今日は合同訓練がないので、初めて一人でボーダーにやってきた。まばらではあったものの、ランク戦ロビーに来ている他の訓練生の中で一人なのはなんとなく心細い。だからまず、気合を入れ直すためにも端末室に向かった。
元々、自分の記録を見直して復習する時、一緒に空閑くんの記録も見ていた。見る度に、やっぱり強いなぁとか、今の動き凄いなぁなんて見惚れていたのだ。だから今日からは、戦える自分になると決意新たに、空閑くんの記録を参考にしたくて。
履歴を探してみると、空閑くんはどうやらここ数日でかなりの数ランク戦をこなし、順調にポイントを稼いでる様子。私はせっかくだからと昨日の記録を探して再生ボタンを押す
「うわ、はっや……」
映像で捉えられるギリギリなんじゃないか、くらいのスピード。一人で見ていたのにも関わらず感嘆の声が漏れてしまう。
空閑くんはとにかく早い。あっという間に相手に駆け寄り、息つく間もなくスコーピオンで一閃。
私のトリガーは弧月だし、こんなに機敏には動けない。けれどイメージはできる。見惚れるだけのようだけど、だからこそ、私の目にはこれまでの空閑くんの戦い方が焼き付いているのだ。
「さて、いくか」
理想に圧倒されるからこそ気合も入るというもの。ともかく当面の目標は、空閑くんレベルとまでは言わずとも、目指せるくらいには動けるようになることだ。
そう目標を定めて始めたC級ランク戦。いつものように、適当に相手を選択してランク戦を申し込んだり、逆に申し込まれたりを繰り返していく。空閑くんをイメージして切り込んだり、あるいはかわしたり。そう淡々と試合を繰り返していたら――
『C級ランク戦、開始』
「おねがいします」
――空閑くんが、今回の対戦相手。
「えっ!? は、はじめまして!」
「……うむ? はじめまして」
動揺のあまり、うっかり挨拶してしまった。
だって、ランク戦の記録を見るばかりだった人が目の前に現れるなんて思わないじゃないか。いや、そりゃあ一度くらい会ってみたいと思っていなかったわけじゃないけど。入隊してから頻繁に来ていたのに全然マッチングしたことなかったから、不意をつかれてしまった。
一方の空閑くんは少し驚いたようだったけど、素直に私の挨拶に応えてくれた。優しいな。ちょっと嬉しい。
しかし、会話をしてしまったことで妙な間が生まれてしまった。空閑くんは話しかけてきた理由があると思ったのだろう、攻撃する様子もなく待っていてくれる。ならば私がどうにかしなければと、しどろもどろに口を開く。
「え、えーと、ですね」
「うん」
「……出鼻をくじいてすみません。はじめましょうか」
結局何も言えなかったのは、何を言ってもストーカーみたいだなって自分で思ってしまったからだ。いや、別にそういうつもりは……ない、んだけど。
私が弧月を握り構えたことで、空閑くんも「おう」と返事をして腰を落とす。アナウンスはとっくに済んでいるので、私はいつ来るのかとドギマギしながら構えて待った。
次の瞬間聞こえたのは、ざり、と空閑くんの靴が地面を擦る音。これはたぶん、知ってる。訓練生と対峙した空閑くんはまず真っ直ぐに駆け寄り、相手が武器を構えたあたりで横へと逃げるのだ。すると相手が反応するから、隙をついて今度は反対側に滑り込み――そのまま。
「っ、」
衝撃でうめき声が漏れてしまったものの、ギィン、と鈍い音が響く。予想ピッタリ。首を狙っていたスコーピオンは、どうにか弧月で弾いたようだ。
問題はここから。A級相手に勝てる空閑くんが、訓練生に苦労するわけはないし。つまり、間合いを詰められている今、私がとるべき行動は?
そう迷った瞬間に、結果は決まる。
『戦闘体活動不能、ベイルアウト』
あっという間だった。弾いたはずのスコーピオンはそのまま流れるように軌道を描き、私の腹部を綺麗に裂いたのだ。空閑くんはよく首を狙っていたから、そこを守ることに必死になってしまっていた。
ぼふりとベッドに落ちてきて、深呼吸。何度も記録を見ていたけど、あれはやはり第三者視点だからこそどうにか姿を捉えられていたんだ。実際本人と対峙してみると、視界からあっという間に消えてしまうから目が追いつかない。
とは言え元々勝てると思っていたわけじゃなかった。順当な結果だろう、と気持ちを切り替えて、次の対戦相手を選ぼうとしていた時だった。
『ランク戦の申し込みを受理しました。転送まであと十秒――』
どうやらもう次のランク戦がはじまるらしい。いつもならもう少し余裕があるのに。
カウントダウンは止められないので、仕方なく深呼吸で気持ちを切り替える。そう成るがままに転送された、先は。
「よ」
「え!? 連戦!?」
ひょいと片手を挙げて、親しみのある挨拶をしてくれる空閑くん。様子を見るに、相手が私だとわかってランク戦を申し込んだみたいだけど、どうしたのか。
「もう一回、おねがいします」
「は、はい。よろしくお願いします」
先ほど同様にきちんとした挨拶。試合に礼を忘れないなんて、スポーツマンシップのある人なんだな。いや、スポーツ……スポーツだろうか……。
動揺している間にも、空閑くんはまたじわりと腰を落とす。真っ直ぐに私を見据える顔には――なぜだか、笑顔が浮かんでいて。
「いくぞ」
空閑くんはそう言ってまた地面を蹴る。真っ直ぐ駆けてくる空閑くんは――駆けよって、横に逃げ、反対側へと移動して翻弄してから首を狙う――さっきとまったく同じ軌跡を描いて眼前へ。
キィン、と今度は澄んだ音がした。まるで記録の再生をしているようで、考えるより先に身体が反応していたのだ。しかも二回目だから、さっきよりはうまくスコーピオンを受けられたらしい。
そして、同じ手でくるなら次は腹部を狙われる。おそらく、さっきと同じ太刀筋で。
予想通りの軌跡の途中、ガキン、と音が鳴った。私の弧月と空閑くんのスコーピオンが絡んだのだ。次は、どうすればいいんだろう。様子を伺うべく視線を、交じり合った刃から空閑くんの顔へと移すと――
「へぇ、やるね」
――勝気な笑顔に、見惚れて、意識が全て持っていかれてしまった。
『戦闘体活動不能、ベイルアウト』
あっという間だった。スコーピオンを引いた空閑くんの動きについていけず、浮いた脇下から腹部を一閃。結局、敗北というまたしても順当な結果となった。
でも、正直今は負けたとかそういうの、どうでもよくなっちゃって。
「……こんなのって、あり……?」
胸の奥で何かがすとんと抜けてしまったのだ。今まで想像もしていなかった場所へ、私の心が堕ちてしまった。
「…………いや、違うって、こんなの」
まさかそんなはずはない。なにかの間違いだろう。落ち着いて考えれば、私の気持ちは違うものだ。
私は自分に言い聞かせるようにして、ベッドから起き上がった。ブース番号とトリガーを見て、さっきの対戦相手――空閑くん――であることを確認してから通信を繋ぐ。
『よう。どうした? もう一回やるか?』
「あ、あの。さっき言いかけたことなんですけど……」
心臓がバクバク言っている。でも、私は言えるはず。
「わ、たし。あなたが――好きです、ファンなんです」
『……ほう?』
「入隊日の戦闘訓練の時から、あなたの記録見てました。だからまさか、あなたと戦えるなんて思ってなくて、驚いて」
『ふむ、おまえ同期だったのか』
「はい。まだとてもあなたみたいにはできないですけど、目標というか、尊敬というか、そんな感じで……だから――」
こんな宣言、してもいいのか? なんて迷いが、頭のどこか冷静な部分に浮かぶ。
けれど緊張に震える私の足では、踏みとどまることができなかった。
「これからも、あなたの記録追いかけます。頑張って、ください」
言い切って、細々と息を吐く。言ってしまった。言えてしまった。
ストーカーじゃん、とか気持ち悪い、とか言われたらどうしよう。いやむしろそのくらい罵ってくれた方がいいんじゃないか。なんかもう、自分でもテンパりすぎてよくわからない。
けれど空閑くんはふむ、と少し不思議そうに唸ったあとで特に変わった様子もなく返答する。
『よくわからんが……まぁ、ありがとうな』
そりゃあ空閑くんからしたら、突然何事かと思うだろう。けど、とりあえず応援は受け取ってもらえたらしい。尊敬しててファンなんだから、記録追いかけるくらい普通だってことで、許してもらえたんだろうか。
いずれにせよ後は、お礼を言って通信を切ればいいだけ。そう思ったのだけど、今度は向こうから話を切り出される。
『なぁ、おまえ明日も来るか?』
「えっ? ら、ランク戦なら、たぶん来ますけど……」
『そうか。じゃあ明日もポイントもらうから、よろしく』
――え、と戸惑う私の声に被せるように、空閑くんの『それじゃ』という声が響いた。かき消された私の戸惑いは届くことがなかったのだろう。そのままプツリと通信が切れる。
「……えっ? あれ、明日もって言った?」
しかもポイントもらうって、自分が勝つ前提の話か。いやまぁ、空閑くんからしたらまぁ当然だろう。訓練生の中の下程度の私にそりゃあ、苦労するわけもなく。
いや、本題はそこじゃなくて。
「…………明日も、ランク戦してくれる、ってこと?」
突然交わされた約束に、私の脳内はパニック寸前だ。