瞼越しに感じるのはまっしろで、だけど、あたたかい光。今日もいい天気だ。温もりに包まれて再び眠ってしまいそうに。
ふ、と軽くなる肩に瞳を開けた。
隣を見れば同じ様に目を覚ましたらしい彼女が眠たげに瞼を擦っている。彼女は、おれが見ていることに気づくと照れくさそうにふすりと笑って。伸ばされた細くしろい腕は、視界に映るおれの黒い髪と比べればより一層に映える。
一度、二度。甘んじて撫でられていればそっと温もりが離れていく。首を傾げる彼女に、一言。
「おはよう」
笑顔を見せてから立ち上がれば彼女も続いた。後ろには古びた石で出来た二人掛けのソファ。不思議なものだ。寝ていた身体はどこもおかしくないのだから。
おれはずっと夢を見ている。何度も、繰り返し、覚めない夢を。
「行こうか」
声をかけて手を伸ばせば、彼女はふんわりと笑った。おれの差し出した手をためらいもなく取り、おれが行く先を決めるのを待っている。
彼女は、しろい人だった。目映いしろではなく、例えるなら太陽のように、仄かに温かいきいろが混ざったような、しろ。純潔孤高ではなく他を――おれを、受け入れて包んでくれるような柔らかさをもった人。
おれは彼女と共に夢の中で旅をしている。箱庭のように外から切り離された世界では、人間はおれと彼女だけ。だからいつも一緒にのんびりと過ごし、くたびれたら石のソファで眠る、そんな毎日を繰り返している。
昨日までは、古城の中をさまよっていた。誰かが住んでいたのかも怪しい、物語に現れるような広々とした城。二人で手を繋ぎ、時には離れ、行ける所を探してさまよい歩いた。
石造りの螺旋階段。跳ね橋。レバーを引けば歯車が周り、キリキリと昇降機を動かす。時には少し乱暴に、石橋を崩してみたりもした。
彼女はおれのやることに一つとして文句を言わなかった。破壊行為に等しいことをするおれを見ても笑うだけ。城の住人ではないのだろう。聞いても、わからないけれど。
そうやって辿り付いた中庭で眠っていたことを思い出す。周りは城壁に包まれているものの、抜けた天井から陽の光が降り注ぐからとても暖かい。だからだろうか、石畳の隙間にはぽつぽつと緑の草が姿を見せていて。
視界に捉えた扉は二つ。一方の扉は中途半端に開いていて、そっちから来たことを思い出した。それならもう一つの扉の向こうへ。これまでの記憶と照らし合わせて結論付けたおれは、古城と同じく石造りの扉へと手をつく。すぐ隣に、彼女のしろい手。薄汚れた灰色が僅かにしろい色を宿して左右へと割れていく。
隙間に、白い直線。光が差し込むのと同時に耳を擽ったのは水の音のような。重い扉が地面を擦る音に負けないくらいの激しい音。
開いた正面に見えたのは、真っ青な空と海の境界線だった。水平線から想像すると、どうやらこの城はずいぶんと高い崖の上にあるらしい。右手には水路が見えて、流れが海へと向かっていく。さっきより勢いを増した水音はつまり、海へと落ちる滝の音なのか。
左手には海を臨むように風車が佇んでいた。彼女がぼうっと風車を見上げているから、最初にそっちへ行こうと歩き出す。石造りの基礎のたもとには大きな池。きっと地下から真水を汲みあげて城へと流し、巡った最後に海へと還しているんだろうな。
ふと、彼女の手がするりと抜けた。どうしたのかと見れば、小走りに駆けていく彼女の背中。あぁ、なるほど。その先、芝生の上でちょこちょこと飛び跳ねる白い鳥の姿に合点がいく。
近寄りすぎず、彼女は草の上へ座り込んだ。頬杖をついた腕と背中しか見えないけど、きっとゆるやかに笑って鳥を眺めているんだろう。芝生を啄ばみ、傍の泉で水を飲む姿を。
人間はいないのに――それとも、いないからか。ここには自然もあって、少しだけ生き物もいる。古城の中では鼠が駆けていたし、隅で蜘蛛が巣を張ったりしていた。どちらも、彼女は怖がっていたけど。
「なぁ、少し待っててよ」
声をかければ、彼女がくるりと振り向く。立ち上がろうとしたので、待てのつもりで開いた手のひらを彼女に向けた。理解したのだろう。にこりと笑った彼女は再び鳥へと視線を戻す。
おれは彼女をそのままに、風車へと登ることにした。扉があっただろう部分は少し崩れているものの、中ではきちんと風車の役目を果たしている。隙間から身体を忍ばせて入れば、すぐ脇に吊り下がった木のはしご。手をかければ軋んだ音がしたけど、もうちょっとは耐えられそうだ。足をかけて登りはじめればパラパラと木の欠片が零れていく音も加わって。せめておれが登りきるまではもってくれ。
そうして登りきった先には少しの足場と扉。開けようとしたらがこん、と嫌な音がして扉が外れてしまった。まぁ、いいか。
出た先は風車の裏側だった。また脇に梯子があったので登れば、ようやく風車の天辺へ辿り着く。目の前でゆったり回る風車の羽が、繰り返し視界に映る空と海を遮って。これほど水平線が遠いのだから、さぞここは大きな星なのだろう、と考えた頭を振り払う。考えてもしょうがない。ここは、夢なのだから。
突如、激しい羽音が響いた。白い鳥が青空へ飛び立っていく。
悟って下を覗き見れば、へたりこんだ彼女がいた。向かいに立つのは、しろい影。またあいつか。
おれは風車の羽を越えて、ふもとの泉へと飛び込んだ。深さがあるのはさっき確認済み。落ちた衝撃を包んでくれた水をかきわけて、急いで縁へと手をかけ泉からあがる。
彼女との旅路では、度々あれに出会ってしまうのだ。そのしろさは彼女とは違う、冷たい、他を寄せ付けない孤高のしろ。輪郭しかわからないけれど、おれと似た背丈をしていて何となく嫌悪感がある。恐らく顔である部分に紅い光を宿しているから、なおさら。
駆け寄って、彼女の手を引いて背後へと隠した。しろい影はただそこにある。動かず睨み続ければ、紅い光がじわりとゆらめいて、ふ、と消えた。しろい影と一緒に。
「……大丈夫か?」
振り返って伺えば、彼女は困ったように笑った。繋いだ手をぎゅうと握って、はくはくと唇が何かを象って閉じる。多分、ありがとうと言っているのだと思う。口の動きは何回見ても、ありがとう、とは程遠いのだけど。
安心したからだろうか、堪え切れずあくびをひとつ。しろい影に出会った後は、どうにも眠くなってしまう気がするな。生理的に浮かんだ涙を拭っていると、彼女はくいと繋いだ手を引いて、海を指差した。
しかしよく見ると、指差しているのは青い背景にぽつりと浮かぶ、崖際に置かれた石のソファだった。おれが気づいたとわかったのか、彼女は腕を下ろす。休もうということだろうか。一歩踏み出せばついて来るから、彼女の意思に甘えようと真っ直ぐにソファへ。
座ってみても石の硬さをあまり感じないのは、夢の中だからだろうか。おかしいな、たまに痛みは感じるのに、夢は覚める気配をみせない。
途端に、どっと瞼が重くなった。眠りに誘われているようだ。気だるさのままに身体をソファへと預ければ、彼女はソファに背中を預けながらも頭をこてりとおれの肩に乗せる。既に瞳は閉じられていて、一緒に眠るつもりらしい。だからおれも彼女に少しだけ自分の頭を預けて、寄り添ったまま瞼を下ろす。透けた陽の光が眩しいのに、不思議と意識は眠りへと沈んでいく。
続く、おれの夢。その後に彼女も続く。
そんなある日――と、呼ぶのが正しいのかどうかはわからないが、いつも通り目が覚めた時。
今日は固く閉ざされた城門の傍で眠っていた。外界とを隔てる扉を開ける気はあんまりなくて、鳥と戯れ陽の光を浴びて笑う彼女を眺めながら過ごした後に眠ったことを思い出す。
たゆたう意識を弄ぶおれの隣で、飛び跳ねるように彼女が立ち上がった。いつもならゆっくりと起き上がるのに、どうしたのだろうか。見上げても視線は遠くに向いていて、何に驚いたのか確かめようと視線の先を追う。
――扉が、開いていく。
背丈の何倍もあるだろう大きな石の扉がゆっくりと左右へ割れ、向こうの景色を晒した――はずだ。見えるのはただ、白い光。他には何もないのに、まるで行けとでも言うようにずるずると石橋が伸びていく。生えていくようなそれは何で支えられているのだろう。その身を光の壁へと差し込んで止まった。
新たにできた道。どちらにせよ行けるなら行ってみようか。そう思っておれも立ち上がれば、草を踏みしめる音に気づいたのか彼女が振り向いた。不安そうな顔。手を取ってみるけど変わらない表情でおれを見つめる。
「行くか?」
彼女は眉尻を下げたまま悲しそうに笑う。嫌ならやめた方がいいのだろうか。少しだけ迷ったのは多分、彼女を置いていく選択肢が無かったからだ。
おれの傍には必ず彼女がいた。いつでも近くにいて、呼べば駆け寄り、手を差し出せば繋いでくれた。陽だまりのように笑い、時には無邪気に生き物と戯れて。眠る時はおれに身を預け、起きればおれの髪を整えるように撫でてくれる、優しくてあたたかい人。
彼女の温もりを手放すつもりは到底なかったのだ。放っておいたら今度こそ、しろい影のあいつが何か悪さをするかもしれない。だから、彼女が行かないのなら、行きたくないのならおれも。
けれど、彼女はゆっくりと首を横に振った。まるでおれの考えを見透かしているように。彼女が行きたくないのは多分間違いなくて、でも行かないのは駄目らしい。彼女は泣きそうな笑顔のまま、光の壁を指差す。
行けということだろう。彼女は本当にそれでいいのだろうか。自然と首は傾き伺うようになってしまったが、彼女はしっかりとした意志をもって首を縦に振る。それなら、仕方ない。
「行くぞ」
彼女の手を引いて歩き出す。けれど城門から一歩足を踏み出した途端に、繋いでいた腕がぴんと張った。まさか引きとめられたわけではあるまいと振り向けば、辛そうな彼女。足取りは重く、表情にはありありと苦しさが滲んでいる。それでも彼女は足を止める気配はない。懸命に、ついてこようとしている。
だからおれはいつもより何倍もの時間をかけて歩いた。一歩踏み出すまでに二回呼吸をしてしまうくらい、ゆっくりと。繋いだ手を離さないようにしっかりと握り締めたまま。彼女がついてくる気配を背中に受けて静かに石橋を渡る。
ようやく辿り付いた光の壁の前。彼女は大丈夫だろうか、立ち止まると同時に繋いでいた手がすり抜けて。振り返れば目の前で、辛そうに、悲しそうに、それでも笑った彼女がふらふらと手を揺らす。
「――――」
聞き慣れない言葉。呟いた彼女は優しくおれの身体を押した。大した力ではないはずなのに、おれは身を任せて光の壁へと落ちる。そう、落ちていく。光の壁を抜けた先は闇だった。足場が無くなって全身が浮く感覚はきっと、堕ちているのだろう。
あぁ、これが夢の終わりなのだと悟る。彼女が手を振って告げた音は、きっと、さよならだ。
見上げれば、しろい影のあいつも堕ちてきていた。手のようなものを伸ばす姿。助けてくれるとでもいうのか、それとも逃がすまいとしているのだろうか。堕ちるだけのおれにはどちらでもいい。伸ばされた影に応えるように左手を伸ばす。
触れた瞬間、脳に流れ込んでくる映像は――おれの記憶だった。
あぁそうだ。おれは死にかけた。死ぬと思った。けれど、親父がおれを助けたのだ。おれの肉体をブラックトリガーに封じて、代わる身体をトリオンで作り、魂を移した。そうだ、おれの空っぽの身体はトリガーに閉じ込められていたはずだ。今にも死にそうなまま。
考える間もなく、頭の中に次々と流れていく映像。度々映る、白い髪のおれ。あれがきっと向こうにいたおれだ。
おれがこれまで見ていた夢と、おれが夢を見続けている間にずっと起きていたもう一人のおれの記憶が合わさる。そうだ、トリオン体のおれは一睡もしなかった。だからきっとその分も、おれの脳みそはずっと眠って夢を見ていたのだ。
ぱちり、まばたきをした。いつの間にかしろいおれの影は消えていて、手を繋いだ先には身体を透けさせた彼女がいる。悲しそうな笑顔。しろい手がおれの左頬に伸びて視界から消える。あぁそうか、おれは左目を撃ち抜かれていたんだった。
左手を繋いでいるからと無意識に伸ばそうとした手は動かず、右腕がなかったことも思い出す。これが現実だ。おれは右手と左足を失い、左目も失った肉体を取り戻して堕ちていく。
「お前……ずっと、おれを……守ってくれて、いた、んだな」
通じたのか定かではないが、彼女は笑った。同時に、細められた目尻から雫が溢れる。まるでその涙が彼女の色という色を吸い込んでいくように姿が薄くなっていく。堕ちれば堕ちるほど、彼女を形作る光が今にも消えそうになっていって。寂しい。けれど同じ速度で、おれの意識も遠のいていく。
おれは最後の力を振り絞って、せめて、これだけは届くようにと声を振り絞った。
「あり、がと」
届いてほしい。いや、きっと届いた。だって彼女はいつもと変わらない陽だまりの笑顔を見せてくれたから。
彼女が消えたのか、それともおれの意識が堕ちたのか。どちらが先だったのか、今となっては確かめることもできない。
けれど、おれと彼女は共に沈んだのだろう。まるでいつものソファに腰掛けて、眠りに堕ちる時と同じように。
(某ゲームのオマージュに気づいた方は握手)