少年の心と冬の空
 暗闇。けれど常夜灯でほんのりと輪郭がわかる程度には明るい、夜の自室。
 唐突に現実へと戻ってきた意識では状況を理解しきれず、ぼうっとベッドを眺める。ベッド? ということは私、横を向いている……のか? そんな自分の身体の在り方すら曖昧なまどろみの中、ふわりと何かが胸元をくすぐる。首までをもしゃもしゃと撫でる、ほんのりと冷たく、ちくちくとしている何か。

「……おぉ?」

 響いた声は自分のものではないから、寝ぼけた頭では幻聴と区別すらできない。今は、夢? 私は夢の中で誰かと一緒に眠っているのだろうか。

「……ふむ」

 また、もぞりと何かが動く。もしゃもしゃとした感覚は、かゆいような、くすぐったいような。それが嫌で、私はそれ以上動かないようにと目の前のものを抱き込んで収めた。ふわふわ、もしゃもしゃしたそれを顎で押さえこめば僅かに訪れる安寧。あぁ、仄かな温もりが心地よくて、再び夢へと誘われていく。
 けれどそれも長くは続かなかった。もぞもぞと、また身体に違和感。わき腹あたりに挿し込まれた……腕? が、私の腰へと添えられればまた落ち着くので、ふぅと息をはく。

「……まだか?」

 何が、まだなのだろう。私は何かを求められているのだろうか。
 だんだんと、再び意識が揺らめいて心地よさにまどろむ。だって、温かいから。やわらかくて、ふわふわで、温かいものが私の腕の中にある。幸せだと思うのだ。不思議と湧きあがる愛おしさから抱き縋れば、くつくつと喉を鳴らしながら囁くように笑う声が聞こえて。

「意外と、起きないもんだな」

 甘ったるい声で、ぞわりと背筋が震えた。優しさを含んだ柔らかい声。あぁ、私は夢の中でも、彼にこんなに愛されているのか。

「けど」

 ぬるり、と何かが肌を這った感覚に、反射で身体がびくりと震えた。ふわりと通り抜ける風でつうと冷える肌に、意識が急激に引き戻される。気づけば、目の前には紅玉の双眸。

「あんまり危機感がないのは、どうかと思うぞ」

 にんまりと笑う遊真に、私は混乱しつつも現状把握に努めることにする。とりあえず、正確な時間はわからないが見る限りでは、まだ朝日の兆しすら感じられない夜更けらしい。自室には特に変化がないものの、目の前にはなぜか遊真の姿。というか、抱き枕みたいにすがりついていたのが遊真だったようだ。
 もしゃもしゃ、ふわふわとしたものは遊真の髪の毛だったのか。腰に添えられた手も間違いなくそこにあって、遊真もまた私に抱きすがっている。

「……珍しいね、起こすなんて」

 状況はおよそ理解したものの、一番不可解なのは遊真がそんなことをした理由だ。眠れない遊真と、眠らなければいけない私にはどうしても共有できない夜の時間がある。けれど遊真はそれを厭うこともせず、私が眠そうな素振りを見せれば眠るように促したし、一緒にいる間に私が眠ってしまっても決して起こすことはなかった。そしてそんな日は勝手に帰ってしまうくらい、私の眠りを妨げることなどなかったのに。

「そうか?」

 遊真は起こしたことに対して悪びれることもなくそう言ってのける。むしろ、まるで私が自然に起きただけで自分は何もしていない、くらいは言いそうな顔だ。
 けれどおそらく、今日のこれは意図的に私を起こそうとしたのだと思う。だってそもそも、遊真はいつ部屋にきたんだ? 寝る時、私は間違いなく一人でベッドに入った。だから私が眠った後にここに来ただろうことは間違いなくて、その上で見守るでもなくわざわざ布団にまで入ってきて、さらには――寝ぼけていたから定かではないが――肌をぺろりと舐めるイタズラなんてしてみせた遊真。普段の行動と比べても、意図的に起こそうとしたわけじゃない……とは、考えづらい。

「……まぁ、いいけどね」

 だから私は何も言わず、改めて遊真へとすがりつくことにした。抱き枕代わりになってもらおうじゃないか。そう思って擦り寄れば、遊真もまた私へと擦り寄ってくる。

「……だがこれ、あとで困らないか?」
「どうして?」
「おまえが寝たら、おれ、動けないだろ」
「……朝まで我慢してよ。そしたら、朝ご飯作ってあげるから」
「ふむ、それはいい」

 元々離れるつもりなんてなかっただろうに、遊真は私の提案を聞いて満足気に笑う。そして私がそうするより強く抱き締めてくれるものだから、せっかくの眠りを邪魔されてしまったことより、遊真が私を珍しく起こしたことに愛しさが募る。
 遊真が、一人の夜を寂しいと思ったならいいのに。だから、眠る私を起こすなんてワガママをみせたのなら、いいのにな。

少年の心と冬の空

(もっと私にねだって見せてよ)

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