バレンタイン直前の今日、六頴館では前期試験の合格発表が行われた。私は無事に前期試験に合格し、一足早く春を迎えることができました、とさ。
一方で、友人は残念ながら不合格。私の前では「やっぱりダメだったか〜」なんて明るい声色を繕ってはいたけれど、心中穏やかではないだろう。不安もあるだろうが、友人は負けじと「まだ後期があるから」と言って決意新たに勉強に励むと宣言していた。
「……まぁ、勉強には甘いものだよね、やっぱり」
だから私はボーダーに行く前に、近くのショッピングセンターへと足を運ぶことにした。この時期は必ず特設売り場がどこかしらにあるが、どうせならいいものを、と商品の幅があるだろうここを選んだのだ。友人への応援として、バレンタインを口実に差し入れでもしようかと。
さすがにバレンタイン直前だからか、思ったより人は少なかった。既に準備済みの人や手作りの人も多いのだろう。ちらほら売り切れになってしまっているのか空になった棚も見て取れる。
学校だと、受験だからクラス内でもバレンタインに浮かれた雰囲気はほとんどない。この時期に落ちてしまったクラスメイトもいるのだ、合格したメンバーも自粛している様子だし、私とて例外ではない。
――だけど、それはあくまで学校での話。
「空閑くん、甘いもの好きかな……」
ジュースを奢った記憶があるが、あの時空閑くんは何を飲んでいたんだっけ。全く思い出せず、甘いものが苦手な可能性もあるから、はてさてどうしたものか。どんなチョコを選ぶか迷うところ。
もちろん純粋なお礼チョコだ。この前も、遠征部隊を目指して励んでいる忙しい合間を縫って私と三本勝負してくれた。相変わらずアドバイスもしてくれて、遊んでもくれたのだ。ファンだし、お礼だし、チョコをあげたって良いだろう。
つまり今日の目的は二つ。一つは、後期試験に臨む友人への差し入れ用チョコ。そしてもう一つは、空閑くんへお礼として贈るファンチョコだ。
「……ん?」
売り場をぐるりと見回していたところ、最初に足を止めたのは青を基調に飾り付けされた売り場だった。どうやら惑星をモチーフにしているチョコのようで、入れ物はシックな紺色。それでいて外箱は、どこか空閑くんの隊服を思い出させるような青色。
私は惹かれるままに手を伸ばしていた。すると同じように誰かも取ろうとしていたようで、チョコを目前に手がぶつかってしまう
「あ、ごめんなさい」
「いえ、私こそ……あら?」
謝りながらもはたりと顔を合わせた相手は、まさかの木虎さんだった。
「あれ? 木虎さん、お疲れ様です」
「お、おつかれさま」
「すみません、木虎さんも同じチョコを……」
「か、か、勘違いしないで! 私は別に、ちょっと、自分用に買おうかしらって思っただけで……!」
こんなところにいるのだから、当然チョコを買いにきたのだろう。けれど木虎さんはなんだかやけに動揺していて、聞いたこっちが申し訳なくなるくらいだ。
「いいですね。私も自分用に買おうかな、って思ってたところです」
「そ、そうでしょう!? 別に、誰かにあげるだなんてそんなこと……」
……明らかに、誰かにあげそうな雰囲気だ。これ、聞かない方がいいんだろうか。あまりに動揺してるから聞かれたくないんだろうけど、それにしてもこれだけあからさまだと気付かない方が怪しまれるんじゃないだろうかと思ってしまう。
まぁ、それでもこの場には私と木虎さん以外いないのだ。あまり聞かないようにしようと心に決めて。
「もったいないですね。木虎さんみたいな美人さんにもらったら、きっと誰でも喜びそうなのに」
「……そ、そうかしら……」
木虎さんは照れたようにしながらも、さっき取ろうとしたチョコに手を伸ばす様子はない。私は少し悩んだけど、やっぱり綺麗だからと改めてチョコを手に取る。
「……こういうの、私なんかは綺麗って思うんですけど、男子はあんまりそういうの興味ないですかねぇ……甘いものが好きかもわからないし……」
箱を手に取りつつ、改めてショーケースの中に飾られたチョコをまじまじと見る。チョコだとは思えないほど鮮やかな色彩で描かれた星々。見ているだけで惚れ惚れするような代物だけど、男子ならやっぱり味だとか、量の方を重要視しそうなイメージもある。
そう、世間話の延長で何気なく相談してみれば、木虎さんは意外そうな目を向ける。
「あなた、男子にあげるの?」
「はい。あ、告白とかじゃないですよ。ファンというか、お礼というか」
「ふぁ、ファン!?」
木虎さんの目尻が吊り上がる。え、私なにかマズイこと言っただろうか。
「あなた、誰のファンなの?」
「へ?」
「ま、まさか、ボーダーの……!」
わなわなと震えはじめる木虎さん。……あれ、もしかして、木虎さんも同じだったりするのだろうか。この青色に、もし同じ人を思い出したんだとしたら……。
別に告白するだとか好きな人が被ったとかそういうわけではない。にも関わらず、私はドギマギしながらも恐る恐る、勇気を振り絞って訊ねる。
「木虎さんも、空閑くんのファンなんですか…!?」
「……はぁ?」
けれど、私の予想は外れたらしい。空閑くん、と言った瞬間に眉をひそめ、さらにはファンなのかという私の問いには心底わけがわからないと言った表情で口を開けている。
「え、だってボーダーの誰かのファン、って……」
「……あなた、あいつのファンなの……?」
「はい、もちろんです!」
「…………変わってるのね、あなた……」
なんだか変なものでも見るような目で見られてる気がする。これまでの活躍を見てきた私からしたら、空閑くんのファンになるのなんて自然の摂理なのに。
いずれにせよ木虎さんと相手が被ってないようで一安心だ。落ち着いたことだし改めてどれにしようか悩んでいると、木虎さんは私から目を逸らしながらも呟いて。
「……あいつなら、少なくとも甘いものは嫌いじゃないはずよ」
「え?」
「三雲くんがそう言っていたわ。玉狛で食べるおやつはなんでも美味しいと言って食べてるって」
「そ、そうなんですか!」
なんという朗報だ。まさか木虎さんから、空閑くんが甘いものを食べられるという重要な情報を得られるとは思わなかった。私はすぐに「ありがとうございます!」と頭を下げる。木虎さんは少しだけ引いた様子だったけど、「別に、大したことじゃないわ」と答えてくれた。
前髪を一房撫でつける仕草は前にも見たことがある。様になる上品な雰囲気に見惚れていると、木虎さんはまた不審げな目を私に向ける。
「……なにか?」
「あ、いえ……木虎さんって星輪女学院付属中なんですね」
コートから覗く胸元のリボンは細身のタイプで珍しい。それから私たちのプリーツスカートとは違う、ワンピースタイプでプリーツ数の少ないタイプ。黒のハイソックスと、全体的に清楚なデザインの制服は星輪女学院付属中ならではだ。
「凄いですね。A級部隊のエースで、頭も良くて、訓練生の指導までしてるなんて……。同い年とは思えないです」
「……私はあなたより長くボーダーにいるの。勉強だって、学生の本分よ」
そっけないけれど、どこか、空閑くんを思わせる返事だと思った。訓練生ながら特級戦功を取った空閑くんも謙遜せず、実力だと言っていた。それに似て木虎さんも、自分が相応の立場にいると自負しているような、そんな雰囲気がある。
「というかあなた、同い年なら高校受験はどうしたの。ボーダーに通ってる場合?」
「あ、前期で六頴館受かったので、そっちは大丈夫です」
「……あなた、六頴館なの……!?」
木虎さんが若干、信じられないとでも言いそうな顔で私を見る。え、そんなに意外なのかな。っていうかあんまり頭が良くないと思われてたっぽいような気がする。いや気のせいだと思いたい。
「…………ま、まぁ。そういうことなら問題ないようね。せいぜい訓練に励みなさい」
「は、はい。ありがとうございます!」
激励の言葉に頭を下げて応えれば、木虎さんはそのまま去っていってしまった。結局、さっき手を伸ばしていたチョコは買わなくてよかったのだろうか。別に自分用だって言うなら買えばよかったのにと思いつつ、あまり突っ込むのも野暮かと頭を切り替える。
もう一度手元のチョコを見れば、やっぱり外箱は鮮やかな青色。空閑くんの姿を思い出すそれが気に入ったので、ファンチョコはこれに決まりだ。
あとは友人への差し入れチョコも、と私も再びチョコ売り場を巡るのだった。