二月八日土曜日。今日の空閑くんは、B級ランク戦昼の部にて戦う。
折角の週末なので、今日の観戦には友人も誘った。前期試験の合格発表はまだだし、勉強を進めてはいるけど同じくらい、ボーダーでの訓練ももう少しやりたい、と。どうやら先日私が友人相手に一本取ったことが刺激になったようだ。
『実況担当は風間隊の三上。解説は……』
B級ランク戦を観るのはこれで三回目。実況は各隊のオペレーターが担当し、解説は隊員が担当するのが基本らしい。今回は残念ながら、風間隊という部隊も三上さんの名前も初めて聞くし、解説の太刀川さんと迅さんという人も知らなかったけど。
まぁ、正確に言えば解説の二人に関しては特級戦功を取っていた、ような記憶がある。けれど姿を見るのはこれが初めてだ。人が多いボーダーの中、いつになったら隊員の顔と名前が一致するのか若干不安になるな、これ。
『各隊員、転送完了!』
スクリーンに映し出されたのは嵐の中のステージ。マップ中央には幅広の川が氾濫していて、両岸にそれぞれ住宅地が並んでいるような、そんな場所だ。
『各隊、まずは合流を目指す様子!』
けれど玉狛第二の大砲、雨取さんによって橋が落とされた。両岸でそれぞれの戦いが繰り広げられ、私は食い入るようにディスプレイを見つめ続ける。
特に注目したのは、那須隊の弧月使いの人。彼女――熊谷先輩――は、弧月を両手持ちしているスタイルだった。
『あ、やばいな――片手持ちになったら、村上の剣速には追いつけない』
太刀川さんの解説になるほど、と頷く。スコーピオンは全体的に振りの早い武器で、弧月はそれに比べると少し遅い。つまり“重さ”があるから女性の方は振りが遅くなりがちで、熊谷先輩の場合はそれを両手持ちにして補っている、ということか。
けれど途中で片腕を取られてしまった熊谷先輩は崩れることがなかった。失った片手分をメテオラでフォローしつつ村上先輩と戦い続け――最後には、ベイルアウトしていった。
『最後まで粘っていい勝負だったな』
そう熊谷先輩を下した村上先輩もまた弧月使いだ。さらにはレイガストという盾トリガーで補助しているスタイルらしい。この前の荒船先輩や笹森先輩とも違って、剣で戦うにしても色々な戦い方があるのだとスクリーンから目が離せない。
それでいて、やはり、村上先輩と戦っている空閑くんは凄い。なによりスコーピオンというトリガー自体がかなり万能のように見える。耐久性はなくとも空閑くんの使い方はかなり奇をてらったものが多く、あれに不意を突かれることなく防ぎきっている村上先輩もまた凄すぎる。
――けれど、彼らの勝敗を分けたのは、ほんの一瞬。
『どんな体勢からでも攻撃できる、スコーピオンの有利を活かしましたね』
鉄壁の守りを持つように見えた村上先輩の、一瞬の隙をついて確実に獲っていった空閑くん。ただ、言葉にならず感嘆のため息が漏れる。
その後は東岸の射撃戦が激化。得点はほぼ横並びだったものの、最終的には玉狛第二の勝利となった。
『――皆さん、おつかれさまでした』
緊張がゆるんでどっと疲れを感じ、私はそのまま背もたれへ身体を預ける。今日もすごかった。そう呆然としていると何やら友人も呆けているので、どうかしたのかと声をかける。
「……いやぁ、あの銃撃戦、凄かったなってさ……」
どうやら私が西岸の攻撃手三つ巴に惚れ惚れしていたように、友人は友人で東岸の銃撃戦に感銘を受けていたらしい。
「来馬先輩の、いろんな弾丸トリガー撃ちわけてるのもすごかったし……那須先輩のバイパーも凄かったな……」
友人は非常に悩ましい顔をしていて、傍から見ても迷っているのが見え透いている。もしかして、銃手よりは射手に興味を持ちつつあるんじゃないだろうか。
「射手と銃手って使うトリガーは同じだよね? 撃ち方が違うだけで」
「その撃ち方ってのが肝じゃん。手が馴染みそうだったから銃でよかったと思ってたけど……射手かぁ……」
既にディスプレイは真っ暗になっているのだけど、友人はまるで幻影が見えているかのように眺め続けている。きっと先程までのランク戦が脳裏に焼き付いていて、そればかりを脳内で再生しては考えているのだろう。
「君たちは戻らないのか?」
ふと、誰かに声をかけられて驚く。どうして声をかけられたのか、人違いかと辺りを見回すと、付近には私と友人以外いなくなっていた。休憩時間だからか、もしくは次の試合を観ずに帰ってしまったのか。
ともかく目の前に現れたのは、今回解説席にいた迅さんだ。なにやらめちゃくちゃ凄い人らしいが、詳しくはよく知らない。
邪魔だったのかな、くらいしか思い浮かばず、すみませんと謝りながら席を立つ。私も友人も想う所はあったものの、ここで悩み続けるわけにもいかないし。そのまま出入口へ向かおうとすると、「ちなみに」と続けて迅さんから声がかかる。
「きみ、確か遊真のファンだって子だろ?」
「えっ!? は、はい」
「おれ、玉狛支部の人間だから。遊真から話聞いたんだ」
自分で空閑くんのファンだと名乗るのは平気だけど、こう改めて空閑くんのファンだと他称されるの、若干恥ずかしいな……。そう思いながらも足を止めると、迅さんはにこりと笑う。
「弧月、合ってると思うよ。ガツガツ攻め込むのが得意そうだし」
「……え、っと? 褒められてますか、それ」
「もちろん」
唐突なアドバイスに少し困惑。得意そう、なんて言われてもどうしてそう思うのかよくわからないし。とは言え、褒めてくれてるってつまり私の長所を指摘してくれているようだ。とりあえずは素直に、ありがとうございますと答える。
続いて迅さんは友人の方へ視線を向けて。
「きみは、自分が攻め込みたいなら今の銃手のままがいいと思うよ。でもサポートタイプになりたいなら射手に転向するのもありかな」
「は、はい……?」
「きみの友だちが攻めるタイプだからイメージしやすいかな。その隣に並びたいか、後ろから援助したいか、自分はどっちの方が好きかで考えてみるといい」
友人も少し躊躇いながら、ありがとうございますと答えた。それを聞いた迅さんは考えの読めない笑顔を私たちに見せると、さぁさぁと言ってホールから追い出してしまう。
「頑張れよ〜」
「お、おつかれさまでした」
ひらひらと手を振っている迅さんに頭を下げて、私たちはその場を後にする。友人とちょっとだけ相談して、足はそのまま端末室へと向いて行った。
*
「は〜……やっぱすごいな……那須先輩……」
端末室につくや否や、友人はと言えばうっとりと那須先輩の雄姿を眺めている。そのあまりの心酔っぷりに、正直、ちょっと引きそうになった。
でもこれ、たぶん空閑くんを観ている私も同じ雰囲気なんだろうな。そう思うと気持ちもわかるし、なんだか微笑ましく思えてくる。あまり茶々を入れないようにして私も、自分の見たい記録に集中することにした。
とは言え、見る映像は友人と同じだ。那須隊の、とりあえずは前回の記録を探して見る。
「……熊谷先輩か……」
記録に映る熊谷先輩は、やはり弧月両手持ちが基本スタイルだ。今日は炸裂弾を使っていたけど、本来はシンプルに弧月で戦っていく攻撃手らしい。
「沙智、どうすんの? また弧月両手持ちに戻すの?」
「え? なんで?」
「あれ? それに悩んで記録見てるんじゃなかったの?」
互いに疑問符を飛ばし合う。友人は記録観戦に一区切りついたのか、いつの間にか普段通りだ。
「いや、どちらかと言えば片手でも戦えるようになるにはどうしたらいいのかな、って考えてたとこ」
空閑くんいわく――両手でしか持てないと、片手取られた時がヤバイ。解説の太刀川さんいわく――片手持ちになったら、村上の剣速には追いつけない。たぶん、それが今回の熊谷先輩の勝敗に現れたのだろう。
「今まで空閑くんを見てたから、とにかく機動力で相手を翻弄して隙をつくイメージしかなかったのね?」
「あぁ、この前の沙智はまさにそんな感じだった」
「でもそっちを考えるなら、弧月だと合わないんじゃないかな? ってさ」
スピードを重視する人はつまり、どちらかと言うとスコーピオンを好むのではないか。その筆頭が空閑くんだ。空閑くんはとにかく攻める。その機動力で相手の攻撃を見切って交わし、追い詰め、多彩な攻撃で相手の不意をつき確実に獲っていく。
しかしそれはスコーピオンの特性を活かしてこそだ。そう活かせる空閑くんの地力があるからこそあんな戦い方ができるわけで。
「もちろんある程度の機動力は身に着けたいけど、弧月で戦っていくならやっぱり剣として戦えないとなっていうかさ」
「剣としてって?」
「う〜ん……イメージとしては騎士とか、剣士とか、そういう?」
ふぅん、と友人は少し考える仕草を見せる。友人は自分が弾丸系トリガーだからこそ、あまり剣での戦い方は実感がないようだ。
「剣で戦うってもっとこう……今日熊谷先輩と村上先輩がやってたような、刃と刃がかち合う感じの方がイメージ通りじゃない?」
「あ〜、それはわかる」
「私はわりと避けたり、剣を盾代わりに使ったりしてたような気がするな〜っていうの、今回で思ったんだよね。だから剣を剣として、その利点を生かして戦えればいいかな? ってさ」
つまりは――そうだ、熊谷先輩がやっていた受け太刀。相手の剣を受け流し、そこから反撃に転じられれば最高。
よし、と気合を入れ直して端末の電源を落とした。考えもまとまったし、今日やるべき目標も見えた。あとはひたすら、実践あるのみだ。