※遊真が高校に入学したイメージ
遊真から、夜桜を見に行こうと誘われた。遊真が夜桜という言葉を知っていることも、俗にいう“花より団子”なタイプだと思っていた遊真から桜観賞に誘われることにも驚いた。けれど嬉しいことに変わりはなかったから、二つ返事で頷いたのだ。
二人、街灯の下をゆるゆると歩く。手を繋いで。互いの靴が砂利を鳴らす音と、時たま遠くから爆音が聞こえるくらいの、静かな夜だ。
「どこに行くの?」
「向こう」
三門市の地名をほとんど知らない遊真は、どこへと尋ねても方向くらいしか答えられない。けれどそう『向こう』と示す先はボーダー本部でも玉狛支部でもない方角。私自身の生活圏からも外れてしまうから、少し心配になりながらも遊真の歩くままについていく。
「心配しなくても、帰り道はわかるぞ」
「……任せるからね」
「おう」
どうして私が不安に感じていたことがばれてしまったんだろうか。なんて今更だ。遊真は、繋いだ手にちょっとだけ力がこもっただとか、少しだけ足取りが重いだとか、会話の間とか、そういうものにとても敏感だから。嘘を見抜く遊真は、そのサイドエフェクトに裏付けされて人間の機微に敏くなってしまったのだろう。
ふわりと、視界の隅に花びらが舞う。桜の木が近くにあるのだろうか。そう考える余裕があるくらいには、もう夜風も優しい季節だ。
「春だねぇ」
頬をくすぐる温かい風。だからこその言葉だったのだけど、遊真にはそれが伝わらなかったらしい。不思議そうに見つめる視線に気づいた私は、あとどのくらい? と尋ねて話題を変えた。遊真は素直にあと少し、と答える。
「この向こうだ」
目の前には、川沿いの土手道へと上るための階段。この向こうと言うからには土手道に上がろうとしているのだろう。階段かぁ、と少しだけ億劫になるけれど、遊真がたんたんと進んでしまうので引っ張られるようについていく。
「速いか?」
「……うん。もうちょっとゆっくり」
素直に言えば、遊真は階段を登るスピードを緩めてくれる。たん、たん。繋いだ手がぴんと伸びて、引っ張られることに甘えながらも一段一段を踏みしめていく。
「きちんと身体を動かさないと、トリオン体でも動けないんだろ?」
「そうは言っても体力には限りがあるからね」
さすがに今日も学校、ボーダーと活動した後だから疲れが溜まってきている。何より新学期は環境も変わるし新しいことだらけで、気持ち的にも疲れてしまうし。
遊真だって、いくら休息の必要がないトリオン体で生活できると言っても、気持ちの面ではまた別だと思うのだ。だって遊真は中学を卒業して三門高校に進学したばかり。聞くところによると、やはり白髪は目立ったようで、三雲くんいわく通りすがる同級生はもちろん上級生からも注目を浴びていたらしい。そりゃあボーダーの面々からしたら見慣れているから何も思わないけど、普通の学生は驚くよねぇ。注目されたらそれだけで気疲れそうなものだけど、前を歩く遊真はそんな素振りを一切見せない。
「遊真は高校、疲れない?」
「勉強は相変わらずよくわからん」
たん、と遊真が最後の一段を登りきった。一歩遅れて私も階段を登り、ようやく二人並んで土手道へと立つ。
「ほら、あっち」
遊真が指さす先には、土手道の脇に等間隔で植えられたのであろう桜並木があった。月明かりに照らされて満開の花を風に踊らせ、一枚、二枚と花びらを散らしていく様に思わず感嘆の息が漏れる。
「行こう」
遊真は再び足を踏み出し、桜並木へと進んでいく。ゆるりと引かれるままに後を追う私。
「……人がいないのね」
「すぐそこは警戒区域だからな。だからじゃないか」
なるほど、遠目でも進入禁止の看板と有刺鉄線が見える。この桜並木の終着点が警戒区域の始まりとなっては、一般人が近寄らないのも当然か。満開の桜並木を私と遊真で二人占めしてしまうとはなんて贅沢だろう。
「よくこんな所見つけたね」
「散歩してたら見つけたんだ」
「それで私に?」
うん、と答える遊真の蕩けるような笑顔。不意打ちはちょっと、ずるいじゃないか。遊真はただ相槌を打っただけのつもりなんだろうけど、刹那そんな笑顔を見せられた私はたまったもんじゃない。ぎゅうと胸が締め付けられて、またほぅと息が漏れる。
「こういうのを、ジョウチョがあるって言うんだろ」
「そうかも。学校で習ったの?」
「うん」
ゆるゆるとした会話と、のんびりとした歩調。少しだけ落ち着きを取り戻した私は何とはなく話しかける。
「遊真は知ってる? 桜の花びらのジンクス」
「じんくす?」
「こうやって散って落ちる花びらをね、地面につくまでに捕まえられたら、願いが叶うんだって」
今も目の前にひらひらと舞い落ちる花弁。片手は遊真と繋いだままだからと、空いた片手で花びらを追う。私のしようとしていることがわかったのか立ち止まった遊真。それに甘えて私も足を止め、片手で追いかけてみる。ひらり、ふわりと踊る花びらには触れることもできないまま、最後にはゆったりと散り落ちてしまった。
「意外とね、難しいんだよ。潰しちゃうとよくないらしいから余計に」
「ふーん」
遊真も、そこまで本気ではないのだろうゆったりとした動作で目の前の花びらを追う。それでもさすがというべきか、私より上手に花びらを追う遊真。片手とは言え指先が何度も掠めているようで、ひらり、はらりと激しく身を翻す花弁。それでも掴まれることのないまま、花びらは地面に落ちた。遊真は見届けてぽつりと呟く。
「願かけ、か?」
「あぁ、そうかも」
ジンクスは確かに願かけの一種なのかもしれない。自分の好物などを我慢する、いわゆる断ち物によって願いが叶うように祈ったり、自分に苦難を課し、それを乗り越えることで願いが叶うよう祈るもの。例えばおみくじの凶を引いた時に、利き手とは逆の手で結ぶことによって吉に転じるよう祈るような。
もう一度くらいは挑戦してみようかな。そう思いながら、いい塩梅で落ちてくる花弁はないだろうかと桜の木を見上げる。あれは少し遠いな、これは……近すぎてむしろ背中側へと舞ってしまいそう。そう当たりをつけていれば隣の遊真がふすりと笑うので、釣られて視線をやれば――また、甘ったるい遊真の笑顔。
「キレイ……というより、可愛いな」
「なにが?」
綺麗、なら夜桜のことだろうと納得できたのに、可愛いと言いなおした遊真。不思議に思っていると遊真の手が頬へと――通り抜けて、耳の後ろの髪をさらりと撫でる。どくり、弾んだ心臓。
私の心情なんて知らないのだろう遊真の指先が、梳くように私の髪を撫でた。すぅと離れたそこに摘ままれていたのは一枚の桜色の花弁。次から次へと舞い散る桜の花びらが髪の毛に絡んでいたらしい。
「……あ、ありがと」
心臓に悪いなぁ、なんて。私がどぎまぎしてしまったことだってお見通しだろうに、遊真は目を細めて優しく笑う。その余裕が悔しい反面、人前で見せるような快活な笑顔とは違う穏やかな微笑みに見惚れてしまうのだ。だってまるで、私だけの遊真の笑顔、みたいだから。
「これ、地面に落ちる前の花びらだろ? それなら、おれの願いは叶うってことか?」
「……ううん? どうだろ。ダメなような、いいような……?」
捕まえる、という言葉から推察するにこれはジンクスの内に入らないんじゃないだろうか。と、真面目に考えていたのに遊真ときたら。
「つまり、名前がいれば大丈夫ってことだな」
「へ?」
「おれの願いが叶うように、チャンスを捕まえておいてくれるってことだろ」
――そうだったら、いいなぁ。
心の内で零したつもりだったのだけど、耳の奥にある自分の声の残響で口にしていたのだと気づく。遊真はまた一層蕩けた笑顔を見せたかと思えば、その笑顔がゆったりと近づいて。目を閉じればそのまま唇が重なった。ふわりと柔らかい感触が押し付けられ、すぐに離れていって我に返る。
「……外、なのに」
「人がいなきゃいいんじゃなかったか?」
からかうような言葉なのに、吐息交じりに囁かれるそれは睦言のようだ。甘ったるい声にまた胸がぎゅうと苦しくなって、愛おしくてたまらなくなるのが悔しい。惚れた方の負けとは言うけれど、遊真相手に勝てた試しがないだろうと言うくらい負けっぱなしだ。
「……遊真」
「うん?」
「もういっかい、……」
しよう? と言うのをほんの少し躊躇った隙に、遊真はまたふわりと私の唇を掠めとっていった。ついさっき、その指先ではらはらと舞い落ちる花びらを翻弄したのと同じように。
舞うは桜と恋心
(空閑遊真と一緒に桜が見たいです)
(原作で高校に入学する空閑遊真が見たいです)