備えあれば、憂いなし?
 さて、B級になったはいいが、私は大変なことに気づいてしまった。
 まずB級になったことで、合同訓練に出る必要がなくなる。むしろそれにあたるものが現シーズンで行われているB級ランク戦らしく、まだ部隊を組んでいない私には訓練の場がない。
 個人ランク戦をしようにも、訓練生に申し込むわけにもいかない。B級とC級でランク戦を行うには両者の合意が必要らしく、基本的には訓練生に断られてしまう。っていうかまぁ、ついさっきいつもの癖で申し込みしたら『相手に拒否されました』とかアナウンス出たのちょっとびっくりしたよね……。

「どうしよう……」

 途方に暮れてしまって、一度はブースを出て自販機スペースに。現実逃避しても仕方がないんだけど、相手がいなければどうしたものか。

「お、金子さんじゃん」

 そう呆けていた私を呼ぶ声。あれ、と思って顔を上げれば、そこには東隊攻撃手の二人がいた。

「小荒井先輩、奥寺先輩! 昨日はありがとうございました」
「おう、お疲れ」
「どうかしたか? なんか困ってたみたいだったけど」

 防衛任務で一緒に過ごしたからか、とても安心感を覚える。だからと、私は二人に現状を説明した。ついさっき、ランク戦の申し込みを断られたところまで。

「あ〜、金子さんまだ部隊に入ってないからかぁ」
「何かあるんですか?」
「部隊に入ると、トレーニングルームで色々設定したり、仲間同士で訓練したりもできるしな」

 小荒井先輩の納得したような声に首を傾げると、奥寺先輩が補足。ランク戦ロビーで対戦することもなくはないが、申し込めば必ずランク戦せざるを得ない訓練生の時とは違う。そのため、あらかじめ同意を得た上でブースに入る事の方が多いらしい。

「……じゃあ、訓練できないじゃないですか……」
「そんなにランク戦したいのか? 正隊員なんだし、防衛任務とかも出られるのに」
「戦闘訓練しとかないと、ぜったい空閑くんにボコボコにされますもん」
「「……空閑?」」

 小荒井先輩と奥寺先輩の声が見事に重なる。

「ちゃんとグラスホッパー使えるようになって、空閑くんに一矢報いたいじゃないですか!」
「空閑と個人ランク戦やるのか? 意外と根性あるな、金子さん……」

 奥寺先輩が面食らったように目を丸くする。そりゃまぁ傍から見たら、B級上がりたての新人が期待の大新星に無謀に挑戦する図だろう。
 一方の小荒井先輩はなんだかワクワクしたような顔だ。いいな〜、となにやら羨ましげな声を漏らしつつ、それじゃあ、と声を上げる。

「ちょっとだけ付き合うからさ、オレたちとやろうぜ!」
「おい、小荒井……」
「いいだろ、どうせ攻撃手相手を想定した訓練のつもりだったんだし」

 何故かノリ気になってくれたらしい小荒井先輩の勢いに押されるように奥寺先輩もブースへと向かっていく。そうして互いのブース番号を確認しつつ入り、訓練生の時とはちょっと違う操作を済ませれば――『ランク戦の申し込みが受理されました』のアナウンス。
 やった、やったよ! またこのアナウンスが聞けてよかった! ということで、奥寺先輩と小荒井先輩を相手に、ランク戦開始だ。


 
『――試合終了、勝者、奥寺』

 ランク戦ブースに響くのは敗北のアナウンス。私は渋々とベイルアウト先のベットから身を起こし、奥寺先輩へと通信を繋げる。

「……奥寺先輩〜、なんですか今の」
『だからおまえ、グラスホッパー使うと隙がでかいんだって』

 呆れたような奥寺先輩の声にたしなめられる。しかし、じゃあどうやったらあの奥寺先輩から逃げられるんですかと聞きたい。まぁ聞いたところで教えてはくれないだろうけど。

『ほら金子さん、今度はオレの番だぞ〜。三本勝負な。オレも旋空なしで』
「はーい」

 割り入った通信は小荒井先輩から。私は申し込まれたランク戦を受理し、システムが転送準備を始めるのを待つ。
 奥寺先輩と小荒井先輩、それから私のトリガー編成はほぼ同じなんだと昨日聞いたばかりだ。違うのは、先輩たちは弧月特有のオプショントリガー、旋空を持っているということ。
 弧月は近接武器なんだけど、この旋空を使うことによって一時的に射程を伸ばせるという優れものだ。ただし剣を振るタイミングと、旋空のオン、オフのタイミングをうまく合わせる必要があるとのこと。だからまずは、基本的なトリガーの切り替えに慣れてから追加すればどうかと言われている。 

『――試合終了。勝者、小荒井』
『……金子さん、やっぱグラスホッパーやめた方がいいんじゃね? 奥寺の言う通り、使うと隙だらけだって』
「…………ですかね……」

 まぁ、このとおり。これまで一つのトリガーしか使ってこなかったので、トリガーの切り替え操作にまで意識が追いつかない。
 移動できるの便利じゃん! って思ったんだけど、使おうと思うと切り替えが遅れて普通に負けるんだよね……。防衛任務の時はそんなに気にならなかったのに、人相手だとこんなにも反応速度や立ち回りが違うとは。
 しかも逃げようとしたところで、そもそも二人共グラスホッパーを持っている。結局追い討ちされて負け、っていうのがここ数回のパターンになりつつあるのが現状だ。

『それか、緊急回避専用って感じだな。空閑と戦りたいんだろ? それなら、確かに退避する手段にはいいかもだけど』
『いや小荒井、空閑だってグラスホッパー持ってるんだぞ。ともかく切り替えに慣れないとキツイだろ』

 先輩たちはすごく親身になって私の訓練に付き合ってくれている。最初はちょっとだけって話だったのに、気付けば三本勝負二セット目が終了したところ。

『やっぱそうだよな〜。じゃあ金子さん、逃げる訓練に集中するか』

 そう提案したのは、小荒井先輩だ。

『この前の防衛任務の時もそうだったけど、金子さんは決める時は決めるんだよな。だから、そういうチャンスを何度でも作れるように、まずは回避の訓練からだろ。切り替えの練習にもなるし』
『オレも小荒井に賛成。今の金子さんはオレたちに当てようとして張り付いて、隙が大きくなりすぎてる感じするしな。それよりは、相手が相手だし一撃離脱の方がチャンスありそうだ』

 奥寺先輩と小荒井先輩は、情報の分析や解決策の提示が早い。いわく、東隊長からの教えの賜物だとか。
 二人の分析も提案も最もだったので、「わかりました」と頷く。一撃離脱。当てにいくことにも、逃げることにも、どちらにも執着しすぎないように意識することが、きっと今の私に必要なことなのだろう。

『よっし、じゃあそうと決まれば二体一にすっか』
「……え!?」
『そうだな。じゃあ金子さん、頑張ろうか。もしオレか小荒井どっちか倒せたら、金子さんの勝ちで』
「そ、そんなルールありですか!?」

 これまでの戦闘訓練やランク戦の時だってそんなルールで戦ったことがない。けれど小荒井先輩は『アリアリ』なんて平然と言ってのける。どうやら、ブースで行うランク戦では相当自由にランク戦のルールを設定できるようだ。
 ともかくそうして始まった三本勝負。二人を前に、私はとにかくどうやって逃げるかを考える。

『――試合開始』

 アナウンスと同時に飛びのいた。まずは、二人の初動を確認するためだ。
 どうやら二人は一定の距離を保って私に向かってくるつもりらしい。二人の強みは息のあったコンビネーション。二人が自由に動けると一方的に責められてしまうし、かわすためにはなにか障害物も欲しい。そう周りの建物の様子も意識して――あっちの方がよさそうだな、と――奥寺先輩の方へ向かう。

「――っと」

 それも、二人にとっては想定内だったようだ。小荒井先輩が瞬時にグラスホッパーを使って目の前に現れるので、振り切られた弧月を受け流してそのまま身をひるがえす。
 やはりというべきか、奥寺先輩は小荒井先輩へ強襲した私の背中を狙っていたようだ。視界の端に、奥寺先輩の空振りした弧月が見える。このままじゃ、すぐに斬り返される。
 ともかく至近距離に二人いる状況は分が悪い。私は飛びのいて、奥寺先輩の二撃目をかわし、グラスホッパーを踏んで退いた。

「いい感じじゃん」

 褒めてくれる小荒井先輩は、けれど、逃がさないと言わんばかりに私を追う。グラスホッパーの推進力であっという間に間合いを詰められて、小荒井先輩が弧月を構えた。
 どっちに逃げればいいんだろうか――と、ふいに奥寺先輩の姿を見失っていたことに気付く。ヤバイ、と感じた瞬間、視界の端でキラリと瞬くもう一本の弧月。ほぼ反射で、シールドを張って構えて振られるのを待つ。

「そうそう、グラスホッパーで逃げるだけじゃなくて、シールドで防ぐことも覚えないとな」
「まぁけど――」

 奥寺先輩のアドバイスの後、聞こえた小荒井先輩の声。……あ、小荒井先輩への対策なにも考えてなかった。
 逃げなければ、とそればかりで出したのはグラスホッパーだ。けれど踏み抜く前に、小荒井先輩の一閃が瞬く。耳の奥で、『戦闘体活動限界、ベイルアウト』のアナウンスが響いた。

『――シールドも出しっぱなしじゃなくて、ちゃんとグラスホッパーとか他のトリガーに切り替えないといけないしな』
『そのあたりはまぁ、慣れだ慣れ』

 再びベイルアウト先のベッドの上で、先輩二人のアドバイスをありがたく聞く。奥寺先輩と小荒井先輩のコンビネーションも凶悪だな、ほんと。私はもう「がんばります……」と言うしかない。
 とは言え『これくらい凌げないと、空閑とは戦り合えないぞ』という奥寺先輩の意見はごもっとも。喝を入れられた私は気を取り直し、再転送のパネルをタッチする。

「……二本目、お願いします」
「「了解」」

 今度は、とりあえず仕掛けるところから。とりあえず二人の内どちらかが少しでも引いてくれないと、普通に逃げられないと思うし。
 今やられたばかりだから、ターゲットは小荒井先輩だ。とりあえずは駆け寄って弧月を振り抜いて――刹那、ガキン、とシールドに阻まれる。
 これが苦手だ。訓練生の時はひたすら相手と剣戟を交わしていくなかで、受け流すということを意識してきた。つまり相手が武器を振るう力が必要なわけで、完全に制止しているシールドに弧月が当たって弾かれる感覚に怯んでしまう。
 その隙に脇から奥寺先輩が斬りかかってきたので、私はどうにか反射で飛びのいた。

「金子さん、シールド苦手そうだよな」

 一連の流れを眺めていた小荒井先輩がそう呟く。そうして、逃げる私を追う奥寺先輩に続いた。
 とりあえず、同じ方向から来てくれるなら大丈夫だ。少なくとも視界の内に二人が収まってくれている内は、視界の外にまで気を払う必要がないだろう。私はどうにか小荒井先輩の疑問に答える。

「なんか手応えが違うので、感覚が狂うんですよ」
「感覚派っぽいよな。だったらやっぱり、金子さんは経験積んだ方が上達しそうだ」

 私の返事に頷いた奥寺先輩は、ふいに二閃目を放ってきた。反射で、シールドを起動。なんだか、ヤバイってなった時にシールドを張るのが条件づいてきた気がする。ちょっとは切り替えに慣れてきただろうか。

「……っていうか、やっぱりってなんですか、やっぱりって」
「東さんが言ってたんだよ。頭の回転が速いけど、噛み合う前に行動してそうなタイプだなって」
「……ど、どういう意味ですか?」
「判断を理屈で理解するより先に、身体が反応しちゃうんだって、さ!」

 答えたのは小荒井先輩で、同時に振りきられた一撃を、弧月で受け流しつつ退く。
 すると、小荒井先輩の陰に隠れて奥寺先輩が二撃目の構えをしていたのが見えた。これはさらに距離を置いた方がよさそうだとグラスホッパーを起動。かわして逃げた私を眺めて、奥寺先輩が話を続ける。

「金子さん、惜しいトコはあるけどいい動きするんだよ。たぶん動かすイメージがあって、反射もいいからだと思う」

 奥寺先輩の説明は、以前空閑くんに聞いたものに近いものがあった。やはり、トリオン体の操作っていうのはイメージが大事らしい。
 アクションゲームなんかでもよくある経験だ。うまく敵を倒せない時は、上手い人のプレイを見るといい刺激になったりする。敵の前でどう動くか、どう回避するか、どう回りこむかっていうのを見て、覚える。そうして真似してみると、いずれそれが身体にしっくりきたりするんだよね。
 ――っていうかそれなら、散々空閑くんのランク戦を見ている私のイメージって。

「あとは、イメージと実戦を噛み合わせるのには経験が必要だ、ってさ」
 
 と、我に返った一瞬の隙に小荒井先輩の一閃。反応が遅れてかわしきれず、見事にベイルアウトさせられてしまった。

『――だいぶ切り替え早くなってきたな。ラスト一本、頑張ってこうぜ!』

 小荒井先輩の激励を受けて、気合を入れ直す。最後の一本を前に深呼吸を挟んで、私は転送開始のパネルをタップした。
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