すこし硬いベッドにぼふりと落とされたあと、弾かれるように起き上がる。慌てて端末に駆け寄って調べるが、さっき申し込んだハズのブース番号が消えていた。おそらく無事に四千ポイントを越えたのだろう。
「……すごかったなぁ」
感嘆のため息が漏れた。同時に、お礼言えなかったな、とも思った。
空閑くんからしたら遊びの延長だったのだろう。けれど私からしたら図らずもアドバイスをもらったようなものだ。お礼の一つくらいは言いたかった。
とは言え、端末にブース番号が表示されないとなると連絡のしようがない。またいつか会えたらお礼言えるかな、なんて考えつつ気分を切り替える。
「まぁ、うん、休憩でもしようかな」
学校が終わって急いで本部にきて、そこからぶっ通しでランク戦だ。正直、さすがに疲れてきた。特に最後の一戦なんて緊張しっぱなしだったし、空閑くんのスパルタっぷりに心身共に疲弊してる。休憩くらいはしないと。
だから、ブースを出た先に空閑くんがいるとは、予想できていたわけではない。
「え、あれ!?」
「お? さっきはポイントどうも」
空閑くんはだいぶ私との遭遇に慣れたらしい。今も、「おかげでB級になれたぞ」なんてさらりと世間話を続けている。
そうか、冷静になって考えてみれば当然だ。空閑くんはもう四千ポイント取れてB級に昇格したのだ。ならば、訓練生を相手にする必要もないだろう。ランク戦をしないなら帰るかもと、わかっていたらもうちょっと、心の準備をしてからブースを出たのに。
「あ、あの、さっきはありがとうございました!」
「ん?」
「色々教えてもらって、その、参考になりました」
「ほぅ、別にいいよ」
お礼は言えた。けれど、せっかくだからと私は勇気を出して、一歩踏み込んでみる。
「よかったら、ジュースくらい奢らせてください。私、これから休憩しようと思ってたところなので」
「ふむ、いいのか?」
「もちろんです!」
気合を入れて肯定すれば、空閑くんは「それじゃあよろしく」と頷いてくれた。やった、と内心でガッツポーズを決めつつ、私は空閑くんと並ぶようにしてランク戦ロビーを出て、自動販売機コーナーへと向かう。
とは言え、せっかくの機会だ。何か会話の糸口はないかと、とりあえず話しかけてみることに。
「空閑くんは――」
「あれ? なんだ、おれのこと知ってるのか」
「え?」
と、思ったら空閑くんに話の腰を折られてしまった。知ってるのかって、何を今更。ファンだって言ったはずなのに、と考えていたら空閑くんはこてりと首を傾げる。
「おまえは?」
「は、はい?」
「名前。おれはおまえの名前知らないけど」
「……あぁ、なるほど」
そういえば自己紹介がまだだったのか。私は姿勢を正して改めて名乗ることにする。
「私は金子沙智です」
「そうか。おれは空閑遊真。背は低いけど十五歳だぞ」
「――えっ!? ウソ、同い年!?」
無難に終わると思っていた自己紹介で衝撃の事実。まさかの、同い年だった。
口をついて出た驚きの言葉に反論するように、「ウソじゃないよ」と答える空閑くん。からかってる様子でもないところを見るに本当なのだろう。あまりの衝撃に私は絶句してしまう。
「金子と学校で会ったことないな。違うとこか?」
「……あ、私は四中です」
「なるほど? おれは第三中学だからか」
三中なんだ、とさらに追加情報を得る。画面越しに見るだけの人だったのに、色々な情報を知ることによって、目の前にいる空閑くんの存在にじわじわと実感が湧いてきた。
中三なら空閑くんもこれから受験なのだろう。とは言え、あまり親しくない仲で受験校とか聞くのはちょっと気まずい。そうなると、無難に「お互いこの時期は大変ですよね」くらいしか相槌も打てない。他には何かと話題を探している内に、自動販売機はもう目の前だ。
「はい、先にどうぞ」
「ありがとう」
空閑くんは既に買うものが決まっていたのか、私がお金を入れて促すとすぐにボタンを押した。ガタン、と落ちてきたジュースをひょいと取って「ごちそうさま」と笑う。
私も私で、続けて自分の分を選んでジュースを買った。お別れかな、と思っていたのだが、空閑くんはまだ何かを言いたそうに私を見ている。
「な、なんでしょうか?」
恐々訊ねれば、空閑くんはゆるく首を傾げる。そう不思議そうに、けれどさして興味もなさそうな、そんな軽さで私を伺った。
「おまえ、同い年なんだろ? なんでそんなかたくるしいんだ?」
「え? えーと……ファンなので自然に?」
どうやら気にしていたのは私の言葉遣いのようだ。私の返答に、空閑くんは「別にふつうでいいよ」と答える。これ、まだ話してくれるつもりがあるのかな。そう期待しつつ、素直に「うん」と了承する。
「っていうか、昨日も言ってたけどファンってなんだ?」
「ファンはファンだよ。入隊式の時から記録凄かったし」
「まぁ、ちょっとした実力だな」
「……あはは! 謙遜しないんだね」
今の流れならそれほどでも、と謙虚な態度を見せるのが日本人の常なのに。まぁ空閑くんほど実力があると、謙遜する方がかえって嫌味になるか。けれど堂々と実力だと言えるのは、なんだか気持ちのいい人だな。
「まぁ当然だよね。訓練生なのに特級戦功まで取るくらいだし」
「ほう、知ってるのか。さすがはおれのファンだな」
空閑くんの返答にまた笑ってしまう。私が空閑くんの記録を追いかけていることを受け入れてもらえるなら、最初にファンだと名乗っておいてよかったな、なんて。
そうでもないと、夢中になってランク戦の記録を追いかけたり、空閑くんの活躍を知ってるなんてストーカーだと気味悪がられたらどうしようもなくなってしまう。まぁ別にファンじゃなくても、空閑くんの活躍は凄すぎて話題になるような気もするけどね。
「もっと早く、勇気だして空閑くんに声かけとけばよかったなぁ」
「なんで?」
「そうしたらランク戦、もっと挑戦できてたのかなってさ」
友人に、アドバイスもらえば? なんて言われたことを思い出してしまった。もう少し早くにきっかけを掴めていれば、空閑くんがB級上がっちゃう前にもっとランク戦できたのかも。そしたらさっきみたいに、色々教えてもらえたのかもしれないのに。
なーんて思っていたら、空閑君はふむ、と一度唸ってから口を開く。
「別に、B級になったからってC級とランク戦できなくなるわけじゃないぞ」
「えっ? そうなの?」
「うん。ただ、ポイントは獲れないからおまえはあんま得しないだろ」
「得するよ!!」
思わず食い気味に口を挟んでしまった。空閑くんは平然と「そうか?」なんて言っている。
だって今のは願ってもない話だ。B級とC級でもランク戦できるってことは、B級に上がった空閑くんともランク戦できる。しかも、ポイントは獲れないってことは私はどれだけ空閑くんに負けてもいいわけで、つまり何回でも安心して挑戦できるということじゃないか。
「よく言うでしょ、習うより慣れろって。記録見るより、直接戦わせてもらった方がよっぽど参考になるもん。お願い! たまにでいいから、私とランク戦してください!」
勢いよく言い切って頭を下げる。我ながら図々しいお願いだとは思ったけど、別につきっきりで教えてくださいと言ってるわけではないのだ。たまに、くらいは大目にみてくれないかと期待していると、空閑くんは「そうだなぁ……」と思案顔。
「おれたちはA級になって遠征部隊を目指してるんだ」
「えっ、遠征!?」
「うん。だから、たまにならいいぞ」
一瞬ダメかと思ったけど、空閑くんは“たまになら”と念を押して了承してくれた。私は喜びのあまり「ありがとう!」と叫ぶようにお礼を言う。
こうして私は無事に、ファンとして、空閑くんとお近づきになることができたのだ。