二歩後退から、一歩前進
 今日はいよいよ運命を決める日。私は友人と共に、六頴館の校門をくぐった。
 進学校として知られる六頴館の前期試験は、まず午前中に国・数・英の三教科試験が行われる。午後は事前に提出していた面接シートを参考に、面接を受ければおしまい。
 私と友人は受験番号が近く、終わったら六頴館高校の傍のコンビニで待ち合わせようと約束した。そうして無事、お互いに試験日程を終えて合流したのが今だ。

「さ〜て……今日は相手してもらうよ、沙智」
「ふっふっふ、この前までの私と思わない方がいいよ〜?」

 ボーダーに行こうと言い出したのは友人だった。受験に一区切りついた今、少しは気晴らしがしたいと。ここまで来たらなるようにしかならないし、息抜きにはピッタリだということで身体を動かすべく、二人でボーダーへと向かう。
 ……で、最初に向かうのは。

「沙智、まーた予習なわけ?」
「だって! 多分増えてる気がするの、記録!」
「はいはい。私は先に始めてるからね〜」

 友人は待ちきれないと言わんばかりに、颯爽とC級ランク戦ロビーに向かった。後で合流するからとそれを見送って、私はと言えば端末室へと足を運んでいる。
 まず一つは、木虎さんに宣言した通りに前回のランク戦の記録を見直すため。弧月を使うのは荒船先輩と笹森先輩の二人だけだったので、今度はその二人に焦点を絞って戦い方を眺める。

「……とは、いえなぁ」

 荒船先輩はひらひらしたマントを使っていたり、笹森先輩は姿を消していたりで真似できないようなものが多い。けれど空閑くんとやり合っている荒船先輩の動きは凄かった。仲間の狙撃で空閑くんの動きを制限しつつ、スコーピオンを削っていく。
 さらに笹森先輩もあの空閑くんの動きを止めている。二人とも凄いのだ。それは見ていればわかるのだけど、でも。

「…………かっこいいなぁ」

 それでも、フェイントをかけて荒船先輩の機動力を削いだ空閑くんが。動きを止めた笹森先輩に傷を負わせ、砲撃の隙に確実に仕留めた空閑くんが。あまりにかっこいいから、ついつい見惚れてしまう。
 そうこうしている内に記録の再生が終わって一息つく。参考になったような、気が削がれてしまったような。
 ともかくこれで見終わったしランク戦に行こうかと思った矢先、ふと、記録一覧の中に気になる苗字が目に留まる。

「……空閑、対、緑川……」

 この前のランク戦の後、緑川くんは空閑くんに会いにいく、というようなことを言っていたことを思い出す。今ある記録の日付は前回のランク戦と同じ。つまり、あの後にランク戦をしていたらしい。
 三十本勝負、に少しだけ戸惑ったけど、誘惑には勝てなかった。私は意を決して再生ボタンを押す。

「……は〜……」

 一本目から、最早私にできるのは感嘆のため息を漏らすことくらいだ。
 空閑くんと緑川くんは、前回の記録とは格段に動きが違う。それに一役買っているのがこの前のランク戦でも使用していたグラスホッパー。つまりは踏み台みたいなトリガーのようだ。
 でなくても二人の機動力は凄いのに、グラスホッパーが加われば鬼に金棒。飛んだと思ったらグラスホッパーを足場に戻っていたり、空中で踏むことで想像もしていない方向へ瞬時に移動したりで……想像してみても、捉えられる気がしない。
 そして、何よりもう一つ。

「……楽しそうだなぁ……」

 記録に映し出されている二人は笑顔だ。緑川くんの普段はよく知らないけれど、空閑くんの方は特に楽しそうな笑顔。訓練生を相手にし続けていた頃の記録では淡々とした無表情だったことを思えば、戦い甲斐のある相手とのランク戦はやはり楽しいのだろう。
 空閑くんの似たような顔は、私も一度だけ見たことがある。初めて空閑くんとC級ランク戦でマッチングした時、記録通りの空閑くんの太刀筋を見切って受けた。そのあとすぐにやられてしまったものの、二戦目でも同様の手を使ってきた空閑くんを見切ってスコーピオンを受けた時――やるね、と言って笑ってくれたのだ。

「……また、笑ってくれないかなぁ」

 呟くだけではただの他力本願な願いだ。もし私が本当にそうと望むのなら、空閑くんに笑ってもらいたいと思うのなら。

「…………強く、なれたらなぁ」

 はぁ、とため息一つ。本当ならここは強くなりたい、と強く決意するところなのだけど、どうにもそう言い切れなかった。強くなれるんだろうか。なんだか、空閑くんを見ていると道が果てしなく遠いような気がしてしまう。
 スコーピオンを使ってきた空閑くんは、スコーピオンだけでもすごく強かった。だからこそ、グラスホッパーを使う空閑くんはもっと強くなっているんだろう。
 私が強くなるにはまず、弧月一本で強くならなければ。じゃあ、どうしたら弧月で強くなれるんだろう?

「……ま、練習あるのみ、か」

 端末を切って、席を立つ。今回の記録も凄かった。だから、見ているばかりじゃいられない。



「――お、やーっと沙智と当たったね」
「おかしくない!? もう二千五百ポイント行ったの!?」

 大体ポイントが同じくらいの人のところ。トリガーではなくレートで選んでいったら、なぜか、ここしばらく合同訓練しか参加していなかったはずの友人とマッチングした。

「まぁ。二千ポイント越えの人に挑戦して運よく勝ったのが大きかったかな」
「……変なとこで豪快だよね……」

 基本は慎重派な癖して、妙なところで大胆だ。そう言えば友人は逆に、普段は大雑把に突入していく癖に、肝心なところで小心者だと私を評する。

「決め時、ってのがあるでしょ。そこで引いてたら勝てるもんも勝てないよ?」
「……そういうもんかなぁ」

 ジャキ、と友人が銃を構える音。私も私で弧月を構えれば、友人はあれ? と首を傾げる。

「沙智、両手で持ってなかったっけ?」
「うん。でも片手で持てるようになった方がいいって言われて――」

 私の言葉に、友人はへぇ、なんて気の抜けた相槌で返す。一方で私は、さっきまで記録を見ていたからだろうか、脳裏に空閑くんのアドバイスが過ぎっていて。
 ――相手の戦力を削ぐんだったら、手を狙うのは基本だろ。

「さて、沙智。いい加減始めようか?」
「……そうだね、そうしよう」

 構え。のち、互いに地面を蹴る。
 思えば私は訓練生の頃の空閑くんの記録を見るあまり、その影響を強く受けていたと思う。あんな風に動けるようになりたい。あんな風に、相手を確実に仕留められるようになりたい。おそらくそんな意識が先行していた。
 だから私はいつも、一撃必殺を狙っていたような気がするのだ。
 友人は相変わらず、走りながらも隙を見てはアステロイドを撃ち込んでくる。本来なら私の方が距離を詰めていくべきなのだけど、友人が私を追いながらも撃ってくるので今はひたすら逃げの一手だ。

「さすがに乱射しすぎじゃない!?」
「沙智、前より速くなってるね! 当たらなくてむかつく!」

 そう言葉は悪い癖に、友人は楽しそうに笑っている。褒められてもいるけど、浮かれてると隙を突かれかねない。私はとりあえずは路地を巡って、ひたすら弾丸を避けるばかり。

「そんなに撃って、弾切れしたらこっちの勝ちも同然だけど?」
「まだまだ余裕だから」

 互いに軽口を叩き合う中で、逃げるばかりの私はひたすらに打開策を考える。なにせ友人は走りながらも撃てるのだ。防戦一方ではいずれ、ジリ貧になるのはこっちだと先が見えている。
 ――空閑くんは、弾丸系トリガーの相手にどう戦っていたか。
 浮かんだのは諏訪隊の人とのやり取りだったが、あれは参考にならない。グラスホッパーが使えない以上、あんな不意をつくような動きはできないだろう。

「っ、と」

 背後から聞こえた声に、逃げながらも様子を伺う。何やら銃を弄っていて、まったくこちらを撃ってくる様子がない。

「……銃手のリロードって、射手と比べてわかりにくいね」
「そうね。なんか個人差あるみたいだし、銃手のメリットかも」

 ……へぇ、と頷く。何やらガシャン、という音を立てている友人の銃はちょうど再装填が終わったということだろうか。甲田の時は残弾数が見えたけど、銃手の友人は視覚で捉えられないというなら、確かに厄介だ。
 けれどそれより私は、さっき浮かんだ空閑くんのアドバイスが妙に引っかかっていたのだ。足を削げば機動力を失う。ならば手を削げば――銃手の場合は、銃が持てなくなるのではないか?
 そうと浮かべば手順を考える。空閑くんの動きを思い出して。
 友人は甲田と違ってアステロイドだから、弾道に小細工はない。となれば銃は照準を合わせて撃つハズで、それならば『隙が作れるはず』なのだ。
 空閑くんは訓練生相手にも、持ち前の機動力で相手の攻撃を外させ、その隙に向かっていた。その動きと、太刀筋を思い出す。一撃必殺を狙わずに、相手の戦力を削ぐために。

「よっし、勝負!」

 ぐるりと方向転換。私は照準を合わせられる前に一気に駆け寄る。

「のった!」

 友人はガシャリと銃を構える。その引き金を引かれる前に、私は地を蹴って友人の斜め前方へ飛び込んだ。射線を避けつつ友人を間合いに捉える。
 イメージは空閑くんの動きそのまま。攻撃すると見せかけて、すぐさま地を蹴れば弾痕。私の後を追って銃口が動くので、捉えられる前に逃げて――まずは、腕。

「っ、え!?」

 驚くような友人の声もなんのその。片腕だけでも削げれば照準が狂うだろう。案の定、明後日の方向に撃たれたアステロイドを尻目に、私は懐に潜り込んで腹部を一閃する。

『戦闘体活動限界、ベイルアウト――』

 バシュン、と光の筋が飛んだ。勝者、金子とのアナウンスを聞き終えると再び転送され、元のブース内へ。
 戻るや否や、友人から端末を通して通信が入る。

『ちょっと! 今のなに!? 空閑少年みたいだったじゃん!!』
「ほんと? やっぱ参考にした甲斐があったな〜」

 興奮気味な友人の声に、私も思わずにやけ顔だ。今の、我ながらよく動けた気がする。これは自分の記録と言えどもどんなものだったか、見てみる価値はありそうだ。
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