疲れていたり、具合が悪かったり、はたまた妙に眠かったり。そう抗えないまま夢の世界に誘われ、気づいた時にはまだ深夜。
「……どうしよう……」
やってしまった、と思った。学校終わって、ボーダーに行って。食堂で夕飯は済ませたし、帰ったら宿題だけして明日に備えて……と、思っていたのに。帰ってきて、荷物をおいて、眠気に逆らえずちょっとだけのつもりで横になって。案の定、寝落ちてしまって夜中に目が覚める、なんてやってしまったと言う外ない。
部屋の電気が煌々と照らす中、怠い身体を起こして一息。さて、どうしたものか。夜中だから下手なことはできないし、かといってぐっすり眠ってしまっただけにすぐ眠れるわけでもなく。とりあえずは――と、端末を手に取ると目に留まった通知が一つ。
“明日はむずかしい またこんどでもいいか?”
送信元は空閑遊真。遊真の言う明日とは、前から交渉していたデートの件だろう。
いや、デートと言ってもそんな大袈裟なものではない。でなくても今は、遠征をかけたB級上位部隊を争うランク戦シーズンの真っ只中なのだ。例えるなら、甲子園を目前に控えた高校球児。部隊での相談や連携の訓練など、やりたいこともたくさんあるだろう。さすがにそんな中どこかに連れ出すのは、遊真にも、部隊の仲間にも申し訳ない。
それでも、会いたいと思ってしまって。そう焦がれてしまう自分は消せなくて。
“いいよ じゃあまた今度ね”
私はどうにかそれだけ打って、送信ボタンをタップした。ふぅ、と一息。寝起きでテンションも上がらないし、バッドニュースまで飛び込んでくれば気も滅入るというもの。
しばらくそのまま呆けていたら、ふいにまた端末が震えた。返信でもきたのだろうか。ぼうっとしつつもう一度、画面を見る。
“まだおきてるのか”
変な返事だなって。そう思ったら笑えてしまって気が抜ける。
ごめん、とかすまん、とかそういう返事だと思ってたのに。遊真からは、なんで返事が来たんだと言わんばかりの返信。まぁ確かに、普段の私なら寝ているはずの時間だしね。驚くのも無理はないか。
どうせなら、驚かせついでだ。私はそのまま画面をタップ。
“電話してもいい?”
すぐに“いいぞ”と返事が表示された。私はそのまま指を滑らせて、通話ボタンに触れる。
ちょっとだけ待機音が流れたけれど、本当に少しだけ。すぐにプツリと音が途切れて――
『……今日はずいぶんと夜ふかししてるんだな』
「そんなに驚いた?」
『そりゃあ……今何時だと思ってるんだ』
電話越しに聞く遊真の声はやっぱり驚いている様子。帰ってきてすぐ寝ちゃって、さっき起きたんだよ。そう説明すれば遊真はふぅん、と相槌を打つ。寝ないのか、と訊ねられるから、目が冴えちゃって、と返して。
『……怒ってるか?』
「え? なんで?」
『いや、まったく明日の話をしないから』
「怒ってないよ。ランク戦あるし、しょうがないでしょ」
他愛のない会話から、一歩踏み込んだのは遊真の方だった。少し間をおいて、すまん、と謝ってくれて。だから私はいいよ、と返す。仕方ないこと。そう、わかってはいるつもりだから。
「遊真は、今玉狛?」
『……うん。屋上にいる』
遊真の返事で自然と、脳裏に見慣れた玉狛の屋上が浮かんだ。きっといつものように、怖いものしらずに縁に腰かけて。夜空の下、物思いに耽っていたのだろう。そう思い浮かべた遊真の姿にまた――会いたくなって。
「……もう切るよ。寝れないけど、寝なきゃ明日やばいし」
これ以上電話したらダメだな、なんて。このまま話してたら会いたくなって、会えないことに寂しくなってしまう。
だからと、おしまいを切り出したのだ。けれど遊真は返事をせず、妙な間が空いて。……そして、ようやく聞こえた一言。
『……どうしてもか』
え、と思わず声が漏れてしまった。だってそんな、切りたくない、みたいな。強請るような、食い下がる遊真の反応は予想外だったから。
「……どうしたの? なんか、珍しいね」
『そうか?』
「そうだよ」
再び始まった、ゆるゆるとした会話。これといった用があるわけでもないから、話題の種もあるわけなくて。ただただ、時間を共にするだけのやり取りだ。
『まぁ、珍しいのはお互いさまだ』
なにそれ、と返しながらも笑ってしまった。お互いさまって遊真の言葉に嬉しくなるくらい、寂しくなってしまっているようだ。だからと、私は他愛ない世間話のつづきのつもりでそっと告白する。
「電話してると会いたくなって、無性に寂しくなるんだよね」
認めてしまって、遊真に正直に話した途端に軽くなる心。知ってか知らずか、聞こえた吐息は遊真も笑ったかのようで。
『うむ、お互いさまだな』
なにそれ。まるで、遊真も寂しくなったみたいじゃないか。
だから私も笑いながら、今度、明日の埋め合わせしてよね、と言っておく。寂しいのは会えないからで、同じなら、会う時間くらい作ってよと本音を混ぜながら。遊真はやっぱり笑いながら、もちろんだ、なんて言ってみせて。
『でもまぁ、そのまえに』
「うん」
『もうちょっと、このままつないでてくれ』
「……トイレ行きたい。あと、寝る支度もしてないし」
『待ってるよ。てきとうに置いておけばいいだろ』
遊真にも、そんな時があるんだな、なんて。私はお言葉に甘えて一度端末を置くことにする。寝る支度だけ済ませてきたら、もう一度、遊真と電話の続きだ。どうせなら、私が眠るまでは付き合ってもらおう。そう思うと寂しさも薄まって、部屋を出る私の足取りは軽くなる。
真夜中に目が覚めるなんて、やってしまったと思ったんだけどなぁ。こんな夜になるなんて、珍しいものもあるものだ。
真夜中コール
(きっとどれもが、お互いさま)