しとしとと降り続く雨は止みそうにない。
いつから降り出したんだろうか、と寝ぼけた頭で考える。確か寝る前は、特に雨が降っている気配はなかったはず。それが今はカーテンの向こうから雨音が聞こえてきている。
なんとなく目が覚めてしまったから身体を起こし、遮光カーテンをそっと捲る。それだけで微かだった雨音の気配は確かなものとなり、窓にも飛沫が飛んでいることからそれなりに激しい雨らしいこともわかった。明日は雨なのかな。そもそも今が日付を跨いでしまったのかどうかわからないけど。
ガチャン、と響く音。玄関の鍵が開けられた。
何の疑いもなく遊真だと思った。夜中に我が家の鍵を平気で開けられるのは、恋人である遊真くらいしかいない。眠れない遊真の夜の過ごし方に、一つでも選択肢を増やすべく渡した合鍵は案外その役目を果たしているようだ。
出迎えようと、私はどうにかぬくもりの誘惑を振り切って寝床から離れた。きっと遊真は私が起きているだなんて夢にも思わないだろう。たまには驚く遊真も見てみたい、なんて悪戯心から私は足音を忍ばせ、ついでに電気もつけないままに玄関へと忍び寄る。
遊真は部屋の中に入ってくる気配がない。あげく、何やらびちゃびちゃと水音。靴が濡れてしまったんだろうか。だとしたら早めにタオルを用意しなければ。そう考えながらも勢いのままに私は玄関へと続く扉を開け、すぐさま照明のスイッチを入れる。
「おぉ、びっくりした」
――目の前に、上半身の肌を晒している遊真。
「え、な、なに、ちょっと!?」
「どうした?」
「どうしたじゃなくて! なんでそんなとこで脱いでるの!!」
詰めよれば、遊真はそっと口元に人差し指をあてる。静かに、のポーズだ。動揺した私が大声を出したのを咎めたのだろうけど、ものすごく腑に落ちない。とは言え遊真があまりに照れもなくそこに佇んでいるものだから、騒ぎ立てる方がダメな気がしてきてぐっと耐える。
「……と、とりあえずタオル持ってくればいい?」
「うむ、助かる」
驚かせるつもりが逆に驚かされてしまった。私は渋々と踝を返し、タオルを持ってから玄関へと再び戻る。遊真は変わらず上裸のままで、なるほど、どうやら雨に濡れてしまった上着一式の雨水を絞るべく脱いでいたようだ。
「……そんなに雨酷いの?」
「通り雨かと思ったし、家までもうちょっとだったからな。油断した」
髪からもぽたりと雫を落とした遊真の頭に、私はそっとタオルを被せる。そのまま優しく髪をかき上げるようにすれば、じわじわと湿ってくるタオル。遊真は髪の毛を私に預けたまま、手元の上着をもう一度絞った。ぽた、ぽた、と数滴の雫が落ちる音。おおよそ絞り終えた上着を、遊真は玄関の脇にそっと置く。
「さて、あとは下か」
「え、脱ぐの?」
「このまま上がると部屋が濡れるだろ」
「いいから、せめて脱衣所にいって!」
ふむ、と不思議そうな表情を浮かべた遊真を急かして、とりあえずは脱衣所へ。シャワーを浴びるよう勧めたけど、遊真は首を横に振る。夜に大きな声を出すのは、洗濯機を回したりお風呂に入るのは近所迷惑になる、と日頃私が言ってることを気にしているのだろうか。とはいえ、こういう時は仕方ないだろう。どうにか遊真を言い含めて脱衣所を出れば、少ししてシャワーの音が聞こえてきたので、私はほっと胸を撫で下ろす。
遊真の濡らした足跡を拭きつつ、玄関に置き去られていた上着も回収。遊真の着替えが家にあってよかった。これと同様濡れてしまったズボンは明日洗濯して、また家においておくことにしよう。
少しして、シャワーの音が止まった。洗い流すだけでそう時間もかからなかったのだろう。脱衣所でごとごとと物音がして、あっという間にさっぱりした様子の遊真が出てくる。
「ふぅ、すまなかった」
「別に構わないけど、さぁ……」
うん? と不思議そうに首を傾げる遊真。ふとした瞬間、さっき見てしまった上半身裸の姿と目の前の遊真が重なってしまって、なんとも言えない気持ちになるのだ。だから私はさっき言えなかった文句を引きずらないよう、正直な気持ちのまま遊真を伺う。
「……人前で堂々と脱ぐのはどうかと思う」
「ん? さすがに人前じゃ脱がないよ。恥ずかしいだろ」
むぅと唇を尖らせた遊真。恥ずかしいとか、今の遊真が言うのか、それ。
「さっきは全然恥ずかしそうに見えなかったけど」
私も負けじと言い返せば、遊真は平然とした表情で口を開く。
「彼女なんだから、別に見られたっていいだろ」
ぐ、と口ごもってしまった時点で私の負けだ。彼女であっても恥じらいを持てくらいは言ってもいいのかもしれないけど、それよりは嬉しさが勝ってしまった。だってなんか――彼女の特権、みたいな。
「……なに照れてるんだ?」
「う、うるさい」
彼氏の上裸が見られたのは彼女の特権、なんてそんなの恥ずかしすぎる。それなのに一瞬でも頭を過ぎってしまったからか、繰り返し思い出す遊真の肌。ダメだ、こんなの脳裏に焼き付いて離れなくなってしまう。
「ふむ、さてはおれのハダカを思い出しているな?」
「えっ!?」
カマをかけたつもりか、それとも本当に私の挙動で推測したのか。どちらにせよ図星のそれに、私は動揺を隠すことができなかった。見届けた遊真は、にんまりと悪戯な笑みを浮かべる。
「なるほど。えっちだな、名前は」
「や、やめてよ、もう!」
恥ずかしくてしょうがなくて、私は遊真から目を逸らすのがやっとだ。とはいえ私の家、逃げる場所などあるはずもない。視界の端にちらりと見える遊真は満面の笑顔で、私の頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「大丈夫、かわいいぞ」
全然フォローになってない。そもそも何が可愛いっていうんだ、えっちなのが可愛いのか照れてるのが可愛いのか。そもそもえっちって言われたのも照れる羽目になったのも遊真が人の家に上がるや否や服を脱いでしまったからで……。そう募る文句を飲み込むしかできなかった。だって、もう、全部遊真が悪いんだから!
ステージ「真夜中の自宅」、天候「雨」
(いつだって空閑遊真に軍配が上がる)