「あ」
「お?」
私と遊真、互いに間抜けな一言を発して見つめあってしまった。ボーダー本部、その食堂内で遭遇するとは珍しいこともあるものだ。この辺りのボックス席は背もたれだけでなく観葉植物でも仕切られているから、よほど覗き込んだり様子を伺わなければ誰が座っているのかもわからないのに。
遊真はひらひらと手を振ってから自分の隣を指で示す。来いってことだろうと、私は素直にそちらへと歩み寄りながらも声をかける。
「おつかれさま。ランク戦終わり?」
「おう、かげうら先輩と」
答えながら遊真は、私が来た方向――つまりは、遊真の向かいの席を指差した。え? と思いつつ振り返れば、そこには頬杖をついて猫背だったからか見事に仕切りの影に収まっていたらしい影浦先輩の姿。ぎろり、と鋭い眼に見つめられて反射で背筋が伸びる。
「……お、疲れ様です」
「ケッ、やっぱり気づいてなかっただけか」
影浦先輩が気づいてなかった、と言うのはおそらく感情受信体質によるものだろう。いやまぁ、ボックス席にいる以上誰かがいるのかもとは思っても、それが影浦先輩だとは思ってなかった。ので、そりゃあ向ける感情がなかったのだろうし。
忙しい遊真に偶然会えた嬉しさはあれど、さすがにこの状況で遊真の隣へと座るのはいかがなものか。影浦先輩の前で恋人同士然りとする気にもなれず、とりあえずは机の脇に立ったまま頭を下げる。
「すみません、完全に影に隠れて見えてませんでした」
「……」
「あの、すみません怖いですマンティス飛んできそうで」
影浦先輩の眼力に、とりあえず正直に告白するばかり。こういう時に馬鹿正直になるのはおそらく遊真の影響だろう。嘘をついてもしょうがない。そんな相手と一緒にいるばかりに、いざという時ほど素直になるというのが根付いている。
そして、残念なことにそれが影浦先輩の気に障ったらしい。思い切り眉間にシワを寄せ、尖った歯を見せながら怒声を吐き捨てる。
「ぶった切られてーのかお前」
「とんでもないです申し訳ございません」
「ちがうぞ。今のはかげうら先輩なりの心配だ」
怒られたから謝ったのに、違うといって笑う遊真。今の、どの辺りに心配している要素があったの? すごく普通に罵られただけでは?
「悪い感情でも正直になれるのは悪いことじゃないが、全部正直に話すのも危ないぞっていうことだ」
「クガ、てめー勝手に代弁してんじゃねーよ」
影浦先輩の表情は相変わらず怖いし、普通に遊真のことを睨んでいる。ギザギザの歯も、どことなく声色が刺々しいのも正直怖い。とは言え、自分に向けられたそれらをことごとく受け流して飄々と笑う遊真を見る限り、本気で怒っている……と、いうわけではないのかもしれない?
「影浦先輩もわりと優しいんですか?」
「喧嘩売ってんのかてめー」
「あ、えっと、すみません調子乗りました」
やっぱ無理だわ。怖いわこの先輩。正直男の人にここまで敵意というか、怒ってます、って気配を向けられるのはどうしても怖い。それがきっと影浦先輩を不快にさせると思っていても怖いもんは怖い。
影浦先輩は慣れているのか、舌打ちをしつつため息をつく。
「ったく、イチャつくんなら俺は行くぞ」
のっそりと影浦先輩は腰を上げる。そのままどこかへ行こうとしてしまう姿に、さすがに申し訳なさが募った。私だって、遊真が影浦先輩と一緒にいるって最初からわかってたなら、軽く挨拶をするくらいで済ませたのに。
「ま、待ってください。私も、もう行きますから」
「あぁ? 俺がどこ行こうと関係ねーだろ」
「いや、そうなんですけど」
やっぱり凄い怖い。基本が喧嘩腰だから、その凄みに負けてしまいそう。それでも私はどうにか足を踏ん張って耐え、口を開く。
「遊真、影浦先輩と遊ぶの楽しいって言ってたので、その、邪魔したくなかったといいますか、そんな感じで……」
他の人ならいざ知らず、影浦先輩はそのサイドエフェクトからも取っつきにくいというのが本音だ。そして怖い。そう感じてしまう以上、影浦先輩からしたらそんな感情を向ける私が気に障るだろうことも想像がつく。
とはいえ遊真は影浦先輩と仲良しで、それは遊真が頻繁に影浦先輩とランク戦をして楽しんでいることからも明らかだ。だから私としては、彼氏の交友関係を邪魔してしまうような彼女には、できればなりたくないなぁと思ってしまう。
それなりに自分本位な意見ながらしどろもどろに話せば、影浦先輩は少しの間を置いてまた小さく舌打ちを重ねた。
「うぜぇぞ、クガ」
「すまん」
しかし、どうやら私ではなく遊真にもの言いたげな様子。別に遊真は何も言ってないのに。けれど遊真は遊真で何故か謝ってみせる。あれ、もしかして二人ともトリオン体の内部通信で内緒話でもしたんだろうか。
「しょうがねぇからもう一回八つ裂きにしてやるよ」
「ほう? それはどうかな」
影浦先輩は結局私に答えることはなかったけれど、私が邪魔をするつもりはなかったという気持ちを汲んでくれたのだろうか。だから、こうして遊真を誘って、そういう形で応えてくれたのだろうか。
誘われた遊真は不敵に笑いながらも、同じように席を立つ。
「それじゃあ、行くな」
「え、っと、大丈夫だったのかな?」
影浦先輩からハッキリと返事をもらえたわけじゃなかった不安から、こっそり遊真に伺えば、遊真はまたにんまりと笑う。
「さっきのなら大丈夫だ。たぶん、おれの彼女はカワイイだろっていうのが、かげうら先輩にばれただけだから」
……なに、を? と、聞き返す間もなく、先に歩き出していた影浦先輩がおせぇぞクガ! と怒声を飛ばす。遊真はうむ、と影浦先輩に軽く答えつつ、それじゃあな、と私に手を振ってそのまま歩いていった。二人の背中が並んで、なんだかじゃれ合うような様子を見せながらも、揃ってランク戦ロビーの方へと消えていく。
「……よかった、のかな?」
結局、影浦先輩に迷惑をかけるだけで終わってしまったような気がしないでもない。けど、二人がランク戦で遊んでくるのなら私としては結果オーライ、かな。影浦先輩と遊真、どっちが勝つんだろうなんて結果に思いを馳せながらも、私もようやくその場を後にした。
言葉にならない言葉の先に
空閑遊真のちょっとした感情の動き、影浦先輩ならわかるのかなと思うと羨ましい。