「……思っていたより早かったわね」
「木虎さんに教えてもらえるなら心配もないし、はやくB級にならないとって思いまして!」
嵐山隊の隊室に向かえば、ちょっとだけ引いた顔の木虎さんがお出迎え。会うまで半信半疑だったのだろうか。昨日の夜にやっとB級昇級して、言われた通りにトリガーと端末をもらって木虎さんに連絡したらすごい驚かれたし。
「今は私と綾辻先輩だけよ。今日は綾辻先輩にもお世話になるから」
「昨日B級になりました、金子です! よろしくお願いします!」
「はい、よろしくお願いします」
綾辻先輩はほんわかとした笑顔で応えてくれる。木虎さんが凛々しい感じの美人さんなのに対して、こちらはお姉さんといった雰囲気の美人さん。
「金子ちゃん、春から六頴館なんだって? 同じだね」
「え、そ、そうなんですか!」
「私も六頴館なの。学校でもよろしくね」
「こちらこそ、お願いします!」
思いもよらないところで高校の先輩にまで出会ってしまった。春、新学期が始まるまえにこうしてご縁があることはボーダー隊員の特権かも、なんて。
それはそれとして、実のところ木虎さんにB級昇格を報告した時点で隊室に来るようにと言われていた。色々教えてもらう上に隊室にお邪魔するとなると、手ぶらで行くのもどうなのか。悩んで家族に相談したら、ただでさえ忙しいだろう嵐山隊の人に教わるのだから、との意見。素直にお礼兼差し入れとしてお菓子を用意してきたので、木虎さんにそのまま差し出す。
「あら、ありがとう。気が利くじゃない」
「お菓子で良かったでしょうか……?」
「大丈夫よ。何かを教わる時にそうやって礼儀を弁えるのは大事なことだわ」
木虎さんは差し入れを受け取って、穏やかに笑う。やっぱり美人さんって笑うだけで絵になるなぁ。
そう呆けていると、綾辻先輩がくすくすと笑っている。う、こちらも美人だ。
「藍ちゃん、金子ちゃんはお気に入りなんだね〜」
「な、なんですか突然!」
「だって同年代に優しい藍ちゃんなんて珍しいもの」
「別に……ただ、金子さんは私の後輩だそうですから。私も相応に応えるだけです」
木虎さんは綾辻先輩にそう言いながらも、私には「そこに座りなさい」と言って寛ぐように促してくれる。木虎さんはどこかに向かおうとしていたが、綾辻先輩が「お茶は私がいれるよ」なんて言っていて。隊室の中で給湯室があるのかな。至れり尽くせりだなほんと。
密かに感動していると、木虎さんは「すみません、お願いします」と言って差し入れを綾辻先輩に手渡した。そうして踝を返し、私の向かいへと腰を下ろした木虎さんは「それじゃあ」と話を始める。
「窓口でトリガーを受け取った時、説明があったでしょう?」
「はい。トリガーの付け替えはエンジニアが行うから、各自で開発課を尋ねること。準備ができたらさっそく防衛任務につくこと、と」
話している裏で、綾辻先輩が机にお茶を出してくれた。ありがたくいただいていると、木虎さんが「何かわからないことは?」と私を伺ってくれる。
一応トリガーに関連した資料も配られたし、目も通してはきた。が、木虎さんも予想しているのだろうか、すでにわからないことがいくつかあった。
たとえば正隊員に配られる端末は、連絡を取る以外にも、データベースにアクセスしてランク戦の記録などを見たりもできるとのこと。その中に出てきた単語の中で――
「トリオンを変換して自動充電される、ってあったんですけど……トリオンってなんですか?」
「簡単に言えば、トリガーを扱うためのエネルギーね」
私の質問にさらりと答える木虎さん。そのまま、『トリオン』について説明してくれる。
その『トリオン』というエネルギーは見えないだけで、人間の内臓で生成されているものらしい。トリガーはそれを利用して起動させるもので、筋肉のように、どれくらいのトリオンを生成できるかという個人差もあると。
「……あぁ、だからトリガーの説明の時に、トリオンによって威力が、とか弾速が、っていう注釈があったんですね」
「そのとおりよ」
木虎さんからの後押しもあってようやく理解が追いついた。どのトリガーの説明を見るにもトリオンという言葉が並んでいて、なんとなく雰囲気で読んでいただけだったのだ。それを個々人の持つエネルギーだと置き換えればやっと意味が理解できる。
「きちんと予習もできているようね。他にはなにかあるかしら?」
「基本的な理屈はある程度わかったと思いますけど……トリガーについてはイマイチ」
「そうね、それは体験で覚えましょう。それじゃあ綾辻先輩、お願いします」
体験、と首を傾げている内に綾辻先輩はにこにことデスクへ座る。そして私はと言えば、木虎さんに連れられるがまま別室へ。
『藍ちゃん、準備完了だよ』
「ありがとうございます」
「な、なんですか? これ」
「トレーニングルームよ。各隊室に用意されているの」
……隊室って豪華だな。そう思うの、これで何度目だろうか。
ともかく、木虎さんは私に向き直ると、「今は弧月だけ?」と確認する。まだ開発室には行っていないので、訓練生の時に選んだ弧月をそのまま引き継いだだけだ。頷くと、木虎さんは少し考える様子を見せる。
「あなた、攻撃手だったわね」
「はい、そうです」
「じゃあまず最低限のセットを体験しましょう。綾辻先輩、お願いします」
『了解』
ふ、と妙な感覚がした。何かと思ったけどこれがトリガーセット、ってことか。弧月意外にも選択肢が増えたのがわかる。
そう私が戸惑っている一方で、木虎さんは淡々と説明を続ける。
「まずシールド。盾のトリガーね。出してみて」
「し、シールド」
迷いつつも宣言すれば、弧月を出す時と同じようにそれが現れる。これはB級ランク戦でたくさん見てきたので、思いの外すんなりと、イメージ通りに出現した。
「あなたのトリオン能力によって強度が変わるわ。必要に応じて出す大きさを調整しなさい」
それから一通りシールドの説明を、実践を交えつつ受ける。思ったより好きな形やサイズに設定できるので、逆にいざという時にどう使うか迷いそうな代物だ。これはまたB級ランク戦を見直して、先輩隊員たちがどんな風に使っているか勉強する必要がありそう。
あとはバックワームの説明も受けた。狙撃手なら必須装備だが、攻撃手でも奇襲する時などに使うらしい。これはレーダー探知をかいくぐるものだが、起動している間はずっとトリオンを消費するので注意すること、と。
「今はメインに弧月とシールド、サブにはシールドとバックワームを入れたわ。まだ余裕はあるみたいだけど、何か使いたいトリガーはあるの?」
「あ、それならグラスホッパー試してみたいです!」
すぐに名前が浮かんだトリガーをそのまま告げれば、木虎さんはげんなり顔。
「……空閑の影響ね」
「それもありますけど、実際便利じゃないですか? あれがあると好きなように移動できそうですし」
「あのね、トリガーはどれも万能じゃないのよ。デメリットもある」
デメリット、とオウム返しをすれば木虎さんは一つため息。
いわく、グラスホッパーは踏めば推進力を得られるものの、それを効果的に利用するためには反射神経が必要だとのこと。元々トリオン体でも訓練すればそれなりの機動力は身につくので、グラスホッパーに頼る前に基本的なトリオン操作の訓練を優先した方がいいとか。
「あと、一番のデメリットは……的になりやすいことね」
「え? 的にならないように逃げられるトリガーじゃないですか?」
「攻撃手や銃手、射手から逃げようとすると、狙撃の恰好の的になりやすいのよ」
言われて、これまでのランク戦を思い出す。けれど空閑くんをメインに観戦していたから、あまりそういった場面の記憶がない。
私が納得していないのがわかったのだろう。木虎さんは少し考える素振りを見せてから「まぁいいわ」となにやら話を完結させてしまう。
「サブにグラスホッパーを入れておいたから、少し試しましょう。あとは実戦で教わってくるといいわ」
「実戦、ですか?」
「綾辻先輩、防衛任務のシフトって調べられますか?」
『はーい、ちょっと待ってね……』
「私はちょっとあなたのことをお願いしにいってくるわ。ここを使っていいから、グラスホッパーの練習をしてて」
呆けている間に木虎さんはトレーニングルームを出て行ってしまう。少しして綾辻先輩から『グラスホッパーも使えるよ〜』とアナウンスがあったので、言われたとおりに踏んでみる。うわ、何これ、楽しい。
そう遊びながらもグラスホッパーに慣れている内に木虎さんが帰ってきて、明日の昼、防衛任務に行ってきなさいと指示を受けたのだ。とっても急だけど、いよいよ私も訓練ではない戦闘に赴く時が来たらしい。
その後トレーニングルームを後にした私は、ボーダーの端末でも木虎さんと連絡先を交換する。頑張ってきなさい、と激励を受けて、私は嵐山隊隊室を後にした。