二月二十二日、土曜日。今日はB級ランク戦昼の部で、玉狛第二は上位グループ――生駒隊、王子隊――と戦う予定だ。
だというのに、私は今それどころではない。いやもちろん、後で記録を絶対見返してやる、くらいの想いはある。気合もある。けどそれでも――いざ実戦、というのは、やっぱりちょっとだけ怖い。
「今日はよろしくな、金子さん」
「はい。東隊長、よろしくお願いします」
しっかりと頭を下げれば、よし、と頷く東隊長。大学生らしく、かなりの年上ということなんだけど……なぜかお兄さんというよりお父さんみたいに思えてしまう。だってなんか妙に安心する空気を纏っているんだもん……。
ともかく、私は木虎さんに言われたとおり、約束の時間五分前には東隊隊室へとやってきた。夜からは東隊だってランク戦を控えているというのに、日中に防衛任務に出るとのこと。そこに参加させてもらって色々教わってきなさいと木虎さんに送り出されてきたわけで。今日お世話になるからと、東隊の皆さんへの差し入れも当然用意してきた。
「金子さん、ごちそうさま」
「偉いな〜、B級上がったばっかなのにちゃんとしてて」
ごちそうさま、とすんなり受け取ってくれたのは奥寺先輩だった。雰囲気を見るに、受け取り慣れているのだろうか。一方隣の小荒井先輩は、さっそくと言わんばかりに包みを開けてはじめている。
それを「こら! 任務前に……」と諫めたのは東隊オペレーターの人見先輩だ。
「金子ちゃん、ありがとうね。さすが、木虎ちゃんの紹介ね」
「いえ、こちらこそ……今日はお世話になります」
「まかせて、しっかりオペするから」
にっこり笑顔の人見先輩にほのぼのとしていると、東隊長がさぁ、と声を上げた。私と、人見先輩と、奥寺先輩と、お菓子を頬張っていた小荒井先輩。四人の注目を集めつつ、東隊長は指揮を執る。
「今日の防衛任務は金子さんも加えての編成だ。金子さんは弧月使いの攻撃手。今回が初めての防衛任務だから、途中で交代だ。奥寺、小荒井、それまできちんとフォローしてやれ」
「「了解」」
「人見も、最初の内は情報を絞って、金子さんを混乱させないように注意だ」
「了解」
「金子さん。あまり気負わなくていい。俺たちがしっかりフォローするから、思う存分戦ってくれ」
「りょ、了解です」
倣って『了解』という返事をすると、なんだか本格的な気がする。東隊長は再び穏やかに笑うと、よし、と一つ頷いた。
「ではもうすぐ時間だ。各自準備。人見は金子さんのベイルアウト先を臨時でウチに設定しておいてくれ」
「了解」
わけもわからぬまま、防衛任務が始まろうとしている。私は奥寺先輩と小荒井先輩に張り付くようにして色々と教わりつつ時間を待つ。転送前に換装しておくんだとか、トリガーセットの最終確認をしておくとか、これはランク戦でも同じなんだとか。
そうしていざ、任務開始時刻。前の部隊から引き継いだ地区にて、さっそく人見さんから通信が入る。
『北東百メートル先、ゲートが開きます』
「了解。金子さん、行くぞ」
「グラスホッパー持ってるんだっけ? じゃあ飛ばしていくぜ!」
え、と止める間もなく、小荒井先輩は颯爽とグラスホッパーを踏みぬいて飛んでいく。任務はもう始まってるんだ、私も行かなければとあたふたしていると、隣にはまだ向かっていなかったらしい奥寺先輩。なんだか小さく、「小荒井のヤツ……」と呟いているような。
「大丈夫だ、落ち着いて、あいつに付いて行こう」
「は、はい!」
奥寺先輩に声をかけてもらって、少し落ち着いた。私はまだ慣れないながらもグラスホッパーを出して、踏みぬいて、その推進力を利用しつつどうにか小荒井先輩を追いかける。
『目標補足。デカいの二体です』
『東、了解。ちょうどいい、北側のは俺が処理する』
処理、と思った瞬間には銃声が響いていた。なにが、なにやら。呆けている間にも、遠目に見えていた大型近界民が動きをとめてズシリと沈んでいく。
『目標沈黙。残り一体。現在、付近にゲートは発生していません』
『東、了解。小荒井、金子さんのサポートだ。もう着く』
『小荒井、了解』
移動しながらでも容赦なく流れ込んでくる情報に、現時点ですでに目を回しそうだ。けれど、やっとの思いで小荒井先輩に追いつけば、そこには訓練でよく見る近界民の……一回り大きい姿。
「お、おっきくないですか……!?」
「訓練用のはちょーっと小さくしてあるからな」
小荒井先輩は何の気なくそう答えるけど、いや、さすがにこれちょっとか。ちょっとなのか? ともかく弧月を握っていつも通り、あいつの核をどうにか壊さないと。
けれど近界民の方が一手早かった。気づいた時には足を大きく振りかぶっていて、踏まれる、と思った瞬間パニックになる。
――刹那、視界がぐんっとブレた。気づけば奥寺先輩に引っ張られていて、近界民の足踏みを辛くも凌ぐ。
「金子さん、大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます!」
「奥寺、金子さん、次も来るぞ!」
小荒井先輩の声にハッとして、私は慌ててグラスホッパーを起動。ともかく距離をとるべく近くの建物を足場に立つ。さっきより高いところから見ているからか、改めて向かい合う近界民の大きさがよくわかる。
そんな私の後ろに着地した、奥寺先輩と小荒井先輩。二人の先輩はいつでも準備万端、といった雰囲気だ。
「よし、金子さん。実戦だ」
「金子さん、がんばれ〜」
声援を受けつつ、深呼吸を一つ。大丈夫。私だってこれまでずっと訓練してきた。
過去、近界民相手の戦闘訓練の時、間合いを詰めるのにどれほど苦労したことか。あの時は弧月しか持っていなかったからできなかったけど、今の私にはグラスホッパーがある。落ち着いて、相手の核を切るイメージをしっかり持って。
――そう、いつもの、空閑くんみたいに。
私はグラスホッパーを踏んで、とりあえずは間合いを詰める。それから、一旦グラスホッパーで横に逃げつつ目標――近界民の核を――補足。弧月を振るべく構えて、見切った、瞬間グラスホッパーを踏んで飛ぶ。
確かに感じる手応え。それから、なにかがパキンと割れる音。
「……おぉ……」
「なんだ、大丈夫そうじゃん」
奥寺先輩の驚いたような声と、けろっとした小荒井先輩の声が聞こえる。ともかく、近くの建物の上に着地して振り返れば、近界民はゆっくりと地面に沈んでいった。訓練の時と同じように、無事に倒せたようだ。
やっぱり訓練と実戦の緊張感はまったく違ったけれど、どうにかなってよかった。それに不思議と実戦の方がなんか、切れやすかったような――と、色々考えていると、黙ったままだった私に奥寺先輩から声がかかる。
「ほら金子さん、報告報告」
「あ、えっと……? 目標、沈黙しました?」
『人見、了解。金子ちゃん、上手だったわよ』
「……ありがとうございます!」
近界民を倒したら報告も忘れずに、ということか。慌てて人見さんに声をかければお褒めの言葉をいただき、ちょっとした達成感に嬉しくなる。
ゲートが確認できないため、続けてこの後の処理に関しても説明を受けた。なんでも、倒した近界民は回収班という人たちによって回収されるらしい。そうして本部に連れて行って、近界民内部に残っているトリオンとやらを抽出することが目的だとか。
「理想は、さっき金子さんがやったみたいに、なるべく少ない手数で倒すこと。トリオンが漏れないようにすると再利用できる量も多いしな」
「けど、相手によってはそんなこと考えず、削りながら安全に倒した方がいいぜ。ベイルアウトしたら元も子もないからな」
奥寺先輩と小荒井先輩は交互に説明をしてくれる。なんか、話を聞いてるとリサイクル業者の仕事してるみたいだな、これ……。ついでにこっそりと、防衛任務の出来高払いにも関わってくるからと教えてくれた。討伐数はもちろんだが、それによって集められたトリオン量も多少加味されるとかなんとか。
そういえば、B級になったからお給料もらえるんだよなぁ、と思い出す。これなら高校に行ってから、他のバイトを探す必要もないかもしれないな。
『奥寺、小荒井。次が出るまでしばし待機だ。ついでに金子さんに例のヤツ、やるぞ』
「奥寺、了解」
「小荒井、了解」
「……れ、例のヤツ……?」
なんだか不穏な言葉が聞こえたような。私に、何かをやるって、何。それ怖いことじゃないのかな。大丈夫かな。
私が不安に感じたのもわかっているのだろう。東隊長は「怖がらなくても大丈夫だ。ただ、木虎に頼まれたからな」と。木虎さん、何を頼んだんだろう。怖いなぁ、と思っているとそれじゃあ、となぜか――弧月を構えて私と対峙する、奥寺先輩と小荒井先輩。
「え、え、なんですか!?」
「訓練みたいなもんだ。大丈夫、ベイルアウトはさせないから」
「よーし、行くぞ金子さん!」
先手を打ったのはやっぱり小荒井先輩。慌てて飛びのくも横から奥寺先輩が来ていて、慌てて弧月で太刀を受けつつ退く。
いきなり訓練っていっても、ランク戦じゃないのにどうして戦闘訓練なんか。ともかく、奥寺先輩と小荒井先輩の息の合ったコンビネーションに追い詰められつつ、私はひたすら建物を足場に逃げていく。
「金子さん、結構いい動きするじゃん」
「やばいな、オレうっかり切っちゃいそう」
「やめろよ小荒井。それしたら今日のおまえの戦果、金子さんにつけるからな」
「へいへい」
会話が不穏すぎるんですけど! ナニコレ、新手の新人虐めですか!?
ともかく奥寺先輩と小荒井先輩の行動にどんどん追い詰められていく。当然だ、記憶が確かなら東隊って上位グループの部隊のハズなんだから。それなのにB級上がりたての私を獲物にするなんて、甲田じゃあるまいし!
いよいよと追い詰められていった私は半ばパニックになりながら、グラスホッパーを起動。そのまま、宙へ逃げ――
『射撃警戒』
人見先輩の忠告と、眼前を弾丸が掠めていったのはほぼ同時だった。ひゅう、と心臓が縮まった感覚。これはよく知っている。前にも空閑君に片腕を獲られた時、似たような恐怖を感じた記憶がある。
私はどうにか逃げた先、建物の屋根の上に着地して一息つく。近くに奥寺先輩と小荒井先輩の姿も見えたけど、彼らはもう弧月を構えてはいなかった。
『さて、金子さん。どうだった?』
「……今の、東隊長、ですか」
恐る恐る訊ねたものの、聞かなくても答えはわかり切っている。奥寺先輩も小荒井先輩も銃を持ってはいない。この部隊に狙撃手は一人だけで、だから、今の弾は間違いなく東隊長のハズなのだ。
『木虎に言われてな。グラスホッパーを安易に使うと的になる、ってことを教えてやってくれって』
「それにしたって東さんに頼むのがスパルタだよなぁ。オレだって東さんに狙われるの怖くて嫌だし」
東隊長の種明かしはとんでもないことだった。木虎さん、なんてことをお願いしてたんだ。小荒井先輩の同情の声が身に染みるよこれ。
『皆、ゲート発生よ。南二百五十メートル』
「奥寺、了解。ほら金子さん、気を取り直していくぞ」
「……はーい……」
さっきので寿命が十年は縮んだ気がする……。どうにか気持ちを切り替えて返事をすると、奥寺先輩も苦笑していて。
とにもかくにも初めての防衛任務は、忘れられない任務になりました。違う意味で。