花よりキミと、
 風が強い。春一番なんて言葉もあるように、春先はどうにもそんな日が多く感じる。
 そもそもの発端は、最近遊真と防衛任務での混成部隊の時くらいしか会っていないのでは? という疑惑が浮上したことだった。玉狛支部所属の遊真と本部所属の私。日中も学校で会うことなんて早々ない。しびれを切らした私がいよいよ、たまには一緒に過ごそう、と提案したのだ。
 しかし私が安直だった。外出するほどの予定はさすがに気が引けて、本部で会うのは人が多いから却下。そうして、候補に上がったのは遊真のいる玉狛支部。もしかして屋上からなら、咲き始めの桜が見られるのでは? そう思っていざ、玉狛支部の屋上へとやってきて、屋上の縁に腰かけてみれば――つまり、風が強いのは今この場でも同様であり。

「……見えない」
「うむ、風が強いな」

 ひゅうひゅうと吹き付ける風。目というのは乾燥に弱いので、風が吹きつけると普通には目を開けていられない。まぁさすがに冬ではないので「寒い!」とはならないが。それにしても、落ち着く時がない。

「う〜、髪が邪魔……痛い……」
「あ、あそこにも桜があったぞ」
「見えないよ〜」

 薄目でどうにか隣を伺えば、遊真はわりと平気そうだ。指さす先を見て、続けてまたあそこにも、と見つけては楽しそうにしている。その先を追いかければ確かに、薄っすらとピンク色が見えるような。
 けれど私はそれどころじゃない。風で乾いたからか、それとも勢いで髪でも入ったのか、涙で滲んで視界がぼやけるばかり。うぅ、風除けがほしい。

「遊真、なんでそんな平気なの?」
「トリオン体だからじゃないか?」
「……あ〜、なるほど」

 私は懐からトリガーを取り出して、さっさと換装を済ませる。うん、確かに多少はマシになった。

「いいのか、トリガー使って」
「え、支部ならいいでしょ?」
「おれは訓練室の中でしか使ったことないぞ」
「……大丈夫だよたぶん」

 基本、私的なトリガー使用は禁止。とは言えボーダー本部内では普通にトリガー使ってるし換装してるわけで。本部の中も支部の中も変わらないでしょ、と言い訳しつつ。
 ともかく換装をしたことでだいぶ視界がクリアになった。トリオン体って基本的に生身の身体と変わらないんだけど、こういうところに違いが出るんだよね。痛覚を弄ったりするのと同じで、なんとなく外部からの直接的な刺激に鈍くなるというか、なんというか。

「はぁ、やっと桜が見えた」
「意外とあちこちにあるもんだな」

 そうこうしている間にも、遊真はまた「ほらあそこもだ」、なんて言って指をさす。そう、まるで……。

「……索敵訓練?」
「あぁ、なるほど」
「納得しないでよ……ほんっと遊真ってば色気ないんだから……」

 きっと遊真の脳内では今頃、脳内マップに桜を発見した場所がマーキングされていってる。さながら普段のランク戦で、宇佐美先輩にオペレートしてもらってるみたいに。まぁ遊真の様子を見て索敵訓練を想像してしまう私も、大概色気はないような気がするけど。
 でも、しばらく会えなかったんだからちょっとくらい会いたいな、と思ったくらいの恋心はあるので。私は隣に座った遊真の手に、そーっと自分の手を伸ばす。

「……ん?」
「だめ?」
「いや、だめじゃないよ」

 触れれば遊真は、少しびっくりしたように私を振り返った。けれど私の意図を察したのかすっと手を浮かせて、そのまま自然に手を繋いでくれる。
 トリオン体は外部の刺激に鈍いとはいえ、繋いでる手の感覚は確か。さらにはどうやら、脳が影響する身体の反応はトリオン体でもそれなりに起こるようで――つまり、恥ずかしくもなるし緊張もするし、そうなれば身体は固くなってもしまう。
 そう私が指先一本動かせない中、繋いだ手をまじまじと眺めながら遊真は呟く。

「なんだか久々にこうした気がするな」
「……だから、会いたいって言ったの」
「うん、ありがとな」

 こんな時に笑顔を見せる遊真ってば、ずるいよなぁ。しかも、“ごめん”じゃないんだから。謝るわけじゃなくてお礼なんて言われたら、怒る気なんて失せて、ちょっと嬉しくなってしまう。
 まぁ、だからせめて。たまには甘えてもいいだろうか、なんて。

「……もうちょっと、そっち行ってもいい?」

 別に答えなんて聞くまでもない。けれど一応は断れば、遊真は想像どおり「いいよ」と答えた。だから私はちょっとだけ――肩がくっつくくらいに――近くに座る。恥ずかしくて照れくさいけど、それ以上になんだか嬉しくて。
 このままだと顔がにやけてしまうし、そんな顔を遊真に見られてしまう。だから次は、ほんのちょっとだけ遊真から顔を逸らしつつ俯いた。風が強いから、って言い訳できるくらい少し。
 そんな私の耳元で、囁くような遊真の声が響く。

「おれも、もうちょっとそっち行っていいか?」

 不思議な問いかけだ。だってもう私たちは、肩が触れ合うくらいに傍にいるのだ。これ以上そっち、なんてどうやったら近づけるのか。
 私は伺おうと顔を上げ、遊真の方を見れば――目の前に遊真の顔。近づいてくるのがわかったから、反射で目を瞑ればそのまま、ふにりと唇が触れる。

「……ばか遊真」
「嫌だったか?」
「嫌じゃないから困ってる」
「なんで困るんだ」

 からかうような遊真に、私はうまく言い返せない。不意打ちのせいで心拍数は急上昇中だし、そのくせ顔はにやけそうだからほんとうに、困ってしまう。なんのためのトリオン体だ。いや、少なくともキスするためではないのだけど。

「…………遊真」
「うん?」

 隣に座っている私たちは、キスした名残でまだ距離が近い。それこそ、額同士が今にもくっついてしまいそうなくらい。
 だから私も女を見せる時じゃないか。そう意気込んで、ちょっとだけ勇気を出して、遊真の唇目掛けてそっとおとがいを上げる。ちょっと触れて、すぐに離れて。

「――ね、困るでしょ」

 すぐそこにある遊真の瞳はきょとりと丸められている。少しの間。ふっと目を細めてそれから、遊真はまた笑うのだ。

「なるほど、嬉しくても困るもんだな」

 もう一回ばか、と言いたくなった。だけどまるで、言わせないとばかりに塞がれてしまう私の口。そうしてお花見はどこへやら、私にはもう遊真しか見えなくなってしまうのだ。

花よりキミと、

(一緒にいられる理由がほしい)

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