二月十五日土曜日、バレンタイン翌日。この日もB級ランク戦は行われていた。
当然いつものように空閑くんのランク戦を見に行こうと思ったのだけど、私が受験に合格したのだからと週末はお祝いがてら出かけることになってしまった。ファンとしてリアルタイムでの観戦は叶わなかったのは悔しいが、仕方がない。
ということで、月曜日の放課後ボーダーについて、真っ先に向かったのは端末室だ。
「……は〜……」
四対一。周りが全員敵という中で、空閑くんは最後の一対一になるまで生き残っていた。途中、東さんからの狙撃や北添さんからの爆撃があったにも関わらず、確実に敵の戦力を削ぎ、一人を倒し切ったのだ。
「この前のかすり傷、本当に奇跡だったんじゃないのかな……」
それとも、空閑くんが“遊んで”いたからこそ、か。空閑くんはB級上位グループの攻撃手たちを相手にしてなお猛攻を凌ぎ、立ち回れるほどの実力を持っているのだから。
だとしたらいつか。それがどれほど先かはわからないけど、空閑くんを本気にさせられたらな、なんて思ってしまった。いつか、本気で戦いたいと思ってもらえるような、そんな攻撃手になりたい、って。
「あ、そうだこの前の記録」
せっかく端末室に来ているのだからと、私は再び記録を遡る。B級ランク戦よりも前、私とやったランク外対戦三本勝負の。
「……はぁ〜〜……」
もう、かっこいいなぁ、空閑くん。私、こんな凄い人に“遊んで”もらったんだなぁ。
ちらちらと映る私は思ったより様になっていて、空閑くんにいいカンジだと褒められたことを思い出して頬が緩んでしまう。そして度々、好戦的な笑顔を見せる空閑くん。あぁもう、かっこいい。なんでこんなにかっこいいんだろう。
私の攻撃を軽々かわしていく空閑くんも、スコーピオンで私の弧月をいなしつつ身を翻し、流れるようにカウンターを狙う空閑くんも。何度みてもカッコ良くて、ただただため息ばかりが漏れる。
――また、会いたいなぁ。
私のカバンの中には、この前買ったチョコが入っている。友人にはバレンタイン当日、こっそりと差し入れとしてプレゼント済み。あと私の手元に残っているのは、空閑くんにあげたくて買ったファンチョコだけだ。
「……よし」
小さく気合を入れて、端末の電源を落とした。観戦はこれまで。見惚れていたら今日が終わってしまうから、気持ちを切り替えて少しでもポイントを稼いでこないと。
*
そう、ランク戦ロビーに向かう最中のことだ。廊下を歩いていたら何やら前方にきょろきょろ辺りを見回す人影。鮮やかな青色の隊服にまさか、と恐る恐る歩み寄れば、向こうも気付いてくるりと私を振り返る。
「……お、金子か」
「ほ、ほんとに空閑くん!?」
「おう、おつかれ」
ひらりと片手を振る空閑くんに驚きつつも、なんとか「おつかれさま」とだけは返事ができた。数日振りとは言え、このタイミングで会えるとは運が良すぎるんじゃないか。
「今日もランク戦しに来たの?」
「おう。かげうら先輩に誘われてな」
「先輩から誘われたの!? 凄いね!」
「ふむ? まぁだから、今日はすまんが遊んでやれない」
空閑くんは「それで」と私を伺う。「ランク戦ロビーってどっちだったっけ?」と。
「……迷ってたの?」
「ちょっと寄り道すると、すぐわからなくなるんだよな、ここ」
むぅ、と唇を尖らせる空閑くんに思わず吹き出してしまう。意外と可愛いところあるんだな、なんて。空閑くんは特に気分を損ねた様子もなく私を見ているので、一緒に行こうと――言いかけて、私はちょっとだけお願いをすることにする。
「あのさ。案内するからその代わり、ロッカーに寄り道してもいい?」
「ん? 構わないが、何かあるのか?」
「うん、ちょっと」
いざ本人を目の前にすると、なんだか気恥ずかしくて理由は言えなかった。けれど空閑くんは不思議そうにしながらも付いてきてくれたので、私はロッカーに預けていたカバンから覚悟を決めて、チョコを取り出す。
大丈夫。これはただの、ファンチョコだから。
「あ、のね。バレンタイン過ぎちゃったけど、その、いつものお礼に」
「おぉ? チョコレートって奴か」
「うん、そう。……あ、大丈夫だよ! ちゃんと既製品だから!」
どうしても緊張はしてしまったけど、ファンチョコとして大事なところは言及しておく。だって我ながら、ストーカーなんじゃないかってくらい空閑くんとその記録を追いかけて、見てばかりなのだから。
そう疑われる前にと釘を刺せば、逆に空閑くんは不思議そうな顔をして首を傾げる。
「バレンタインって、作ったチョコを渡す日じゃないのか?」
「いや、さすがに空閑くんに贈るのに手作りはちょっと……申し訳ないし」
事前に調べたら、芸能人とかに贈るチョコも手作りはタブーと書いてあった。そりゃそうだ、どこの誰とも知らない人の手作りなんて怖いに決まってる。チョコに何が混ざっているか、なんて気持ち悪く思われたら嫌だし、それなら安心して食べられる既製品一択だ。
「ふぅん? まぁ、ありがたくもらっとく」
「うん。いつもありがとうね」
空閑くんは渡したチョコをもって、今度は違うロッカーへと歩いていく。空閑くんもどうやら、このロッカールームを利用しているらしい。
「正隊員の人もこのロッカー使うの? 会ったことないけど」
「おれは玉狛だからな。他のヤツらは自分たちの作戦室があるし、そっちがロッカーみたいなもんだろ」
「へぇ〜、部隊作ったら部屋もらえるんだ。いいなぁ……」
部室みたいなものがもらえるのなら羨ましい限りだ。とは言え、その為にはB級に昇級しなければいけないわけで。あと数百点、頑張らなければいけない。
考えている内に空閑くんは自分のロッカーを開けて、私のチョコをカバンへとしまっていた。無事に渡せたと安心していると空閑くんは「ところで」と話を変える。
「バレンタインにはお返しが必要なんだろ。金子は何がいい?」
「……え、お返し?」
随分と気が早い話だ。ホワイトデーまではまだ一月近くもあるというのに。もらった時点でお返しを考えるなんて、ちょっと、嬉しいじゃないか。しかもお礼をこちらがリクエストできるなんて。
何がいいかな。何がほしいかな。物を強請るほどではないし、無難にホワイトデーらしくお菓子を……と、言うのじゃもったいない。それならなにか、空閑くんにしてほしいこととか?
「……私がB級になったら、空閑くんとランク戦したい! 今度はグラスホッパー使ってほしいの!」
緑川くんと戦っていた時のような、グラスホッパーで相手を翻弄する空閑くんの機動力。それを間近で見て、体験したいので意気揚々とリクエストすれば、空閑くんは不思議そうな顔を見せる。
「そんなんでいいのか? 別にいいけど」
「やった〜! 楽しみ! 俄然やる気出てきた!」
ご褒美があるとなれば気合も入るというものだ。今度こそ、グラスホッパーを使う空閑くんと戦える。なるべく長く見ていられるように、私も対抗策を考えておかなければ。
一方で空閑くんは「だけど」と私に釘を刺す。
「その時には金子も、ちゃんとトリガーセットしておくんだぞ」
「え? う、うん。でもどうやってやるの?」
「……おれは玉狛でやってもらってるが……まぁ、誰か本部の先輩に聞けばわかるんじゃないか?」
「先輩かぁ……」
誰か声をかけられる人はいるだろうか。若干不安だ。
ともかく無事にバレンタインのチョコも渡せたし、お返しとしてランク戦の約束も取り付けた。私はさらに目標へのやる気を湧かせながらも、先輩を待たせているらしい空閑くんをランク戦ロビーへと送っていく。
そうすれば今度は私の番だ。B級目指して気合を入れ、私はブースに入るのだった。