挑戦、再戦、いざ勝負
 今週の私は合同訓練以外、ひたすらにC級ランク戦ロビーに籠っていた。しかも今日は水曜日なのに、B級ランク戦までお休みだから、とにかくひたすらランク戦ばかり。
 相手に選ぶのはなるべく弧月かスコーピオン。バイパーの甲田、アステロイドの友人に勝って確かな手応えを感じた私は、今度はひたすらに剣戟に持ち込んだ戦い方を模索中だ。

『C級ランク戦、終了。勝者、金子』

 振り切られた剣を弾き返すのは、当然それに見合った力が必要になる。弧月を使っていくならば、自分の剣速や圧を考えた時、力で勝負するのはいずれ不利になるかもしれない。
 だから弾くことより、受けることより、“受け流す”ことを練習するべく集中する。つまりは“いなす”ことであり、相手の太刀筋を最小限の力で逸らさせること。
 結果は思いのほか順調で、ポイントはいよいよ三千の大台も目前だ。とは言え、百里を行くものは九十を半ばとす。油断は禁物だと気を引き締めつつ、私はまた弧月相手にランク戦を申し込む。
 相手の太刀筋を予測し、最短で相手の剣をいなす方法を、考える。

「よし、勝利!」

 無事にポイントを勝ち獲って一息。段々感じが掴めてきた気がする。
 とはいえ、さすがに夢中になりすぎた。疲れてきたし、こまめな休憩は大事だと私は一度ブースを出る。そのままホールを通り過ぎて、自動販売機スペースへ。
 適当なジュース一本を手に戻った私は、どうせなら誰かのランク戦でも鑑賞しつつ小休止しようと思いつく。だからとホールにどこか空いた席はないかと見回して。ふと、訓練生ではない鮮やかな青色が目に留まって――空閑くんと、目が合う。

「――お、金子もいたのか」
「お、おつかれさまです!」
「…………おつかれ」

 ファン根性から、動揺しつつもしっかりとお辞儀。けれど空閑くんからの返事があるまでは妙な間があった。どうかしたのかとおそるおそる顔を上げて表情を伺うも、空閑くんは平然としていてよくわからない。

「どうかしましたか……?」
「別にかたくるしい話し方しなくていいぞ」
「……あ、ごめん」

 どうやら私が反射で敬語を使ったのがよくなかったらしい。最近周りに先輩ばかりだったから、つい。
 前と同じことを言ってくれる空閑くんに軽く謝る。空閑くんも大して気にしていないのか、うん、と答えてそれっきりだ。あまり追及することもなく、「それより」なんて軽く話題を変えられる。

「前に約束しただろ。たまにならランク戦してもいいって」
「っ、まさか! 今日これからとか…!」
「おう、いいぞ。久々に遊んでやる」

 やった、と思わずガッツポーズが出てしまった。さっきまでのランク戦の疲れが吹っ飛ぶくらいの吉報だ。空閑くんは、素直でよろしい、なんて頷いている。
 わくわくしたまま早く、とブースに向かう。が、はて、正隊員とはどうやってランク戦をするのだろうか。考えていると空閑くんからブースに入るよう言われたので、その通りにブースに入る。

「えーと……?」
『――よし、金子。準備はいいか?』
「あっと、どうすればいいの?」
『まず……――』

 空閑くんが私に通信できているのはどういう仕組みなのだろうか。不思議に思っていると、どうやら訓練生には自動で表示されないだけで、操作すれば正隊員が入っているブース番号も表示できるらしい。言われるがままに操作したおかげで『おれがいるのはここだ』と言うブース番号も表示された。
 素直にそのブース番号をタップすると、『ランク戦申し込みが受理されました』とのアナウンス。続いていよいよ転送までのカウントダウンがスタートする。

『――ランク外対戦。三本勝負、開始』
「三本!?」
「不満か?」
「いやいや! むしろ嬉しい!」

 一本勝負だと思っていたのに、まさか、空閑くんは三本勝負してくれるらしい。
 なるべく長く“遊んで”もらいたいし、私としても呆気なく負けるわけにもいかない。たとえ勝てなくても、時間を稼ぐことができたならそれも戦果なのだと、この前のランク戦総評でも言っていたし。

「じゃあ行くぞ」

 たん、と軽い足音が響くだけで、気づけば空閑くんはあっという間に間合いを詰めている。速いことは覚悟していたけど、なんだか前より速くなっていないだろうか。
 ――瞬間、空閑くんの太刀筋を予測して、舌打ちしたくなった。
 首を狙う太刀筋。弾かれた後、腹部を狙う太刀筋。それから空閑くんの機動力も合わされば、“いなす”だけでは足りない。
 余裕がなくて、私はどうにかギリギリで首に来たスコーピオンを弾き返した。そこから腹部に来ると予想して、片足を一歩引く。

「お?」

 空閑くんは、一瞬驚いたような表情を見せた。今までの私だったら弧月でどうにか次の一手を弾いていたところだし。
 今回の私は違う。これまでも散々訓練生と剣戟を交わしてきたのだ。引いた足で体勢を整え、渾身の力で空閑くん目掛けて弧月を振り抜く。
 空閑くんは瞬時にスコーピオンで弧月の勢いを殺していなしつつ、屈んで私の弧月をかわした。となれば下から来るだろうと、私も仰け反ってスコーピオンをかわす。
 その間に、弧月の柄をくるりと回して持ち替えた。さっき体勢を整えていたから、腰から下、重心が落ち着いていれば力は入る。再び薙ぐように弧月を振れば、いよいよ空閑くんは一旦私から引いていった。

「ふむ、前より様になってるな」
「ほんと!?」
「うん。いいカンジだ」

 空閑くんからお褒めの言葉をいただいて有頂天だ。いや、まずいまずい。まだランク戦の途中なのに。

「おまえ、器用なんだな。やっぱり片手にして正解だったと思うよ」
「空閑くんのおかげだよ! 最近はランク戦もいい調子なんだよ!」

 ……油断してはいけない、と思うけどやっぱり浮かれてしまった。空閑くんにアドバイスをもらった時もそうだったけど、それを活かせているのだとお墨付きをいただいた気分だ。

「ただ、大振りなのは気を付けた方がいいな。隙が大きいと反撃がくるぞ」
「……なるほど」

 飴だけでなく鞭も忘れない空閑くん。大振りになったのはおそらく、自分の剣圧に不安があったからこそだ。いずれにせよ対策を練らないとな、と頭の隅には残しておく。
 それでも浮かれていてワクワクが止まらない。だから私は弧月を握り、構えて。

「じゃあとりあえず、挑戦させて!」

 せっかく褒められたことだし。私は、次のステップへと挑戦するべく地を蹴った。
 これまではただ、空閑くんから仕掛けられるのを受けたり、堪えるので精一杯だった。けれど今回は、仕掛けられた攻撃を受けつつ反撃に出られた。これは私にとって大きな進歩だ。
 だからこそ、今度は私から空閑くんに仕掛けてみたかったのだ。空閑くんは果たして、私の攻撃に対してどう出るのか、知りたくて。

「なるほど、いいね」

 にまりと笑った笑顔を視界の隅に捉える。あぁ、これ絶対あとで記録見返さなきゃ。
 とは言え今はランク戦の最中だ。私は友人に、まるで空閑くんだったと言ってもらった――つまるところ空閑くんリスペクトの動きを、そのまま空閑くんへと仕掛ける。
 真っ直ぐ駆けて、横に飛びのけ、攻撃を誘いながらも――

「さっきも言ったぞ」

 ポツリ、と空閑くんの呟きが落ちる。同時に、片腕が堕ちた。
 切られる瞬間、本能的にヤバいと察知していたようだ。攻撃を仕掛けることなく、考えるより先にそのまま飛びのいて距離をとっていた。

「大振りなのは気を付けた方がいいってな」

 ふぅー、と静かに、細く長く息を吐く。さすがに訓練生とは全く違う。というか、ヤバイと感じる危機感の桁が違った。気迫というのか、殺気というのか。

「……全体的に動きが大袈裟ってこと?」
「うーん、まぁそんなカンジだな」

 互いが互いの間合いの外にいる今、私はどうにか呼吸に集中して気を落ち着かせる。さすがに今のは心臓に悪かった。普段のランク戦ではそうそう経験できない感覚だ。
 集中し直していたからだろうか、空閑くんはまたにんまりと笑う。

「どうした? もう来ないのか?」

 うわ、好戦的な笑顔。それもっと間近で見たい。ここもちゃんと記録で見直しておかないと。
 まぁ、そういったファン心理はさておき。せっかく空閑くんに遊んでもらうついでにアドバイスまでもらってるのだ。私は見栄を張る必要もないかと、正直に告げる。

「いや、さすがに訓練生と全然違ってさ、ちょっとビビったよね」
「あぁ、なるほど」
「……なにかアドバイスくれると嬉しいな〜、なんて」
「ほう? じゃああれだ、もっかいそっちから仕掛けていいぞ」

 空閑くんのそれはアドバイスなのか、優しさなのか。とは言え、ビビっている時に責められると確かに冷静に対処できなさそうだし、それなら踏ん切りつけてこちらから仕掛けた方が精神的にはいいのかもしれない。
 大きく一度、深呼吸。さて、どうするべきか。
 もう一度同じように仕掛けるのは一つの手だ。大振りにならないように、無駄のない動きを意識して。現状、支えの片腕をなくしてしまっているのが不安要素ではあるが、そのために今まで練習してきたのだ。弧月を、片手でも扱えるように。

「……さて、じゃあ、お願いします」
「うむ」

 弧月を真正面に構え、最後の深呼吸。腰を落として、間、後に地を蹴った。
 動きが大袈裟だと空閑くんは言う。それはつまり私が間合いを見切れていないということなのだろう。怖くて引いてしまいたくなるから、距離を取ってしまう。そう余裕を取った分だけ、私は大振りに動かざるを得ない。
 だから、さっきより一歩奥へと踏み込む。それから飛びのいて――この時も、離れすぎず――回りこんで、弧月を振る。
 空閑くんは私の剣先が首ではなく腹を狙うところまで想定していたらしい。迷いなく体を翻し、流れるようにスコーピオンの切っ先が私の首を刈り取って。

「なかなか、悪くなかったぞ」

 その空閑くんの言葉を最後に、私のトリオン体は無事にベイルアウトしたのだった。
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