※遊真の秘密を知らないボーダー同僚
「トリオン体って便利だよねぇ」
「ほう?」
ボーダーからの帰り道、遊真の背中におぶわれながら呟く。遊真は少しだけ背中を――私を――振り返って。けれどすぐに、ふいと前を向いて歩き出してしまった。聞き流されたかとぼんやりした思考の中から次の話題を探していると、少しだけくぐもった声が聞こえた、ような。
「何か言った?」
尋ねれば、遊真はまた少しだけ顔をこちらに向ける。「続きは、って聞いた」と端的な返事。なるほど、背中にいる私には前を向いて歩く遊真の言葉は聞き取りづらいんだなぁ。なんてのんびりした思考のまま、私はさっき零しかけた言葉を改めて拾い上げて話を続ける。
「いやまぁ、捻挫してても戦えるんだなっていう」
「だから今おれがおぶってるんだけどな」
「ほんと申し訳ない」
「別にいいよ」
捻挫はまぁ、痛いと言えば痛いし平気と言えば平気。固定具もつけてもらってるし、包帯ぐるぐる巻きだし、引きずれば歩けないことはない。っていうか実際に学校では歩いてたし。松葉杖ありきだったけど。
私が今こうして遊真におぶってもらっているのはつまり、この捻挫が原因だ。捻挫自体は決してボーダー関係なく、単に数日前の体育の授業でちょっと馬鹿をやっちゃった結果ってだけ。それでまぁ、別にトリオン体なら関係ないしと予定通りに防衛任務に向かうつもりで……これまたさらに馬鹿な話なんだけど、遅刻しかけた。
しかけた、ということで最終的には遅刻を回避した。どうやってと言うと……学校から、トリオン体換装で直接。現着を報告するのと同時に鬼怒田さんにちょこーっと怒られたのも一応言っておく。いやでも、ギリギリ私的使用じゃなくない? 防衛任務という市民を守るために使ったんだし?
「それ、きぬたさんに言ったか?」
「当然怒られたよね」
「だろうな」
そうして無事に防衛任務が終わった後。冷静に考えたら、この足引きずりながら帰るの大変じゃん。松葉杖学校に置いてきたし、この時間じゃ学校閉まってるし。ボーダーの医務室にも行ったけど、運悪く松葉杖が全部貸し出し中とのこと。嘆いていたら通りがかった遊真が、帰るついでに玉狛に連れてってくれると申し出てくれたのだ。帰る方角としても近いし、玉狛にも松葉杖があるかもしれないし。と、いうことでこうして背負われているわけで。まったく、怪我した身体は不便が多い。
「本人がどうなっててもトリオン体なら健康体なんだから、やっぱり便利だよねぇ」
「ふむ?」
「鬼怒田さんとかには自分を守る戦い方をしろって言われるんだけどさ。トリオン体なんだから、やっぱり守るより戦う方法を考えた方がトリオンの有効活用なんじゃないかなって」
「そうだな」
おれも、そう思う。くぐもった音だったけど、私の聞き間違いでなければ遊真は確かにそう答えた。予想通りの返事だったことに少しだけ安堵。
「やっぱそうだよねぇ」
「うん?」
「遊真のランク戦とか見てると、本当に、死ぬまで戦うっていう感じだからさ」
遊真――玉狛第二――のデビュー戦は今でも印象深い。会場での解説が三雲くん、つまりは玉狛第二の隊長だったのだから。隊長の指示なしで初戦なんて度胸あるなぁ、なんて思ってたら、開始早々に度肝を抜かれたのだから忘れろって方が無理だろう。本当に入隊したばかりかと疑うような遊真の洗練された動きに、大砲と呼ばれるほどの威力で放たれる千佳ちゃんの一撃。いやもう部隊自体が凄かったのだけど、遊真の本領はそれ以降にあったように思う。
対諏訪・荒船隊戦。穂刈先輩の一撃で片腕をやられたのにも関わらず、体制を整えるわけでも引くわけでもない、ただ目の前の一点のためだけにフェイントをかけて倒しきった遊真。対那須・鈴鳴第一戦でも自分のトリオン体を道具として使ってみせたし。茜ちゃんを騙すそのためだけに、動かなくなっていたとはいえ遊真は自らの四肢をためらいなく使ったのだから。
「あと、対二宮・影浦・東隊戦。千佳ちゃんを逃がすためにグラスホッパー使ったの」
「そういう作戦だからな」
作戦? と思わずオウム返ししたら、山彦のように作戦、と返された。さすがに部隊の作戦を聞いちゃうのはまずいからと一度黙って、私は主題に立ち戻ろうと言葉を探す。けれどその前に、遊真がでも、と反論の一言。
「たぶん勘違いしてるよ」
「え?」
「おれは確かに相手を殺すまでは戦うつもりでいるけど、それは簡単に逃げられるからだ」
「……うん?」
「生き残ることも計算の内だってこと」
生き残る、こと。その言葉の重さがなんだか私と噛み合っていないような気がして黙ってしまうと、遊真は静かに呟くのだ。
「死んだら、トリオン体だって作れないんだぞ」
――身代わり。私には遊真の言うトリオン体がそうという意味にしか聞こえなかった。生きているからこそ、いくらでも身代わりが作れるのだ。戦うための、誰かを守るための、そうして生き残るための。
「……遊真の言葉って、時々凄い重い」
「ふぅん?」
「私みたいなのと話してて呆れないの?」
「別に」
遊真の言葉に混じる妙な真剣さ。同じようにボーダーで戦っているはずなのに、遊真の言葉には私の知らない重さがあって、少し怖くなる。誤魔化している、誤魔化されている何かを改めて目の前に突きつけられるような、そんな感じの。
「……そろそろ疲れてきた? 少しなら歩けるよ」
「平気だよ。玉狛ももうすぐだ」
遠目にも特徴的な玉狛支部の建物が見えてきた。これで松葉杖がなかったら、今日は頑張って歩いて帰るしかないなぁ。明日は頑張って学校にまでは行かないと。なんて、まるでさっきまでのやり取りなんてなかったかのように現実逃避の思考がふわふわと浮いていく。
だから私は気づくのだ。遊真の言葉を『重い』と感じる、その意味に。
「生きてるから、重いのかぁ」
遊真のは地に足が着いた言葉だ。私みたいにふわふわと、吹けば飛ぶような軽い考えから発されたのではないだろう言葉。言い換えればきっと、遊真が何かを経験したから、知っているからこそ言葉にできるのだろう。重くて、だからしっかりと響いてくる言葉はきっと生きている。
「それなら、おまえだって重いから大丈夫だぞ」
その重い、はまた違う意味に聞こえるなぁ。女の子に重いは失礼だよと咎めれば、意味が通じたのかどうかはわからないが、けらけらと笑う遊真。どうせならもっと重くしてやろうと、私は遊真の首を締めるようにしがみついてやったのだ。
生きてる身代わり、死ぬ代わり
(空閑遊真の割り切った生き方に憧れる)