人生というものは、沢山の可能性の中から何かを選択し続けることによって決まる道筋だと思う。あの時あぁすればよかった、なんて後悔はいくつもあって、だからこそ末来の可能性を切望するのだ。次こそは、そんないつかが訪れる時まではと、頑張って歩き続けるしかないから。まぁ、今回の私のようにそう訪れた折角のチャンスをまた棒に振ってしまって、後悔を積み重ねてしまうパターンもあるのだけど。けれど後悔するのも悲しいのも私だから、選択した自分、そう行動した自分の結果として受け入れるしかないともわかってはいるつもりだ。
けれど、悠一は違う。……いや、私はそう思っていないのだけど、少なくとも悠一自身は違うと思っているらしい。なぜなら悠一には、末来が視えるから。
詳しい事情は教えてはもらえないけれど、悠一のそれはおよそ未来予知に近いものらしい。そうなるであろう未来を視ることができて、けれど予知と言えるほど確実なものではないという。あくまで未来の可能性が視えるだけで、確定するかどうかは様々な要因によって決まるらしい。だから悠一は、見過ごせない未来を回避するために暗躍しているのだと言っていた。
平凡な一般市民である私は、ボーダーの仕組みや戦いについてもあまり詳しくは教えてもらえない。だって、機密事項だから。例えば、警察官だとか自衛隊の人を恋人に持つと、場合によっては何日かかるかも知ることのできない任務に送り出す時もあるらしい。日程どころか向かう場所すらも機密事項だから、いつ、どこから帰ってくるかもわからない恋人を待つだけなのだとか。大変そうだなぁと他人事のように話を聞いていたのに、まさか自分が同じような恋人を持つことになるなんて夢にも思わなかった。
さらに、悠一の未来予知――正確にはそれで視えたもの――もまた機密事項であることが多い。例えば、昨年の冬頃から度々デート中に瞳を瞬かせては妙な表情を浮かべていた悠一。どうやらその頃にはもうポツポツと、市街地にいるはずの人々がネイバーに襲われる未来を視ていたらしい。そう、ついこの間起きた第二次大規模侵攻によって引き起こされる未来の可能性を悠一は視ていたのだ。だから、どういう未来を視たとしても私に簡単に話せるものではない。一般市民に情報漏えいさせるような真似を恋人にさせるわけにもいかないだろう。
だからたまに、私がボーダー隊員だったらよかったのだろうかと思う時がある。少なくとも今よりは、悠一と秘密を共有できていたのかもしれない。そうしたら今よりもっと、何かができていたのかもしれないのに、なんて考えるのは思い上がりだろうか。
まぁ、無いもの強請りをしたところでしょうがない。ただの会社員である私にできる恋人らしいことと言えば、できるだけ悠一を労わることと、悠一の仕事の邪魔をしないことだと、私は考えている。
*
昼休みの鐘が鳴った。パソコンから目を離し、深くため息を吐き出す。同僚の誘いを断って、自分のデスクで昼食を広げつつ鞄から携帯を取り出した。通知はニュース関係のものばかり。適当に流し読みしながらもお昼を食べはじめる。
悠一も、今頃はお昼を食べているのだろうか。一人かな、仲間と一緒だろうか。それとも任務の途中だったりして、まだそれどころではないのかも。
そう思えば、メッセージ一つ送ることさえ躊躇してしまうのだ。日々暗躍しているらしい悠一に対して、私がする行動はどんな障害になってしまうのだろうかが、怖いから。悠一は決まった未来が視えるわけではなく、けれど、視えた未来を回避できるとも限らないと言っていた。それなら、暗躍している最中に私の送ったメッセージの着信音が邪魔をしてしまったら? そのくらいは大丈夫だと悠一は言ってくれる。だから悠一なら危険な状況を回避できるのかもと思う反面、たまに読み逃すんだ、なんて困ったように笑っていたことを思えば指が重くなるのだ。私のメッセージがその“たまに”になってしまったらと思うと、どうしても後一歩が踏み出せない。
会いにきてくれて嬉しかった。そんなありきたりな昨日のお礼ですら言えない私は、悠一の恋人でいていいのだろうか。
結局葛藤を繰り返して、私は送りかけたメッセージを削除した。我ながら臆病者だ。実力派エリートだからと笑ってみせて、暗に大丈夫だと伝えようとしてくれる悠一を私は信じきれていない。ダメだなぁ、とため息をついて携帯をカバンへとしまう、直前。
――鳴り響く、着信音。
慌てて画面を見れば、電話ではなくメッセージの受信だった。開けば、昨日はありがとう、から始まってまた時間がありそうな時には誘うから、で終わる簡潔な、それでいて嬉しい言葉。
「……優しい、なぁ」
ありがとうと言うのは私の方だ。悠一だって忙しい合間を縫って、しかも私の都合まで加味した上で会いに来てくれたのだから。
もしかして、悠一にはこの未来が視えていたのかもしれない。事情はわからなくとも携帯を見てため息をつく、そんな私の姿を予知していたのかもしれないのだ。だから私は、ようやくまた小さな一歩を踏み出す。
『こちらこそ、昨日はありがとう。おいしかったからまた行きたいね。それと、たまには泊まってくれると嬉しいな』
勢いのまま、文面を精査することもなく送信ボタン。だって見直したら、やっぱりこれは言わないでおこうとか、もっとこういう言い方にしようとか、悩んで、最後にはまた送るのをやめてしまいそうだったから。
昼休みが終わってしまうからと、私は今度こそ携帯をカバンにしまった。メッセージをくれた今なら悠一が携帯を弄れるくらいの余裕があるのだろうし、私のメッセージを受信したところで問題もないだろう。けれど、これからはもう違う。私が仕事に戻るのと同じように、悠一だって任務に戻るだろうから。
それでも、頑張って素直なままを伝えられた自分に今日はちょっとした贅沢を許してしまおうか。そんな上向きな気分で、私は終業時間までの仕事にとりかかった。
*
「……悠一?」
「……えーと、うん、おつかれさま」
二日続けて、ということはこれまでになかった。それこそ、十八日も時間が空いてしまうことだってあったのだから。思わず見間違いかと昨日と同じ正面玄関に佇む姿を凝視し、けれど確信を持ったから名前を呼ぶ。悠一も悠一でなんだか居心地が悪そうに、恥ずかしそうにしながらも私へと向き直った。
「……昨日の今日で、とは思ったんだけどさ。迷惑だった?」
はにかんだような笑顔に、つられて私まで照れ臭くなってしまう。いつもの私だったら、ボーダーの方は大丈夫なのかとか、つい水を差してしまっていたかもしれない。今だって心配がないわけではなかったけど、目の前にあるとろけた悠一の笑顔を曇らせたくはなくて堪えた。
「まさか。……嬉しいよ」
そうして素直な気持ちを伝えれば、悠一はいつものようにするりと私の指先を絡めとる。
「……あと、これもさっそくで悪いんだけど、さ」
悠一はもう一方の手を所在なさげにベルトポーチへと置いた。身軽な悠一はいつも、手ぶらなように見えて最低限の荷物をそこにいれている。けれど今日はどことなく、ポーチがふっくらとしているような。
「よければ、今日は泊めてくれないかな」
照れているのだろう。珍しく視線は泳ぎ、ちらちらと私を伺う悠一は奥歯を噛み締めて笑うのを堪えている。きっと恥ずかしいのと同じくらい、期待もしているような、そんな顔。
「……もちろん、いいよ」
答えれば、悠一はいよいよ枷が外れたように頬を緩ませた。今日はどうしたのだろう。こんなにも機嫌がいい悠一を見るのは久しぶりだ。