学校を終えて、クラスメイトへの挨拶もそこそこにボーダー本部へと急ぐ。
だって空閑くんは「明日も」とは言った。つまりは今日だけど、時間を指定されたわけではない。だから、もたもたしていたら空閑くんとランク戦できないかもしれないじゃないか。
早々に基地に入って荷物を置いて、ランク戦ロビーに急ぐ。空閑くんがいるのは昨日と同じブースとは限らないし、こうなると、スコーピオンを使っている相手に片っ端からランク戦を申し込むしかないだろう。
ブースに入って端末を見る。先頭に表示されたスコーピオンの訓練生を選択。
『ランク戦の申し込みが受理されました。転送まであと十秒――』
さぁ初戦。今日も頑張ってポイント稼ぎつつ、空閑くんと再戦しなければ。
*
そろそろ二十戦くらいはしただろうか。相手との点差にもよるけど、一試合勝てばだいたい十ポイント前後。どうやら百八十点くらいは稼げたみたい。我ながら順調だったと思う。なんか、昨日の空閑くんに比べたら訓練生みんな怖くないし、どうにかなりそうだって思っていたら、どうにかなってる。
そうして次のスコーピオンを指名しようとして手が止まった。相手のポイントが三千九百九十二。さすがにここまで熟練した人なら負け確定かな、と思う反面で、もしかして? が脳裏を過ぎる。
「髪大丈夫かな……いやまぁ、これから戦うんだけど……」
服装は……普通にボーダーの隊服だしね。昨日も同じ格好で戦ってるんだし気にすることじゃない。っていうかそもそも、意識するのはそこじゃない。
深呼吸を一回。勇気を出してタップすれば、画面がすぐに切り替わる。
『ランク戦の申し込みが受理されました。転送まであと十秒――』
まぁ、そりゃ予約待ちなわけないよね。こんな高得点の人に試合を申し込む人なんてなかなかいないだろう。相当自信がないと、B級目前の人なんてポイント獲られて終わりだろうし。
覚悟を決めて、最後の深呼吸。転送された先、対峙した相手。
「おぉ、ようやく会ったな」
「お、お疲れ様です!」
気を付け、礼。反射で挨拶すれば、空閑くんは特に気にした様子もなく「おつかれ」と答えてくれる。
「申し込んでくるヤツも少なくて、こっちから申し込んでも逃げられるばっかで飽きてきてたんだ。おまえに申し込んでもらえてよかったよ」
申し込む人が少ないだろうことは予想がつくが、申し込んでも逃げられる、とは。はぁ、と相槌を打つと空閑くんはぼそぼそと「逃げるヤツを追って殺していくの、面倒なんだよな」と呟いていて。
不謹慎ながら――空閑くんに同情した。あの、ゲームでよくあるレベル上げとか周回作業、怠いよね。淡々とした作業になればまぁ無心で続けていられるけど、敵が悪足掻きしてくると単純に面倒くさい。うん、気持ちはわかる。
でも、逃げ惑う訓練生の気持ちもわからなくはない。空閑くんは何やら気が滅入ってるようなので、私からも声をかけてみる。
「あの、もうすぐB級ですね」
「うん。実は今日中にB級にならないといけなくてな」
「え? ……B級ランク戦に、参加するんですか?」
恐る恐る訊ねれば、「うん」と肯定される。まさかとは思ったものの、明日からのB級ランク戦に参加するつもりだなんて。
B級ランク戦については忍田本部長から説明を受けている。私たちにとって参考になるだろうからと観戦を勧められたのだけど、まさか、既に参加するつもりの訓練生がいるとは思わなかった。
「B級ランク戦って明日からですよね? 今からで間に合うんですか?」
「他の仲間はもうB級だから、部隊は申し込んであるんだと。あとはおれがB級になって、隊員追加の申請をするだけらしい」
「え、部隊ももう決まってるんですか?」
「うん。玉狛第二だ」
“玉狛第二”の名前をきっちり憶えつつ、部隊の仕組みについてしみじみ勉強。いずれは私もB級になれば、そうやって部隊を組むんだろうか。いまだに部隊というのにピンとこないけど、それもB級ランク戦を観戦する一つの意味になるだろうか。
色々と考えていると、「さて」と話を切ったのは空閑くんだ。
「せっかくだから、この前と同じでいくぞ」
「……そう言って今度はフェイント、とかないですか」
「さぁ? ……と、言いたいところだが今日はなしだ。そう簡単に殺すつもりはない」
空閑くんの宣戦布告はなんとも恐ろしい。間違いなく勝つ、という自信が見えるのはもちろんだが、空閑くんとしては遊ぶつもり満々といった様子なのだから。
「……サドって言われません?」
「さど? なんだそれ?」
「いや、なんでもないです」
真顔で聞き返されてしまったので言葉を濁す。いやでも、さっきの空閑くんはまさに悪役と言わんばかりの笑顔だった。まぁでも簡単に殺さない、という言葉が本当なら、私にとってみれば願ったりかなったりだ。
――それだけ長く、間近で、空閑くんの戦い方を見ていられるのだから。
「じゃ、行くぞ」
言うが速いか、空閑くんは地面を蹴った。宣言通りに駆け寄り、横に避け、翻弄して反対側へと移動してからスコーピオン。さすがに三度目ともなれば緊張もない。私もしっかりと首筋にくるスコーピオンを弾き、その流れで腹部をガード。つばぜり合いの後、空閑くんは身体ごとスコーピオンを引いた。
「おまえ、本当におれの動きをよく見てるな」
「えっ?」
「前に弧月が浮かされたのを覚えてて、警戒してただろ」
……あぁ、よかった。見てるっていうのは変な意味じゃなかった。
さておき、確かに私はつばぜり合いになった時点で次の空閑くんの手を考えていた。前回と同じような隙を生まないためにはどうすればいいのか、と。
結局考えている内に空閑くんが引いたから、事なきを得たのだけど。私は少しだけ緊張を緩めて弧月を握りなおす。
「……でも、どうすればいいのかわかりませんでした」
「ふむ?」
「私は剣道で教わった剣の持ち方と、脇をしめる、くらいしか知りませんし」
それも、きちんと教わったわけではない、あくまで体育の授業での話だ。あとはなんとなく、見よう見まねで剣を振っているだけ。
そう素直に言えば、空閑くんはすぅと構えをといた。
「だからおまえ、ずっと両手で持ってるのか」
「え?」
「片手で持てるようになった方がいいんじゃないか?」
空閑くんはそう言って私をじっと見つめる。構えを解いたのは、攻撃しないという意思表示か。だから、今、試してみろと暗に言っているのかもしれない。
私はおずおずと片手を外して、利き手だけで弧月を握る。すると空閑くんは、よし、といってまた腰を落とした。
「おんなじことするから、片手で受けてみろ」
「え、そんな、」
「行くぞ」
有無を言わさぬ空閑くんの宣言。直ぐに地面を蹴って駆け寄る空閑くんを前に、私も覚悟を決めるしかない。
そうしてようやく、空閑君が横に振り回す意味に気づいた。空閑くんは目前で地面を蹴ると必ず、“切りやすい位置”に飛び込んでくる。だから、思わず“切りたくなって”しまう。
けれど空閑くんは避けられる。というか、避けられる自信があるからこそわざと相手の攻撃を誘う。そうして瞬時に反対側に移動する空閑君は、一転して非常に切りにくい位置にいる。そのせいで体制を崩して受け太刀もできない相手を、確実に獲っていくという寸法なのだろう。
両手の時とは違って、片手では少しの動揺がそのまま剣に伝わってしまう。切りたくなったのをどうにか堪えたものの、すぐに襲い掛かるスコーピオンは受けきれるか、どうか。
「ぐっ、」
唸りながらも、弾かれそうになった弧月をどうにか握って堪える。勝手が違う中、どうにか私の首目掛けて襲いくるスコーピオンに耐えたものの、同時に響いたのはガチャ、と今までになく汚い音だ。剣先が揺らいだからだろう。
それでも必死に、次は腹に来るだろうと弧月で防ごうとして――剣先を下げ、無意識に空いた手で刀身を支える。今度は安定して、キィン、と澄んだ音を響かせて受けることができた。
「さっきブレただろ。両手でしか持てないと、片手取られた時がヤバイ」
「利き手取られたら、どっちにしろ終わりじゃないですか?」
「もしおれが左にもスコーピオン持ってたら、多分そうなるだろうな」
……こわ。空閑くん、わりとさらりと怖いこと言うな。
「相手の戦力を削ぐんだったら、手を狙うのは基本だぞ」
「そ、そうなんですか」
「状況によるけど、足もいいぞ。動きが鈍れば簡単に殺せる」
一々言うことが物騒なんだけど、空閑くんが言う理屈はとてもわかりやすい。言われてみれば当たり前だよなとわかるけど、自分ではそうと気づけないというか。コロンブスの卵っていうんだっけ、こういうの。
「まぁ、そういうわけで」
ふ、と空閑くんと競り合っていたはずの弧月が浮いた。あ、と思った瞬間には目の前から姿が消えていて、がくんと視界がブレる。
『戦闘体活動限界、ベイルアウト――』
あっという間に背後に回りこまれ、首を一閃。試合終了だ。