしながら、味噌汁をすすり、魚を頬張る。穏やかな食事の時間はとても優しい。玉狛での賑やかな食事も、学校でオサム達と食べる弁当も、たまにミドリカワとかと本部の食堂で食べるご飯もうまいが、それらとはまた違う温かさが名前とのご飯にはある。

「今度の玉狛での夕飯はこれにするか」
「んー、人数分の切り身をそれぞれ包んで焼くの、ちょっと面倒じゃないかなぁ……」

 おれの呟きにそう返事をすると、名前はまた一口ご飯を頬張ってもぐもぐと黙り込む。様子を眺めながら、おれも一口。少しの間お互いに黙っていると、一足先にごくりと飲み込んだ名前が口を開く。

「餃子とかは?」
「ん?」
「夕飯のメニュー」
「なんで?」
「遊真達は三人で作るんでしょ? 大人数で作る料理ってやっぱり餃子かな、と思って」

 ふむ、とおれは頷きながらもう一口。話を聞けば、ギョーザとやらも一応包んで焼く料理らしい。

「皆で餃子包んで、焼いて、楽しいと思うよ」
「名前は作らないのか?」
「……一人で全部包むのは、さすがにね……」

 言葉を濁し、目を逸らす名前。これはいつもの、面倒だっていう顔だ。けれどギョーザそのものには未練があるのかいいなぁ、と呟いている。それなら、とおれはまた一口ご飯を食べてから口を開く。

「オサム達に、ギョーザ作ってみないか聞いてみる。それで作ることになったら、名前も手伝ってくれ」
「え?」
「皆でやれば楽しいんだろ? ギョーザも食べれるし、おれ達も夕飯手伝ってもらえるならいいし」

 どうだ? と聞けば目を瞬かせていた名前は、少しして穏やかに笑った。よければ、お願いしたいな。そう言うので、聞いておくと答えてまた一口。気づけばそろそろ、皿の上のごはんが無くなりつつある。それほど多く会話をしていたわけではないけど、それでもこんなに早くなくなるものかと、惜しむようにまた一口。そうして食べていれば、最後にはなくなるもので。

「ごちそうさまでした」

 手を合わせて、食後の挨拶。それぞれ食器を重ねて流しに運び、今度はおれが台所に立つ。名前が食事を作ったのなら、片付けるのはおれの仕事だ。玉狛支部では洗ったり拭いたりを分担するが、ここでの皿洗いは洗って、すすいで、食器カゴに干すまでを一人でやる。とはいっても二人分の食器なんて大した量じゃないから、これもまた、すぐに終わるんだけど。

「いつもありがとうね」
「こちらこそ、いつも夕飯ありがとな」

 手は動かしながらもそう返事をすれば、やっぱり笑う名前。そうしておれをみてポツリと呟くのだ。

「洗い物、楽しい?」
「どうしてだ?」
「だって、遊真ずっと楽しそうっていうか、嬉しそうだから」

 言われて、今更ながらに気づくのだ。名前がずっと穏やかに、にこやかに、時には嬉しそうに笑っていたのは、もしかしておれも同じだったからかもしれないと。

「ううむ、少し違う気はするが、楽しいな」

 答えて、最後の一枚を干してから水を止めた。そうすれば今度は名前がまた嬉しそうに笑って言うのだ。

「さて、食後のお茶は何にしようか?」

 あともう少しだけ、温かい夜の時間は続く。大抵の人間が家に帰るような時間、家族と過ごすような時間を、今日もおれは名前と過ごすのだ。

だんらんらんらん

(空閑遊真と一緒にご飯が食べたい)

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